第八話 針
応永二十三年(一四一六)五月 福建 泉州 造船場
その老人に初めて会ったのは、造船場の隅、修理待ちの船が並ぶあたりだった。
船縁に腰かけて、日向ぼっこをしていた。仕事をしている様子はない。歳は、六十をとうに過ぎているだろう。手の甲に、深い皺と、古い火傷の跡があった。
阿蓮によれば、この老人はかつて船乗りだったが、いまは足腰が弱って船に乗れず、造船場に居候のような形で置かれているのだという。
老いた船乗りが、船を降りたあとどこへ行くのか、それまで考えたこともなかった。海で稼いだ銭を蓄えて、故郷に落ち着く者もいるだろう。だが、この老人には、そういう蓄えも、帰る故郷も、なかったのかもしれない。
造船場の隅で日向ぼっこをしている姿は、傍から見れば、ただの厄介者にも映る。だが、その皺だらけの手には、何十年ぶんの海の記憶が刻まれているはずだった。
「暇を持て余している」
阿蓮は、そう言った。
「話し相手が欲しいなら、ちょうどいい」
わたしは、少し迷った。
これまで会った誰もが、わたしに何かを与える見返りを、はっきりと、あるいは言外に求めてきた。陳文興は帳の働きを、阿蓮は借りの高値を、周は——結局、何も返さぬまま去っていった。
ただ暇だから相手になる、という理由が、かえって信じがたかった。
人は、何かを求めて動く。それが、この一年で骨身に染みた道理だった。求めるものが銭であれ、体裁であれ、信であれ、必ず何かがある。
見返りのない親切など、この身の上では、警戒の対象にしかならなかった。
それでも、断る理由もなかった。話を聞くだけなら、失うものは何もない。
---
老人に近づいて、頭を下げた。
老人は、こちらをじろりと見て、それから、意外そうな顔をした。
「……日本の、娘か」
たどたどしい日本語だった。それだけの言葉を紡ぐのに、ずいぶん間があった。
「はい」
わたしは、そう答えてから、明の言葉に切り替えた。
「明の言葉で、お話しできまする」
老人の目が、丸くなった。
「ほう。日本の娘が、明の言葉を話すか。珍しい」
老人は、少し身を起こした。
「陳様の家の者だろう。船を見に来ているという噂は聞いた」
「はい」
「何を見ている」
「風と、帆の理にござります」
老人は、しばらくわたしを見ていた。
それから、笑った。
「面白い娘だ」
その言葉に、少し身構えた。「面白い」という言葉には、これまで、値踏みの意味が込められていることが多かった。叔父も、陳文興も、この言葉を、決して無償では使わなかった。
だが、老人の「面白い」には、それ以上の含みが、あまり感じられなかった。
ただ、本当に面白がっているだけのようだった。
---
「わしは、若い時分、船に乗って、遠くまで行った」
老人は、そう語りはじめた。
「どこまで、でござりますか」
「南は、占城まで。北は、高麗まで」
高麗という名なら、知っている。前の生で、教科書の太字にも載っていた国の名だ。もっとも、この時代の高麗がどうなっているのかまでは分からない。占城のほうは、まるで見当がつかなかった。聞いたことのない響きの名だ。どれほど遠い土地なのか、思い描くことすらできなかった。
「占城とは、どのような土地でござりますか」
「暑い。ここより、ずっと暑い。米が、一年に幾度も実る」
「一年に、幾度も」
「三度、実る年もあると聞く」
わたしは、絶句した。
島門では、米は一年に一度しか実らない。それが当たり前だと思っていた。世の広さを、また一つ、思い知らされた気がした。
「陸が見えなくなっても、迷わずに戻ってこられたのでござりますか」
「迷うことも、あった。だが、大抵は、迷わずに済んだ」
「なぜ、迷わずに済んだのでござりますか」
老人は、懐から、小さな道具を取り出した。
丸い皿のようなもので、真ん中に細い針が刺してある。
「これだ」
わたしは、それを覗き込んだ。
皿には、細かい印がぐるりと刻まれていた。その中心に、細い針が浮くように収まっている。
針は、わずかに揺れながら、やがて、ある一方向を指して止まった。
老人が、皿を持ったまま、体ごと向きを変えた。
それでも、針は、同じ方角を指したまま、微動だにしなかった。
「これは」
「水羅盤という。水を張った皿に、針を浮かべておる」
「水羅盤」
