第四話 大内の風
応永二十年(一四一三)二月 筑前国遠賀郡 島門
父は、断った。
正月の末に返書を出し、二月の初めに芦屋から返事が来た。返事といっても、承知したとも、否とも書いていない。ただ「相分かった」とだけあった。
それから、荷が減りはじめた。
三月の帳面を突き合わせて、わたしは机の前で長く動けなかった。
米が、去年の同じ月の七分。麻布は半分。塩に至っては、二月と三月を合わせて四俵しか通っていない。
「与三次」
「はい」
「船が来ぬ」
「来ませぬな」
「なぜ」
老人は縄をなう手を止めなかった。
「芦屋で下ろせと言われておるのでしょう。荷主も、逆らえば次の荷を運べませぬ」
「……」
「姫様。海の商いは、そういうものにござります」
分かっていた。分かっていたつもりだった。
升を直せば実入りが戻る。実入りが戻れば納めが揃う。納めが揃えば家は安泰になる。三月かけて数を作ったとき、わたしはそこまでしか考えていなかった。
数が出れば、その数を欲しがる者が出る。断れば、締められる。
締めるのは簡単だ。銭も兵も要らない。ただ、荷主に一言そう言えばいい。
わたしは帳面を閉じた。
閉じても、書いた数は消えなかった。
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**同年四月 島門**
四月に入って、報せが来た。
大内の御所が、周防から兵を出したという。
門司を渡って豊前に入り、そこから南へ向かっているらしい。九州の探題方を助けるためだと言う者もいれば、少弐を潰しに来たのだと言う者もいた。
遠賀は、豊前との境にある。
つまり、通り道だった。
四月の半ば、屋敷に人が集まった。父の下にいる小さな武士たち(といっても八人しかいない)と、与三次と、兄と、父。
わたしは呼ばれていない。呼ばれるはずもない。
でも、この屋敷は狭い。座敷の話は、廊下に出れば聞こえる。
「少弐様より、御催促がござった」
父の声だった。
「麻生の一党より、兵を出せとの仰せじゃ。人数は、一党でまとめて定められておる。家ごとの割りは、芦屋の御屋形が決められた」
ざわめきが起きた。
「して、芦屋は」
「芦屋の御屋形は、湊の守りに残られる。枝の家々で遠賀の衆をまとめて出せとのことじゃ。二十日のうちに、豊前へ向かえと」
「殿。うちは八人にござりますぞ」
「八人でも出せと仰せじゃ」
わたしは廊下の板に、手をついた。
——湊の守りに、残られる。
芦屋は、動かない。動かないだけではなかった。麻生の一党ぶんの兵を出せと言われて、その割り振りを、芦屋自らが決めている。そして、芦屋は残り、枝の家々を先に出す側に回した。
自分の手は汚さず、少弐様への義理だけは果たしたことになる。
うまい仕組みだ。そう思ってから、その「うまさ」に、自分がぞっとしていることに気づいた。
しかも、どの枝を先に出すかにも、順番はある。島門は、去年の暮れに御屋形の申し出(関の一本化)を断っている。断った家に、遠慮などしてもらえるはずがない。
いや、遠慮しなかったのではない。ただ、そういう順番になっただけだ。誰も悪意で組んでいない。それぞれが自分の勘定で動いた結果、いちばん弱いところに、いちばん先に矢が回ってくる。
前の生でも、そうだった。井戸の水が足りなくなれば、いちばん下流の村から干上がる。
「殿。それでも、出られますか」
「出る」
父の声には、迷いがなかった。迷いがないように、聞こえた。
「芦屋が、わしらを盾にしておるのは、分かっておる」
座敷が、静まった。
「じゃが、少弐様への御恩は、芦屋のためにあるのではない。この家が、四代受けてきたものじゃ。芦屋の勘定に付き合うて出るのではない。わしは、わしの筋で出る」
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その夜、わたしは父の座敷へ行った。
行くと決めるまでに、夕餉のあいだじゅう考えた。
言えば叱られる。前に叱られた。「口を出すな」と言われた。あのときは升の話で、今度は兵の話だ。もっと悪い。
黙っていれば、たぶん、何も変わらない。
でも黙っていて、それで家が滅んだら。そのときに、わたしは何と思うんだろう。
わたしは箸を置いた。
