第八話 値踏み
応永二十七年(一四二〇)四月 伊予国 怒和島 上怒和
紙が、三枚になった。
三月のあいだに書き溜めた潮の表である。刻限ごとの流れの向き、速さ、渦の立つ場所。まだ穴だらけで、月の満ち欠けとの噛み合わせもうまく掴めていない。それでも、三枚は三枚だった。誰も書き留めなかったものが、三枚ぶんだけ、この世に増えたことになる。
朝の舟の上で、わたしはその三枚を膝の上に押さえていた。潮風が紙の端をしきりにめくろうとする。指の腹で押さえていると、爪の際が冷たくなってきた。四月とはいえ、朝の海の上はまだ冬の残りを引きずっている。
「今日は、上のほうへ回りますんで」
松吉が、櫓を漕ぎながら言った。
「上怒和、と申しましたか」
「へえ。島の北の側です。あっちのほうが、家の数は多いと聞きました」
わたしは、頭の中に島の形を描き直した。南に下怒和、北に上怒和。集落が二つ。そのあいだは山が隔てている。船で回るほうが、峠を越えるより早いという。
同じ島の中で、船で行き来したほうが早いということが、どういうことを意味するのか。そのときのわたしは、それを地の形の話としてしか受け取らなかった。歩いて半日、船で一刻。ただそれだけの、数の話として。
舟が岬を回ると、風の当たりが変わった。潮の匂いに、煙の匂いが混じる。人が煮炊きをしている匂いだった。
浜が見えてきた。舟が十艘ばかり引き上げてあり、その向こうに、藁葺きの屋根が斜面に沿って段々に並んでいる。下怒和で見たものより、家の数は確かに多い。多いが、豊かではない。屋根の傷み具合と、干してある網の繕いの数を見れば、それは分かった。
「銭のある島ではございませぬな」
「そりゃあ、水も田もねえんですから」
松吉は、当たり前のことを訊くなという顔をした。わたしは、それには答えず、浜に並ぶ舟の数を数えていた。
十一艘。舟一艘に、漕ぎ手と網の者で三人から四人。家の数はおよそ四十。老人と子を入れて、二百に届くかどうか。
数えているうちに、少しだけ肩の力が抜けた。得体の知れないものを前にしたとき、まず数える。前の生からの癖で、島門の湊でもそうしていた。数になったものは、少なくとも、こちらへ向かって襲いかかっては来ない。
---
浜に舟を寄せると、数人の男が手を止めてこちらを見た。
見られている、というより、値を検められている感じがした。どこの船か。何を持っているか。奪いに来たのか、買いに来たのか。海辺の者の目つきは、どこでも同じだった。
松吉が先に降り、両手を広げて見せた。武器を持っていないという合図である。それから、懐から布に包んだものを出した。塩と、干した魚である。舟に積んできた土産だった。
「怪しい者じゃありません。水を、少し分けていただきたく」
男たちは顔を見合わせ、そのうちの一人が、後ろの家のほうへ声をかけた。しばらくして、腰の曲がった老人が、杖もつかずに浜へ降りてきた。日に灼けて、顔の皮が厚くなっている。首から下げた木の札が、歩くたびに胸で鳴っていた。
「伊平と申します。この浜の、まとめ役をしとります」
その声には、警戒も、媚びもなかった。ただ、ずいぶん長いあいだ同じ問いを繰り返してきた者の、疲れの色があった。
松吉が、南の海から来た船の者だと名乗った。嘘ではない。ただ、何をしに来たかは言わなかった。それも嘘ではない。
伊平は、わたしのほうを一度だけ見た。それから、松吉に向き直った。
「水は、井戸が一つきりですけん、たんとは分けられん。桶に二つなら」
「充分でございます」
わたしがそう言うと、伊平は初めてわたしの顔をまともに見た。女が口を利いたことに驚いたのではない。何と呼べばよいのかを、決めかねている顔だった。
その手の顔を、これまで幾度も見てきた。荷でもなく、下女でもなく、かといって武家の姫でもない。人は、呼び名の決まらない相手を前にすると、落ち着かなくなる。名づけられない者は、勘定に入れられない。
「姐さん、と呼んでおります」
松吉が横から言った。伊平は「へえ」と短く応じ、それきり呼びはしなかった。
---
井戸端まで案内される道すがら、わたしは目に入るものを片端から数えていた。
段畑の段の数。麦の育ち具合。積み上げられた薪の量。干し場に吊るされた魚の数。囲いの中の鶏。どこにも、余りというものがない。今日食うぶんと、明日食うぶんが並んでいるだけである。蓄えのない暮らしの形が、そのまま目に見えていた。
井戸は、思っていたよりも浅かった。覗き込むと、底のほうで水がわずかに光っている。桶を落とすと、思いのほか早く底に当たった。