「乾いた盤もあると聞くが、わしはこちらしか使ったことがない。水に浮かべたほうが、揺れに強い」
「揺れに強い、とは」
「船は、絶えず揺れる。針が固い軸で支えられておれば、揺れるたびに、指す方角が狂う。水に浮かべておけば、多少の揺れでは、狂わぬ」
なるほど、と思った。固いものより、揺れを受け流すもののほうが、時に確かなことがある。理屈は単純だが、言われるまで気づかなかった。
「この針は、いつも、同じ方角を指す」
わたしは、息を呑んだ。
「陸が見えなくとも、これがあれば、どちらが北かは分かる。北が分かれば、進む方角も分かる」
---
「これは、どこの誰が作ったものにござりますか」
「知らん。ずっと昔から、船乗りは使っている」
「船に乗る者は、皆、これを持っているのでござりますか」
「持っている者もおれば、持たぬ者もおる。持たぬ者は、星と、潮の色と、鳥の飛び方で見当をつける」
「星や潮より、これのほうが、確かなのでござりましょうか」
「曇りの夜には、星が見えぬ。潮の色は、日によって変わる。だが、これは、曇りの日も、晴れの日も、変わらず同じ方角を指す」
わたしは、その道理に、深く頷いた。
天候に左右されないものを、頼りにする。それは、島門で潮を数えていたときにも、心のどこかで求めていたことだった。潮の高さは、天候にも、季節にも左右される。だからこそ、毎日書き留めて、確かな型を見つけようとした。
この磁石は、はじめから、その確かさを、道具そのものに宿している。
「なぜ、いつも同じ方角を指すのでござりましょう」
「知らん」
老人は、あっさりと言った。
「わしは、使い方は知っている。なぜそうなるかは、知らん。知る必要もない」
その言い方に、わたしは少し驚いた。
——なぜ北を指すのか、わたしは知っている。
地そのものが、大きな磁石のようなものだからだ。前の生で、そう習った覚えがある。だが、それを口にしたところで、何になるだろう。この老人は、知る必要もないと言い切った。知ったところで、針の指す先が変わるわけではない。理屈を知っていることと、それが誰かの役に立つこととは、また別の話だった。
これまで出会った誰もが、理を知ることに、何かしらの執着を持っていた。陳文興は疑うことを重んじ、船大工は手で覚えた理を大事にした。だが、この老人は、理を知らずとも、使えればそれでいいという構えだった。
それも、一つの生き方なのかもしれない。
理を知ることと、道具を使いこなすことは、必ずしも同じではない。
その事実を、わたしは、これまであまり考えたことがなかった。
考えてみれば、島門の与三次も、似たところがあった。あの老人は、升や関の理を、頭では説けなかった。ただ、四十年、体で覚えていた。
理を説ける者と、道具を使いこなせる者とは、必ずしも同じ人間ではない。
そして、両方を併せ持てる者は、さらに少ない。
自分が、そのどちらに近いのか、いまのわたしには、まだ判じかねた。理を追うことに気を取られて、手のほうが疎かになっている気もする。
---
「その針は、いつまで、その方角を指し続けるのでござりますか」
「わしが知る限り、狂ったことはない」
「一度も」
「一度もない。長く使えば、多少は動きが鈍くなる。だが、指す方角そのものが変わることはない」
わたしは、その確かさに、あらためて驚いた。
潮は、日によって高さが違う。風は、日によって向きが違う。人の心は、なおのこと移ろいやすい。この世のほとんどのものが、当てにならない中で、この針だけは、いつも同じ答えを返す。
これほど当てになるものを、ほかに知らない。
そう思うと、この小さな道具が、急に、ひどく貴重なものに見えてきた。
「これを、わたくしにも譲っていただくことは」
「できぬ」
老人は、あっさりと言った。
「わしの、たった一つの財だ。譲れば、わしには何も残らぬ」
その答えに、わたしは、すぐに頭を下げた。
「浅はかなことを申しました」
「よい。欲しがるのは、当たり前のことだ」
老人は、そう言って、皿を懐にしまった。
「これを、どう使えば、迷わずに進めるのでござりますか」
老人は、また別の道具を取り出した。
古びた紙に、幾つもの線と印が書き込まれている。
「これは、わしが若いころに使っていた、道筋の覚え書きだ」
「道筋」
「何刻に、どちらの方角へ、どれだけ進んだか。それを、毎日、書き留めておく」