父は文机の前にいた。書き物をしているのではなく、ただ紙を見ていた。
「父上」
「……千代か」
「豊前へ、お出になりまするか」
父は顔を上げなかった。
「聞いておったか」
「はい」
「行儀の悪いことじゃ」
「申し訳ござりませぬ」
膝を進めた。手が汗ばんでいる。升のことを申し上げたときと同じだ。あのときと違うのは、今度は何を言うか、全部組んできたということだった。
順序立てて。数から。
「父上。お伺いいたしたき儀がござります」
「申せ」
「兵は八人にござりますか」
「八人じゃ」
「八人で、何をなさいますか」
父の指が止まった。
「豊前で八人が加わって、戦の勝ち負けが変わりまするか。変わりませぬ。変わらぬのに、島門からは八人が抜けます。この湊を守る者が、誰もおらぬようになります」
「千代」
「大内は海から参ります。周防から門司、門司から豊前。次は遠賀にござります。島門は湊にござります。湊は、真っ先に踏まれます」
「千代」
「そのとき、八人は豊前におります」
「千代」
父の声が、一段低くなった。
「口を出すなと申したはずじゃ」
「申されました」
「ならば、なぜ出す」
わたしは、そこで顔を上げた。
見上げると、父の顔が思ったより疲れて見えた。目の下が落ちくぼんでいる。この三月で痩せた。荷が減って、納めをどう工面するかを毎晩考えていたのだと思う。
——言うな。
頭のどこかで、そういう声がした。
この人はもう限界だ。ここで追い詰めても何も出てこない。引け。今日は引いて、また明日。
でも、明日はなかった。二十日のうちに出ろと言われている。
「父上。芦屋は動きませぬ」
「……」
「様子を見ておられます。どちらが勝つか見てから、勝つほうにお付きになるおつもりにござります」
「盛久がそう申したか」
「申されておりませぬ。動かぬということが、そういう意味にござります」
父が、こちらを見た。
「千代。それは御屋形様を疑うということじゃぞ」
「はい」
「一族を疑う家に、誰がついて参る」
「では、お訊ねいたします」
わたしは言った。
もう止まらなかった。三月ぶんの数と、荷の減り方と、廊下で聞いた「芦屋は、まだ動かぬ」という一言が、全部つながって喉から出てきた。
「島門が豊前で潰れましたあと、芦屋の御屋形は大内に付かれます。そのとき、この家の四代の御恩は、どなたが覚えておいででしょうか」
音がした。
頬が熱くなって、それから痛くなった。
畳に手をついていた。いつ倒れたのか、自分でも分からなかった。耳の奥で、細い音が鳴っている。
父が、立っていた。
手を上げたまま、下ろせずにいた。
その手が、震えていた。
「……下がれ」
わたしは頭を下げた。下げるとき、鼻から何か落ちた。畳に小さな染みができた。
「下がれと申した」
「はい」
立ち上がって、障子に手をかけた。
そのとき、背中で父が言った。
「千代」
振り向かなかった。
「お前の申すことは」
そこで、言葉が切れた。
続きは、なかった。
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自分の部屋に戻って、褥に入った。
頬が腫れていた。舌で内側を探ると、切れているところがあって、血の味がした。
——正しかった。
わたしの言ったことは、一つも間違っていない。八人で戦の趨勢は変わらない。湊は真っ先に踏まれる。芦屋は様子を見ている。
正しくて、叩かれた。
天井を見ていた。板の木目が、暗がりでも見えた。
そして、思った。
どっちが勝つんだろう。
大内と少弐。
わたしは前の生で、この二つの名前を見たことがある。見たはずだ。
目を閉じて、探した。
太い字。あの太い字だけが、記憶に残っている。
大内。
出てくる。
出てくるのだ。ずっと後の話として。この二つが争っているよりもっと後、何十年も先の話として、大内という名前がまた出てくる。西のほうで栄えた家として。都から人が逃げてきた先として。
つまり、大内はここで滅びない。
少弐。
——出てこない。
いくら探しても、出てこない。
その名前が後に出てくる場面を、わたしは一つも思い出せない。
思い出せないということが、何を意味するのか。
滅んだのか。それとも、ただ小さくなって、太い字に載らなくなっただけなのか。載らないほど小さい家になったのなら、それは滅んだのとどれだけ違うのか。
