幕間 阿蓮 口銭
応永二十六年(一四一九) 明国 福建 泉州
今日の口銭は、四十文だった。
薬種を二包み、川向こうまで運んだ。それだけで四十文になる。悪くない。
腹は減っている。だが、今日は、食える。
そういう日と、そうでない日がある。半年やって、まだそこから抜けられん。
——借りは、多いほうが後で高う売れる。
自分で言った言葉を、近ごろよく思い出す。
言ったときは、ただの軽口だった。
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母は、博多の生まれだった。
十五で泉州へ来て、二十年おって、死んだ。
日本の言葉は、俺に教えた。それだけが母の持っていたもので、それだけを俺に渡して死んだ。
母は、字が書けなかった。
日本の字も、こちらの字も、どちらも書けなんだ。
二十年おって、市で値の付け合いはできるようになった。だが、書けん。書けんから、証文が読めん。読めんから、いつも誰かに読んでもらう。読んでもらうということは、その者の言うことを信じるということだ。
母は、それで幾度か損をした。
損をしても、何が起きたのかを、自分で確かめる術がなかった。
死ぬ前の年に、一度だけ、母が言った。
「うちは、二十年、ここで何も言えんかった」
言えたはずだ、と俺は思った。母は市で笑って、値を叩いて、隣の女と喋っていた。喋れんかったわけがない。
だが母が言うたのは、そういうことではなかったのだろう。
そのときは、分からんかった。
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初めて会った日のことを言う。
博多から泉州へ渡る船の上だった。陳様が、水の割り振りをあの娘にやらせろと言った。俺は、それを伝えに行っただけだ。
十四か、十五くらいの日本の娘が、荷のあいだに座っていた。
割りを訊いたら、すぐ答えた。水手は四合、荷役は三合半、子どもは二合、自分らは二合半。
なぜ水手だけ多いのか、と訊いたら、働くからだと答えた。
面白い、と思った。それは本当だ。
だが、そのすぐあとに、こうも思った。
これは、通らん。
荷が割った水を、水手が飲むはずがない。俺は、そういう船を幾度も見てきた。
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水配りの日、案の定、水手の一人が椀を突き返した。
「誰が決めた」
そう言われた。
俺は、あの娘のほうを見てしまった。
一瞬だ。だが、水手はそれを見逃さん。
「あの荷か」
笑い声が起きた。
そのとき、俺は言った。
「陳様が仰るとおりだ」
陳様は、そんなことは言うておらん。
言われたのは「やらせろ」の一言だけだ。割りの中身を、陳様は見てもおられん。四合だの三合半だのは、あの娘が勝手に決めた数だ。
俺は、主の名を、断りもなく借りた。
なぜ借りたのかと訊かれれば、答えられん。
考えて言うたのではない。口が先に動いた。
——言えるはずだ。
そう思ったのだと思う。
あの娘は、数を持っていた。数を持っていて、口も利ける。書ける。母が二十年持てなかったものを、十四で全部持っている。
それが、通らんはずがない。
通らんとしたら、それは水手が荷の言うことを聞かんという、ただそれだけの理由だ。
その理由が、あの日、俺には我慢ならんかった。
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嘘は、ばれなんだ。
船の上で、陳様に確かめる者などおらん。着いてしまえば、水は保ったのだから、誰も蒸し返さん。
ただ、あの水手は覚えていた。
泉州に着いてから、荷役の場で二度ばかり、絡まれた。
「日本の荷の肩を持つ通詞」
そう呼ばれた。
たいしたことではない。荷を運ぶ順を後回しにされる程度のことだ。半年で収まった。
あの娘は、たぶん、俺があのとき何をしたかを知らん。
知らんまま、あとで「わたくしの理屈が通ったのだろうか」と考えたかもしれん。
通ったのは、理屈ではない。
主の名だ。
そして、その名は、俺が勝手に持ち出したものだった。
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筆を貸したのは、泉州に着いて三月ほど経った頃だ。
台所の下女に、板を叩かれて、桶の水を零していた。
言葉が通じん。何を言われているかも分からん。それでも、あの娘は同じ言葉をもう一度言おうとしていた。
ああ、これは。
そう思った。
母だ、と思った。
母が二十年やっていたことだ。通じん相手に、通じん言葉で、それでも何か言おうとする。言えたつもりでいて、実は何も言えていない。
俺は、その場では何もしなかった。
その晩、古い筆と、紙の切れ端を、あの娘の板間に置いた。
理由は言わなかった。訊かれもしなかった。
言えば、母の話をせねばならん。
母の話は、誰にもしたことがない。
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あの娘は、字を覚えるのが速かった。
覚えて、書いて、通じさせた。三月で、下女に薬をもらってきた。
そのことを聞いたとき、俺は、なぜか腹が立った。
三月だ。
母は、二十年かかって、できんかった。
同じことが、三月でできる者がいる。
腹を立てるのが筋違いだということは、分かっている。母は下女として使われて、朝から晩まで働いて、字を習う暇などなかった。あの娘には、褥の下に紙を隠す夜があった。それだけの違いだ。
分かっている。
分かっていても、腹は立った。
だから俺は、あの娘に、母のことを言わなんだ。
言えば、俺が何に腹を立てているかを、自分で認めることになる。
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叔父のことを言う。