わたしは、その紙を、食い入るように見た。
これは。
潮の高さを書き留めていた、あの帳と、同じだった。
方角と、刻限と、進んだ見込みの距離。それを、毎日、積み重ねて書く。積み重ねれば、いま自分がどのあたりにいるか、おおよその見当がつく。
陸が見えなくとも、書き溜めた数字だけを頼りに、自分の居場所を知ることができる。
「わたくしにも、その書き方を、お教えいただけませぬか」
老人は、意外そうな顔をした。
「なぜ、そこまで知りたがる」
わたしは、少し考えた。
正直に言うべきか、迷った。だが、この老人に嘘をつく必要は、感じなかった。
「いつか、この理が、要り用になる日が来る気がいたします」
「船乗りにでもなるつもりか」
「分かりませぬ。ただ、知っておいて損はないと存じます」
老人は、しばらくわたしを見ていた。
それから、また笑った。
「暇だ」
「……」
「わしは、暇なのだ。誰も、わしの話など聞きたがらん。若い者は、皆、仕事に追われている。あんたのように、わざわざ話を聞きに来る者は、めったにおらん」
その言葉に、初めて、老人の胸の内が見えた気がした。
理由は、単純だった。
暇だから。
見返りを求めない親切というものが、この世にあるのだと、少し驚いた。あるいは、見返りが「話し相手」という、ただそれだけのことなのかもしれなかった。
それなら、こちらにも、差し出せるものがある。
---
同月 半ば
それから、幾度となく、老人のもとへ通った。
老人は、方角の読み方、星の見方、潮の流れの見分け方を、飽きもせず語ってくれた。
わたしは、それを一つずつ、紙に書き留めた。
方角は、十二の刻に分けて示す。北を子、南を午とし、その間を十二等分する。日本の時刻の数え方と、似た理だった。
刻限は、線香の燃える速さで測る。一本燃え尽きるあいだに、船がどれだけ進んだかを、大まかに見積もる。
見積もった距離を、方角ごとに積み重ねていけば、いまどこにいるか、紙の上に描き出せる。
これは、潮を数えるのと、同じ根を持っている。
数を積み重ね、比べ、狂いを見つける。あるいは、狂いのないことを確かめる。やり方は、島門で覚えたものと、何一つ変わらなかった。
変わったのは、数える対象が、潮の高さから、船の進んだ道のりに変わっただけだ。
---
ある日、老人が、こんなことを言った。
「あんたの書き方は、船乗りのものとは、少し違うな」
「どう違いまするか」
「船乗りは、覚える。頭の中に、道筋を叩き込む。だが、あんたは、紙に書く」
「紙に書けば、忘れませぬ」
「船乗りは、紙になど頼らん。頼れば、いざというときに、紙を失えば、何も分からなくなる」
その言葉は、胸に刺さった。
紙は、燃える。島門で、三年ぶんの帳が焼けたときのことを、思い出した。
「では、頭にも、覚えておくべきでござりましょうか」
「両方やれ」
老人は、あっさりと言った。
「紙は、頭を助ける道具だ。頭は、紙を失っても残る。だが、頭だけでは、細かいところを忘れる。両方あって、初めて確かになる」
その教えを、わたしは、深く頷いて受け取った。
書くことと、覚えること。どちらか一方に頼るのではなく、両方を併せ持つ。
言われてみれば、当たり前のことだった。だが、当たり前のことほど、誰かに言われるまで、気づかないものらしい。
---
六月
老人のもとへ通う日々の中で、わたしは、少しずつ、方角と星の見方を体に入れていった。
夜、板間で目を閉じると、頭の中に、方角を示す十二の刻が、自然と浮かぶようになった。
手が、覚えはじめている。
そう感じた。
蔵の帳を検める手つきとも、船の理を見立てる目つきとも、また違う種類の技だった。だが、根っこにあるものは、同じだった。
見て、覚えて、書いて、確かめる。その繰り返しが、いつのまにか、新しい技を、この身に刻みつけていた。
---
ある夜、老人が、また別の道具を取り出した。
薄い木の板が、何枚も紐でひとまとめにされている。大きさが、少しずつ違った。いちばん大きなものは掌ほど、いちばん小さなものは指の爪ほどしかない。
「これは」
「牽星板という。星の高さを測る道具だ」
老人は、その中の一枚を選び、紐の端を口にくわえた。腕をまっすぐ伸ばし、板の下端を水平線に、上端を北の星に合わせる。
