第十四話 刻限
応永二十四年(一四一七)四月 福建 泉州
分け前の割り方を試してから、半月ほど経った。
阿蓮を通して、弥九郎から報せが来た。
「揉めなんだ、と申しておる。船を出した者からも、傷を負うた者からも、不満は出なんだそうだ」
わたしは、その報せを聞いて、少しだけ、肩の力が抜けた。
「豆のほうは」
「効いたかどうかは、まだ分からぬ。だが、誰も、不味いとは言わなんだらしい」
阿蓮は、そう伝えたあと、少し間を置いて、こう続けた。
「弥九郎殿が、また船を見てほしいそうだ。今度は、潮のことだと」
「潮」
「詳しくは、行ってみねば分からぬ。ただ、あの男が、二度も同じ相手を名指しで呼ぶのは、珍しいことだ」
阿蓮の声に、わずかに、感心したような響きがあった。
「あんたは、あの陣屋でも、うまくやっているらしいな」
「うまくとは、思うておりませぬ」
「あそこは、陳様の商いとは、また違う場だ。損得だけで動く連中の中で、女子一人、認められるのは、そうたやすいことではない」
その言葉に、わたしは、少し考えた。認められている、という実感は、まだ薄かった。ただ、使われている、という実感のほうが、強かった。
もっとも、使われるということと、認められるということは、この二年で、案外、近い場所にあるものだと知っていた。
「阿蓮は、あの陣屋に、よう出入りされるのですか」
「陳様の使いで、幾度か」
「危うくは、ござりませぬか」
阿蓮は、少し肩をすくめた。
「危うい場だ。だが、銭になる場でもある。危うさと銭とは、たいてい、同じところに転がっておる」
その物言いに、わたしは、この二年で幾度も聞いた台詞と、同じ響きを感じた。陳文興も、弥九郎も、そして阿蓮も、皆、損得と危うさを、同じところに載せて量る術を、それぞれのやり方で身につけている。
自分もまた、いつのまにか、その同じ量り方をする側に立っているのだと、あらためて気づかされた。
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陣屋を再び訪れると、弥九郎は、船着き場で、手下たちと何か話し込んでいた。
近づくと、話の中身が、切れ切れに聞こえてきた。
「今宵は、いつもより早う出るぞ」
「なぜでござります」
「潮が、いつもと違う」
「違うと、なぜ分かられます」
「わしの目には、そう見える」
その遣り取りに、わたしは、思わず足を止めた。
勘だけで、潮を読んでいる。
驚きはなかった。前の生でも、この生でも、海に長く生きた者は、皆、そうやって潮を読んできた。だが、勘だけに頼るということは、その勘を持つ者がいなくなれば、その知恵も、一緒に消えるということだった。
弥九郎は、こちらに気づかず、なおも手下と話し込んでいた。
「今宵、早う出て、何を狙われます」
「北の湊に、荷を積んだ船が入っておる。潮が引く前に叩けば、向こうは動けぬ」
「潮が引くのを、待たれるのですか」
「待つのではない。潮のほうから、こちらに味方させる」
その言い草に、わたしは、内心、少し唸った。
潮を、敵にするのではなく、味方につける。その発想そのものは、島門で白水衆と渡り合ったときと、根が同じだった。ただ、この男は、それを、誰に教わったわけでもなく、体で掴んでいる。
——この男の勘は、正しい。だが、正しいだけでは、いずれ限りが来る。
そう思ったところで、弥九郎が、こちらに気づいた。
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「千代」
弥九郎が、こちらに気づいて、声をかけた。
「潮のことで、話がある」
「はい」
「お前は、潮を読めると聞いた」
わたしは、少し驚いた。誰からその話を聞いたのか、見当がつかなかった。
「阿蓮から、聞かれましたか」
「いや。陳様のところの下働きが、そう漏らしておった。水を割った女は、潮の読みも確かだ、と」
わたしは、内心、苦笑した。噂というものは、思わぬところから伝わるものらしい。
「読めます、とは申せませぬ。ただ、書き留めておりました」
「書き留める」
「潮の高さ、満ち引きの刻限。三年、毎日書きつけておりました」
弥九郎は、しばらくわたしを見ていた。
「なぜ、そんなことを」
「気になったからにござります」
短く、そう答えた。前の生の話は、ここでもできない。
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「見せてみよ」