周が絹をくすねていることを、俺は知っていた。
一年以上、知っていた。
蔵の帳の書き方が粗いのも、同じ荷主の名が月に幾度も出るのも、俺は見ていた。俺は書役ではないが、字は読める。読めば分かる。
言わなんだ。
あの人は、母が死んだあと、俺を引き取って、字を仕込んで、陳様に口を利いてくれた男だ。
その男を、俺が突き出せるか。
突き出せんかった。
代わりに、こう考えた。
そのうち、誰かが見つけるだろう。
そう考えて、一年やり過ごした。
見つけたのは、あの娘だった。
三日でだ。
俺が一年かけて見ぬふりをしたものを、あの娘は三日で数え上げて、陳様の前に持っていった。
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「あんたのせいじゃない」
そう言った。
嘘ではない。あの娘のせいではない。叔父がくすねていたのは事実で、いつか誰かが見つけただろう。
だが、それを言いながら、俺は自分のことを言うていた。
一年やり過ごした男が、三日で見つけた娘に、「あんたのせいじゃない」と言うのだ。
滑稽な話だ。
あのあと、俺はあの娘と、あまり話さんようになった。
理由を訊かれて、「あんたと話すと、叔父のことを思い出す」と答えた。
半分は本当だ。
もう半分は、こうだ。
あんたと話すと、俺が一年何もしなかったことを思い出す。
そう言えばよかったのかもしれん。
言わなんだ。
「分かっていることと、平気でいられることは、別だ」
そうとだけ言った。
あの娘は、その言葉を、自分のこととして受け取ったようだった。
俺のことだと言えばよかった。
言えば、あの娘は少しは楽になったかもしれん。
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一度、陣屋まで行った。
日本の男どもの根城だ。用があったわけではない。
倭寇の陣屋に、あの娘が書役として通っている、と聞いた。若い連中に嫌がらせをされている、とも聞いた。噂は、陳家にも届いていた。
行く筋合いはなかった。
あのころ、俺はあの娘と、ろくに口をきいていなかった。用件だけ伝えて、長居せずに帰る。そういう付き合いに、自分でしていた。
それでも行った。
理由は、いまも、うまく言えん。
行ってみると、顔色が悪かった。
隠さんでもいい、と言った。噂は届いておる、と。
あの娘は、何も言わなんだ。
俺は、弥九郎という男のことを話した。誰も庇わん男だ、それはあんたを軽んじておるからではない、と。
そういう話をしに行ったつもりはなかった。
——出てこい、と言うつもりだった。
そう言えば、あの娘は出てきただろうか。
出てこられるはずがない。荷だ。陳家のものだ。俺が「出てこい」と言ったところで、行き先も、食う手立てもない。
分かっていた。
分かっていたから、代わりに、弥九郎という男の話をした。
あそこで踏ん張れ、という話にした。
そのほうが、役に立つ話だったのは確かだ。
ただ、あれは、俺が言いたかったことではなかった。
帰り道、そのことを、しばらく考えた。
考えて、また同じところに行き着いた。
——言えるはずだ。
船の上で、水手の前に立ったときと、同じ言葉だ。
あのときは、口が先に動いた。
三年経って、口は動かんようになっていた。
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陳様が捕らわれて、家が畳まれた日、俺は出ていくと決めた。
俺は荷ではない。雇われていただけだ。あるじがおらんくなれば、雇いも消える。それだけのことだ。
出る前に、あの娘のところへ寄った。
競りでは黙っておるな、と言うた。
言うたのは、忠告のつもりだった。
だが、あとで考えると、あれは忠告ではなかった。
母のことだ。
二十年、何も言えんかった女の息子が、言える者に向かって、言え、と言うている。
そういうことだったのだと思う。
あの娘は、俺が旅立つと聞いて、しばらく黙っていた。
頭の中で何か勘定していたのが、見て取れた。
十のうち一つあるかどうか、といったところだろう。
たぶん、そう読んだのだろうと思う。
正しい読みだ。腹も立たん。
俺があのとき欲しかったのは、見込みの高さではなかったが、それを言うのも野暮だった。
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それから、あの娘は、こう言った。
「値の違いには、たいてい理由がござります。理由の分からぬ違いを見つけたときだけ、そこに人の手が入っております」
そして、いまは取り締まりを恐れて、まっとうな荷を動かす者まで減っている。お前には疑われる理由がない。だから、いまのうちに小さく正直な荷を運べ、と。
正直に言えば、驚いた。
俺は、あの娘から何かを返してもらえるとは思うていなかった。
言うだけ言って、出ていくつもりだった。
いま、俺は、その通りにやっている。
うまくいっているかと訊かれれば、まだ分からん、と答えるほかない。半年で潰れる者を幾人も見た。俺がその一人にならん保証はどこにもない。
ただ、今日は四十文になった。
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日が暮れてきた。
港のほうで、船が出ていく。
日本へ行く船だろうか。行くとして、あの娘が乗っているだろうか。
そんなことを考えても仕方がない。
俺は、あの娘がどこへ売られたかも知らん。生きているかどうかも知らん。
ただ、一つだけ、まだ済んでいないことがある。
借りは、多いほうが後で高う売れる。
そう言ったのは俺だ。
貸したのは、古い筆一本と、紙の切れ端だ。たいした値ではない。
だが、あの娘は返さんまま行った。
返してもらうまでは、こちらも、まだ潰れるわけにはいかん。
そういう理屈にしておく。
理屈にしておかんと、続かん商いだ。