分からない。
褥の中で、膝を抱えた。
何ひとつ、はっきりしない。
わたしが持っているのは、名前が出てくるか出てこないかという、それだけだ。それだけで、父上に「少弐に付いてはなりませぬ」と言えるだろうか。
言えるわけがない。
「なぜそう思う」と訊かれて、「後の世に少弐という名を見た覚えがないからです」などと言えるはずがない。
結局、同じだ。升のときと、何も変わっていない。分かっているのに、なぜ分かるのかを言えない。言えないことは、言っていないのと同じ。
頬が、じくじく痛んだ。
痛みのおかげで、少し眠れた。
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翌朝、兄が部屋に来た。
障子を開けて、わたしの顔を見て、それから顔をしかめた。
「……聞いた」
「はい」
「腫れとるな」
兄は縁に座って、しばらく庭を見ていた。何か言おうとして、やめて、また言おうとして、やめた。
「千代」
「はい」
「お前、なんと申した」
「豊前へ行かれてはなりませぬ、と」
「なぜ」
わたしは、もう一度説明した。
八人では戦は変わらない。島門が空になる。大内は海から来る。芦屋は動いていない。
説明しながら、これはたぶん無駄だと思っていた。この人は数の話が分からない。分からないのに頷く。頷いても味方は増えない。
案の定、兄はしばらく黙っていた。
眉を寄せて、庭を見て、それから頭をかいた。
「よう分からん」
「……はい」
「よう分からんが」
兄はこちらを向いた。
「お前がそう言うなら、そうなのであろう」
わたしは、返事をしなかった。
また、それだ。分かっていないのに、頷く。頷くことで何かをしたつもりになる。
そう思って、思ったところで、少しだけ引っかかった。
この人は、いま何と言ったのだったか。
「よう分からんが、お前がそう言うなら、そうなのであろう」
それは、分かっていないのに信じる、ということだ。
数でも、筋道でも、証でもなく、わたしがそう言ったから、というだけの理由で。
その引っかかりを、わたしは追いかけなかった。
追いかけるかわりに、こう思った。
もし兄上が父上に言ってくれれば。兄なら、父は聞くかもしれない。跡取りの言うことなら。
「兄上」
「なんじゃ」
「父上に、申し上げていただけませぬか」
兄は目を丸くした。
それから、笑った。
「わしが申しても、同じじゃ。わしは理屈が言えん」
「理屈は、わたくしが」
「お前の理屈を、わしの口で言うてか」
そう言って、また笑った。
「無理じゃ。途中で忘れる」
それだけ言って、行ってしまった。
わたしは腫れた頬を押さえたまま、その背中を見ていた。
使えない、と思った。
正直に、そう思った。
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**同年五月 島門**
二十日後、父は八人を連れて豊前へ発った。
見送りには、屋敷の者が総出で出た。門の前に並んで、頭を下げた。
父は馬に乗っていなかった。歩きだった。この家に馬は二頭しかなく、そのうちの一頭は荷を運ぶのに使う。
兄は行かなかった。留守を預かれと言われたらしい。
門を出るとき、父は一度だけ振り返った。
わたしのほうを見た、ような気がした。
でも、朝の光が逆で、顔はよく見えなかった。見えないうちに、列は丘を下りていった。
八人と、父と、荷を積んだ馬が一頭。
それだけだった。
さよが横で、鼻をすすっていた。
「姫様」
「なに」
「殿様、お戻りになりますよね」
「戻る」
わたしはそう答えた。
答えながら、頭の中では別のことを数えていた。
八人が抜けた。残るのは兄と、与三次と、屋敷の下男が四人。それと、湊の漁師たち。漁師は戦えない。戦えないというより、この家のために戦う義理がない。
もし今、誰かがこの湊に来たら。
来ないだろう。今は来ない。大内は南へ向かっている。北の端の小さな湊に用はない。
いま来るとしたら、大内ではない。
もっと近くの、この湊に用のある誰かだ。
海のほうを見た。
響灘は、春の凪で、平らだった。船影は一つもなかった。
一つもないということが、なぜか、あまり良い報せに思えなかった。