わたしは、宿から持ち出した紙束の一部を、弥九郎に見せた。
明の潮を、これまで断片的に書き留めてきたものだった。島門ほど詳しくはないが、それでも、何月の何日、どの刻限に、どちらへ流れたかが、並んでいた。
弥九郎は、その紙を、しばらく見つめていた。
紙面に並んだ日付と刻限を、指で追う仕草が、思いのほか丁寧だった。荒々しい身なりの男が、こんなにも慎重な手つきで紙をめくることに、わたしは、少し意外の念を覚えた。
「これは、お前が、自分で見て書いたものか」
「はい」
「毎日」
「毎日ではのうても、幾度も」
弥九郎は、紙面を、指でなぞった。読み書きは、それほど得手ではないらしい。だが、数字の並びだけは、目で追えているようだった。
「この日、潮はどちらへ」
「東から西へ、申の刻に変わっておりまする」
「なぜ、それが分かる」
「そう書いてござりますゆえ」
弥九郎は、しばらく黙っていた。
それから、傍にいた年配の水手を呼んだ。
「お前、この日を覚えておるか」
水手は、紙面を覗き込んで、首をひねった。
「覚えておりませぬ。三月も前のことにござりますれば」
「勘では」
「勘は、その日、その場でしか働きませぬ。過ぎたことは、忘れまする」
水手は、少し決まり悪そうに、頭を掻いた。長年海で生きてきた自負が、目の前の紙一枚に、あっさりと超えられてしまったことに、戸惑っているようだった。
弥九郎は、その水手の顔と、手元の紙とを、交互に見比べていた。
その遣り取りを聞きながら、わたしは、あることに気づいた。
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勘は、確かなものだ。長く海に生きた者の勘は、時に、どんな数よりも正しい。
だが、その勘は、その人一代のものだった。
その人が死ねば、あるいは、その場を離れれば、勘は消える。次の日、次の年、同じ場所に、同じ勘を持つ者がいるとは限らない。
書けば、残る。
三年前、石段の三段目で、初めてそう思ったときのことを、思い出した。あのときは、自分のために書いていた。
いまは、違う意味を持ちはじめていた。
「弥九郎殿」
「なんじゃ」
「勘は、お一人のものにござります。じゃが、書けば、それは、皆のものになりまする」
弥九郎の目が、こちらを見た。
「どういうことだ」
「あの水手殿の勘は、あの方だけのものにござります。あの方が船を降りれば、その勘は、船に残りませぬ。じゃが、書き留めておけば、次に船に乗る者が、それを読んで使えまする」
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弥九郎は、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「お前、島門とやらでも、同じことをしておったと申したな」
「はい」
「なぜ、そこまでする」
わたしは、少し考えた。
ふいに、あの造船場の老人の顔が、頭をよぎった。
——わしの知っていることは、わしが死ねば、消える。
あの人も、同じことを、違う言葉で言っていた。誰にも顧みられず、それでも、誰かが自分の知恵を継いでくれることだけを、ひそかに待ち続けていた老人。
必ず、覚えまする。あのとき、そう約束した。
その約束を、いま、違う形で、果たしているのかもしれなかった。
「一人が知っていることを、皆が知っていることに変えたいのでござります」
「なぜ」
「一人が知っているだけでは、その人がおらぬようになれば、知恵ごと消えまする。皆が知っておれば、誰か一人がおらぬようになっても、知恵は残りまする」
言いながら、これは、あの老人がわたしに教えてくれたことの、そのままの形なのだと気づいた。教わったことを、今度は、自分の言葉として、別の誰かに渡している。
知恵とは、そうやって、人から人へ、渡り歩いていくものなのかもしれなかった。
弥九郎は、その言葉を、しばらく胸の内で転がすような顔をしていた。
「……お前の申すことは、いちいち、腹に落ちる」
「恐れ入りまする」
「腹に落ちるのが、少々、癪でもある」
そう言って、弥九郎は、初めて、声を立てて笑った。
笑うと、日頃の鋭さが、少し和らいで見えた。手下たちも、その笑い声に、少し驚いたような顔をしていた。棟梁が、こうも屈託なく笑うところを、あまり見慣れていないのかもしれない。
わたしは、その様子を見ながら、なぜか、少しだけ、誇らしいような気持ちになった。誇らしいと感じる筋合いなど、どこにもないはずなのに。