「こうして、星がどれだけ高いところにあるかを見る。高ければ、北に近い。低ければ、南に近い」
「板の大きさで、測るのでござりますか」
「そうだ。板が大きいほど、星は高い場所にあることになる。いくつか試して、水平線と星がぴたりと収まる板を選ぶ」
わたしは、その道具を、しばらく見つめた。
方角を知る磁石とは、また別の技だった。磁石は、どちらを向いているかを教える。だが、この板は、いま自分が、南北のどのあたりにいるかを教えてくれる。
「両方使えば、迷わずに済むのでござりますね」
「両方使っても、迷うときは迷う。だが、片方だけよりは、ましだ」
老人は、板を仕舞いながら、こう続けた。
「わしがまだ若い時分、都で大層な評判になった話がある。西のずっと先、麻林という国から、麒麟が献じられたというのだ」
「麒麟」
「聖なる獣だ。首が、この背丈の何倍もあるという。見た者は、みな腰を抜かしたそうだ」
それは、麒麟ではない。
そう分かってしまう自分に、内心、少し苦笑した。首の長い、あの獣の姿を、わたしは知っている。前の生で、幾度も見た。絵でも、たぶん、生きた姿でも。
だが、この老人にとっては、それは聖なる獣として都で評判になった、途方もない話なのだ。
知っていることを、ここでは誰にも言えない。麒麟ではない、という一言だけで、なぜ知っているのかを問われる。問われれば、答えようがない。
——知っているのに、知らぬふりをする。
そういう場面が、これで幾度目になるだろう。数えるのも、いっそ馬鹿らしくなってきた。
「その麻林という国は、どこにあるのでござりますか」
「知らん。だが、鄭和様の船団が、幾月も幾月も西へ西へと進んで、ようやく辿り着いた国だと聞いた。この板と、水羅盤とを頼りに、それだけ遠くまで行けたのだそうだ」
西の果てまで船で渡り、見たこともない獣を連れ帰る。その大がかりさに、あらためて舌を巻いた。地図の上でしか知らなかった隔たりを、生身の人間が、実際に踏み越えたのだ。
「そこまで、遠くへ」
「そうだ。道具さえ確かなら、人は、思いもよらぬ遠くまで行ける」
その言葉が、しばらく胸に残った。
道具さえ確かなら、遠くまで行ける。
いまのわたしには、行きたい場所も、行ける当てもない。それでも、道具を集めておくことに、意味がないとは思えなかった。
---
ある夕方、老人のもとを辞するとき、わたしは訊いた。
「なぜ、わたくしに、これほど多くを教えてくださるのでござりますか」
老人は、少し黙って、それから答えた。
「わしの知っていることは、わしが死ねば、消える」
「……」
「誰も、覚えようとしなかった。若い者は、皆、忙しい。わしの話など、時の無駄だと思っている」
老人の声が、少し掠れた。
「あんたが覚えてくれれば、わしの知っていることは、わしが死んでも、消えずに残る」
わたしは、その言葉を、しばらく胸の内で転がした。
それは、わたくしがずっと望んでいたことと、同じかもしれませぬ。
覚えたものが、消えずに残る。誰かの中に、書き留めたものが、生き続ける。
それは、わたし自身が、島門の記憶を紙に留めようとしたときと、同じ望みだった。
老人もまた、消えていくものを、誰かに繋ぎ止めたいと願っていたのだ。
「必ず、覚えまする」
わたしは、そう言った。
老人は、頷いて、それ以上は何も言わなかった。
夕日が、造船場の木々の間から差し込んで、老人の白髪を、淡く照らしていた。
帰り道、わたしは、老人の言葉を、何度も胸の内で繰り返した。
——わしの知っていることは、わしが死ねば、消える。
その一言は、この一年、わたし自身が抱えてきた恐れと、同じ根を持っていた。忘れることへの恐れ。誰にも渡せないまま、消えていくことへの恐れ。
老人は、それを、もっと静かに、もっと長く抱えてきたのだろう。若い者に見向きもされず、船にも乗れず、それでも、誰かが自分の知恵を継いでくれることだけを、ひそかに待ち続けていた。
——わたくしも、そうなるのだろうか。
いつか、誰にも顧みられず、それでも誰かが聞きに来てくれることを、待つ側に回るのだろうか。
そのときが来たら、この老人がわたしにしてくれたように、惜しみなく語れるだろうか。
答えは、まだ出なかった。
ただ、老人と交わした約束の重みだけは、確かに胸に残っていた。