「夏には、これが半分になりますけん」
伊平が、後ろから言った。
「半分」
「雨の降らん年は、下の衆と分け合うことになります。もっとも、分け合うたところで、足りるもんでもありませんが」
わたしは、その一言を紙に書き留めようとして、やめた。この場で筆を出せば、検分に来た役人と同じに見える。役人の顔をした余所者を、島の者が好いた例を、わたしは知らない。
代わりに、頭の中に置いた。夏に半分。下の衆と分け合う。
——分け合う、という言葉が、耳の底で少し引っかかった。
分け合うということは、二つに分かれているということである。同じ島で、同じ水を、分け合わねばならない。それは、水が足りないという話であると同時に、水を分ける相手が「向こう」であるという話でもあった。
そこまでは、確かに考えた。考えて、そこで止めた。
わたしの頭の中で、この島は、まだ一つの島だった。上と下という区別は、集落の名の違いにすぎない。同じ島の者は、同じ島の者として一つに数えてよい——そう思っていたからである。
それが誤りだと分かるのは、ずっと後になってからのことになる。この日のわたしは、桶に汲んだ水の重さと、井戸の深さのほうに気を取られていた。
---
浜へ戻ると、松吉が男たちの輪の中にいた。
この男は、こういうことがうまい。塩と干し魚を惜しげもなく配り、自分から漕ぎ手の苦労話を始め、相手が笑ったところで、するりと欲しい話を引き出す。四年前、明の湊で荷役の男たちに紛れ込んでいたときと、やり方が何ひとつ変わっていない。
わたしは少し離れた岩に腰を下ろし、聞くともなしに聞いていた。
女が輪の中に入れば、話が止まる。止まらないまでも、変わる。だから離れて聞く。これは明で覚えた作法だった。
「下の忽那様は、近ごろどうなさっとるんかね」
男の一人がそう言うと、別の男が鼻から息を出した。
「どうもこうも。去年の年貢を、まだ半分しか納めきっとらんという話じゃ」
「本家に、か」
「本家にも、河野様のほうにも、じゃ。両方から催促が来とるらしいぞ」
わたしは、岩の上で、膝の上に置いた手を握った。
両方から。
「そりゃあ、無理な話じゃ。この島から、そがいに出るわけがない」
「出ぬものは出ぬ。じゃけん、又五郎様が二度も松山へ渡りなさった」
「あの気の短い御方が、頭を下げに行ったんか」
「下げたかどうかは知らん。行った、というだけじゃ」
男たちが笑った。悪意のある笑いではなかった。他人の家の困りごとを、自分の家の困りごとと比べて、少しだけ胸をなで下ろす種類の笑いだった。
「そういや、船問屋の男が言うとったが、西国の方じゃあ、大内と少弐とやらが、また睨み合うとるそうな」
「どこの話じゃ、そりゃ」
「知らん。北九州の、遠い話じゃ。うちらには関わりない」
その一言で、男たちの興味は、すぐにまた、身近な年貢の話へと戻っていった。わたしの耳にだけ、遠い地名が、しばらく残った。
わたしは、そのやり取りを、頭の中で数に組み替えていた。
年貢が半分。二年で一年ぶんが滞る。滞りが二つの筋から責められている。責める側は、本家の忽那・二神と、守護の河野方。しかもその河野方が、いま二つに割れている。
つまり、忽那義重という男は、二つに割れた主筋の両方から催促を受けながら、後ろ盾になるはずの本家からも、庇われるどころか取り立てられている。
前も後ろも塞がっている。逃げ場がない。
背筋のあたりが、すっと軽くなった。
自分でも呆れるほど、その軽さは正直だった。人が困っているという話を聞いて、身が軽くなる。それがどういう性根なのかは分かっている。分かっていて、止まらない。
窮している者は、動く。動かねば死ぬからである。動く者には、話が通る。
「本家というのは、二神の御本家でございますか」
わたしがそう声をかけると、男たちは一斉にこちらを向いた。松吉が、しまった、という顔をした。
だが、伊平が答えた。
「へえ。二神島のほうに。もっとも、この十年ばかり、こっちへは船も寄越しなさらん」
「十年」
「昔は、正月には必ず使いが来て、酒の一樽も置いていきなさった。義範公の御代の話をする年寄が、まだ何人か生きとりますけん」
伊平は、そこで言葉を切った。それ以上は話す気がないという切り方だった。
わたしは、それ以上は訊かなかった。訊けば、この浜の口が全部閉じる。今日のところは、十年という数が一つ手に入れば充分だった。
十年、船も来ない。それは、本家がこの島を見捨てているということではない。見捨てるほどの余力すら、本家にも残っていないということである。