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その日から、弥九郎は、潮の記録を、正式にわたしに任せた。
「陣屋に、書役の場を作る。そこで、潮のことを、書き留めてくれ」
「わたくしが、でござりますか」
「お前でなくて、誰がやる」
その一言に、わたしは、少し戸惑った。陳家の荷である身が、弥九郎の陣屋に、正式な役目を持つ。それが、どういう意味を持つのか、すぐには測りかねた。
一人の身に、二つの主が付くということだ。陳文興に仕え、同時に、弥九郎にも重んじられる。その二つが、いつまでも仲良く並び立つとは、限らない。
いずれ、どちらかを選ばねばならぬ日が来るのだろうか。
そこまで考えて、頭を振った。まだ、起きてもいないことを、先回りして案じても、詮無いことだった。
いまは、目の前の役目を、ただ、確かにこなす。それだけでよかった。
「陳様には、お許しをいただかねばなりませぬ」
「それは、こちらから話をつける」
弥九郎は、あっさりと言った。
「お前の見立ては、銭になる。銭になるものを、遊ばせておく理由がない」
その理屈は、いつもどおり、単純で、揺るがなかった。
陣屋の隅に、小さな場所が用意された。板を渡しただけの、粗末な机だった。それでも、そこに座って筆を執ることを許された、ということが、思いのほか、胸に響いた。
陳家では、荷として扱われながら、いつのまにか役目を得た。ここでは、初めから、役目を得るために呼ばれた。
同じ「役目を得る」でも、その始まり方は、まるで違っていた。
どちらが、より確かな立場なのか。まだ、分からなかった。分からないが、板の机に腰を下ろしたとき、指の先が、久しぶりに、迷いなく動いた。
机の脇には、硯と、まだ新しい筆が、一揃い置かれていた。誰が用意したのかは分からないが、粗末ながらも、こちらのために整えられたものだと分かった。
陳家の書斎の道具に比べれば、ずいぶん質素だった。それでも、自分のために用意された道具を前にすると、値の高い低いとは別のところで、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
この陣屋という荒々しい場所にも、こういう気遣いをする者が、どこかにいるらしい。
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その日の分の潮を書き終えてから、わたしは、別の紙を一枚、脇に置いた。
潮の記録。弥九郎への言葉。書役の場。
書きながら、ふと、思った。
これは、島門でやっていたことと、同じだ。
数を作り、書き留め、それを誰かに渡す。渡した数が、誰かを動かす。
違うのは、渡す相手だった。
父ではなく、弥九郎。血を分けた家ではなく、損得で繋がった一団。
それでも、やっていることの根は、変わらなかった。
窓の外で、潮の音が、遠く聞こえていた。ここは川沿いの陣屋で、海からは、まだ距離がある。それでも、耳を澄ませば、潮の気配が、確かに届いてくる気がした。
——書けば、残る。
その一言を、いま一度、胸の内で繰り返した。
三年前と、いまと。書く相手は変わっても、書くという行いだけは、変わらずに、この身に残っていた。
ふと、あの繋がれていた人影のことが、頭をよぎった。
潮を書き留めることは、船を導く。船が導かれれば、次の稼ぎに出やすくなる。次の稼ぎとは、あの人影を、また増やすことかもしれなかった。
——わたしが渡す数は、誰かを助け、誰かを傷つける。
その両方を、同時にやっているのかもしれない。
その考えを、紙には書かなかった。書けば、いま持っている筆が、急に重くなる気がした。
前の生でも、似たことはあった。作った道具や技が、思わぬ形で、悪しきことに使われるのを、遠くから聞いたことがある。あのときは、自分の手を離れたところで起きたことだと、線を引くことができた。
いまは、違う。目の前で使われる。誰が、どう使うかまで、ほとんど見えている。
見えていて、それでも、書くことをやめない自分がいた。
やめれば、弥九郎の一団は、また勘だけを頼りに、危うい海へ出ることになる。書けば、危うさは減る。だが、稼ぎの機会は増える。
どちらに転んでも、割り切れない重さが、どこかに残った。
その重さを抱えたまま、書かないまま、わたしは、次の日の潮を思い浮かべながら、目を閉じた。