落ち目の家が、さらに落ち目の分家を庇えるわけがない。島門の麻生も、宗家が家督で揉めているあいだ、分家の湊のことなど誰も見ていなかった。
同じ形だ、と思った。あまりにも同じ形で、少し気味が悪くなった。
わたしを潰したものと、同じ形のものが、いま、目の前で誰かを潰そうとしている。そして今度、その傍らに立っているのは、潰される側ではなく、そこへ手を入れようとしている側のわたしである。
胸の底が、わずかに重くなった。だが、重くなっただけで、それ以上は何も起きなかった。重さは、そのまま置いておけば、いずれ沈んで見えなくなる。
---
日が高くなってから、わたしは伊平に、一つだけ探りを入れてみた。
「もし、この浜に、船が幾艘か寄るようになりましたら、いかがでございましょう」
伊平は、干し場の網に手を触れたまま、動きを止めた。
「寄る、と申されると」
「荷を積み下ろしする船にございます。人が寄れば、魚も売れましょう。塩も、薪も。銭が落ちまする」
これは、嘘ではない。湊が立てば、島に銭は落ちる。落ちる銭の量まで、わたしの頭の中では、既に大まかな見当がついていた。魚と薪と水だけでも、年に幾ばくかにはなる。
伊平は、しばらく網を見ていた。それから、こう言った。
「……そういう話は、下の衆になさるがええ」
それだけだった。
嫌だとも、有難いとも言わない。損だとも得だとも言わない。ただ、そういう話は自分のするべき話ではないと言って、話ごとこちらへ返してきた。
わたしは、その返し方を、こう受け取った。
まだ、得を見せていないからだ。
銭が落ちると言葉で言われたところで、この老人には、それが実際に幾らになるのか見当がつかない。見当のつかないものに、人は乗らない。ならば、まず一度、実際に銭を落として見せればよい。数が目の前に積まれれば、話は変わる。
そう結論して、わたしは頷いた。
「では、そのように」
伊平は何も言わなかった。首から下げた木の札が、風にわずかに揺れて、胸元で乾いた音を立てた。
——この老人が、なぜ「下の衆になさるがええ」と言ったのか。
その言葉が、得の話でも損の話でもなく、この浜が、そもそも自分たちだけでは何一つ決められない場所だということを言っていたのだと、わたしはこのとき、まったく気づかなかった。
上怒和は、下怒和の忽那が預かる島の、北の端である。北の端の年寄が、余所の船と話をつけたと知れたら、下の館から何を言われるか分からない。伊平は、そのことを言っていた。
わたしの数の中で、この島は一つだった。上も下も、同じ島の同じ人数として、まとめて数えてあった。
だから、この一言の意味を取り違えた。取り違えたことにも、気づかなかった。
---
同日 夕 怒和島の沖
沖に戻ると、日はもう西の海に半分沈みかけていた。
船縁に立つと、島の輪郭が黒く切り抜かれたように見える。その向こうの空だけが、赤黒く焼けていた。風は落ちて、帆がだらりと垂れている。水を打つ音だけが、規則正しく続いていた。
弥九郎は、艫のあたりに胡座をかいて、干した魚を齧っていた。
わたしは、そのすぐ前に座り、紙を広げた。
「聞き集めましたものを、申し上げます」
「言え」
「この島を統べる忽那義重は、去年の年貢を半分しか納めておりませぬ。取り立てているのは、本家の二神と、河野方と、二つにござります」
弥九郎は、魚を齧る手を止めなかった。
「又五郎という、義重の子が、二度、松山へ渡っております。頭を下げに行ったか、談判に行ったかは分かりませぬ。ただ、二度も渡らねばならぬということは、一度では話が済まなかったということにござります」
「本家は」
「この十年、上怒和へ船も寄越しておりませぬ。庇う余力がないものと存じまする」
弥九郎は、魚の骨を海へ放った。それが水に落ちる小さな音がした。
「つまり、干上がりかけておるということか」
「はい」
「干上がりかけておる家に、これから縋ろうというわけだ」
その言い方に、わたしは一度、口を閉じた。
弥九郎は、こういう言い方をする。理屈を否定するのではなく、理屈の一番痛いところを、そのままの形で口に出す。そして、こちらがそれをどう始末するかを見ている。
「縋るのではござりませぬ。縋られる側に回るのでござります」
「同じ舟に乗ることに変わりはあるまい。沈みかけの舟に、荷を積み替える馬鹿がおるか」
「沈みかけておりますのは、家にござります。島ではござりませぬ」
弥九郎の目が、こちらへ動いた。
「家が沈んでも、島は沈みませぬ。人も、水も、段畑も、そのまま残りまする。沈むのは、名と、格と、年貢を納める役目だけにござります。——わたくしどもが要りますのは、そちらの名にござります」
「名などを、何にする」
「島に上がるとき、押し入るか、筋を通して上がるかで、島の者の顔つきが変わりまする。人が違うわけではござりませぬ。顔つきだけが違いまする。そして、その顔つきの違いが、そのまま田の実りの違いになりまする」
弥九郎は、しばらく黙っていた。
指の腹で、顎の無精髭をこすっている。この男が考えているときの癖だと、この一年で分かるようになっていた。
「本当に、ここでよいのか」
やがて、そう言った。
「厄介ばかりの島だ。水が出ぬ。田がない。在地の家は落ち目で、しかも借りだらけだ。東の芸予には、もっと肥えた島が幾らでもある」
「肥えた島には、既に主がおりまする」
「押しのければよい」
「押しのければ、手下が死にまする」
弥九郎の手が、止まった。
「二百二十人のうち、幾人でようございますか」
わたしは、静かに続けた。
「肥えた島を一つ獲るのに、幾人までなら損なってよいと、お決めいただければ、そのように策を組みまする。二十人でしたら、二十人ぶんの策を。五十人でしたら、五十人ぶんの策を」
弥九郎は、答えなかった。
答えないことが答えだと、わたしには分かっていた。この男は、手下の数を減らす話には乗らない。乗らないことは、この一年で幾度も見てきた。だから、わたしはこの問いを出した。出せば止まると知っていて、出した。
自分でも、少し嫌な出し方をしたと思った。だが、その嫌さは、腹の底のもっと下のほうで、妙に温かかった。
「……他に、余所が見向きもせぬ島はござりませぬ」
わたしは、そう締めくくった。
「見向きもされぬからこそ、誰とも取り合いにならず、血も流れませぬ。値打ちのないものとして捨て置かれている場所に、拾えるものがござります。水は溜められまする。塩は焼けまする。潮は、既にこの紙の上にござります」
弥九郎は、わたしの膝の上の三枚の紙を見た。それから、また島影を見た。
「湊は、どうする」
来た、と思った。指先が、少しだけ冷たくなった。
「まず、借りたいと申し入れなされませ」
「借りる」
「はい。忽那義重に、使いを立てて、湊を貸してくれと、正面から申し入れなされませ」
弥九郎は、初めて、はっきりと顔をしかめた。
「断られるに決まっておる。賊に湊を貸す家がどこにある」
「断られましょう」
「断られると分かっておって、頼めと申すか」
「はい」
わたしは、頷いた。
「断られることに、値がござります。頼まずに獲れば、押し入った者にござります。頼んで断られてから獲れば、少なくとも、一度は筋を通した者になりまする。島の者は、それを見ておりまする。年寄は、そういうことをよう覚えておりまする」
弥九郎は、しばらくわたしを見ていた。
それから、笑った。声を出さない笑い方だった。
「お前は、断られることまで勘定に入れるのか」
「断られぬ話は、そもそも申し入れる甲斐がござりませぬ」
「屁理屈だな」
「屁理屈にござります」
弥九郎は、ようやく声を出して笑った。手下の何人かが、こちらを振り返った。振り返って、すぐに目を戻した。棟梁が笑っている、という以上のことは、彼らには見えていない。
見えていないことが、正しかった。この船の上で交わされた話は、明日には弥九郎の口から、弥九郎の言葉として出る。わたしの名は、どこにも出ない。
それでよかった。それでよいと、自分に言い聞かせる必要すら、もうなくなっていた。
「使いは、松吉にやらせる」
弥九郎は立ち上がり、そう言った。
「あれは口が回る。それに、斬られても文句を言わん」
「斬られては困りまする」
「困るのは、お前の策のほうだろう」
そう言い残して、弥九郎は艫のほうへ歩いていった。
わたしは、その背を見送ってから、また紙に目を落とした。書き足すことは、たくさんあった。
年貢、半分。催促、二つの筋。松山へ、二度。本家の船、十年。井戸、夏に半分。
一つ書き足すごとに、忽那義重という、まだ会ったこともない男の輪郭が、少しずつ濃くなっていく。会わないうちから、この男の逃げ場が、こちらの手の中で狭くなっていくのが分かった。
数になれば、人は動かせる。動かせるものは、怖くない。
夜の風が出てきた。腕をさすると、袖の内側までひんやりと湿っていた。
浜のほうに、灯が二つ、三つと点りはじめている。上怒和の灯である。あの中のどこかに伊平がいて、今日の余所者のことを誰かに話しているのだろう。話す相手が、下の館の者でないという保証は、どこにもなかった。
そのことに、わたしは気づかなかった。
灯の数を、二十七まで数えて、それから紙を閉じた。




