第七話 逆風
応永二十三年(一四一六)三月 福建 泉州 造船場
用のない日にも、わたしは造船場へ通うようになった。
陳文興は、それを咎めなかった。むしろ、蔵の帳を検める合間に、造船場の話を訊いてくることさえあった。
「船の見立ては、進んでいますか」
「まだ、見ているだけにござります」
「見ているだけで、何か分かりましたか」
わたしは、竜骨と、船倉の仕切りについて、覚えている限りを話した。
陳文興は、それを聞きながら、時折頷いた。
「船大工に、直に訊いたことは」
「ござりませぬ。訊いても、答えていただけぬだろうと、阿蓮に言われました」
「そのとおりでしょう。あの棟梁は、口の重い男です」
陳文興は、少し笑った。
「では、あなたは、どうやってそこまで見立てましたか」
「見ていただけにござります。日を変え、風向きを変え、幾度も見ておりますと、同じ型が繰り返し出てまいります」
「よく見ています」
「見ることしか、できませぬので」
「見ることができる、というのは、それだけで才です」
その言葉を、わたしは半分だけ受け取った。才があると言われて素直に喜べるほど、無邪気ではもうなかった。才があるなら、この人はいずれ、その才をもっと使い倒すつもりだろう。
それでも、悪い気はしなかった。使われるだけの値打ちがあると認められることと、何の値打ちもないと見なされることでは、雲泥の差がある。
十四の娘の物言いにしては、いささか計算高いと、自分でも思う。だが、それが悪いこととは思わなかった。無邪気に喜んで、後で裏切られるより、値打ちの中身を見極めておくほうが、よほど身を守る。
前の生でも、そうだった。褒め言葉は、そのまま受け取るものではなく、まず何を求めての言葉かを検める。検めてから、必要なら喜ぶ。順序を間違えなければ、それでいい。
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その日、造船場に着くと、いつもと様子が違った。
浜に上げられていた一艘が、水に戻されていた。修理を終えた船らしい。船大工たちが、忙しく立ち働いている。
「今日、船を出すようだ」
阿蓮が言った。用があって、たまたま今日も付き添うことになっていた。
「試しに、乗せてみる。うまく走れば、修理は上出来ということになる」
わたしは、その支度を、少し離れたところから眺めていた。
船大工たちの動きに、迷いがなかった。慣れた手つきで綱を操り、帆を畳んだまま、船を岸から押し出していく。
風は、陸から海へ向かって吹いていた。船が出て行くには、都合の悪い向きだった。日本の船なら、この風向きでは、帆を畳んで櫓を漕ぐしかない。何里も先まで、男たちが交代で漕ぎ続けることになる。
だが、船大工たちは、慌てる様子もなく、沖へ出たところで、帆を上げていた。
なぜ、畳まない。
漕がずに帆を上げれば、風に押し戻されるだけのはずだった。そう思って見ていた。
疑問に思う間もなく、船は岸を離れた。
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帆が、風を孕んで膨らんだ。
わたしは、目を疑った。
風は、確かに陸から海へ吹いている。船が進もうとしている方向とは、真っ向から逆だ。それなのに、船は、止まるどころか、少しずつ前へ進んでいる。
進み方は、まっすぐではなかった。右へ大きく傾き、それから左へ大きく傾く。風に対して斜めに斜めに、鋸の刃のような線を描きながら、船は確かに、風上へ向かって進んでいた。
「あれは」
声が、震えた。
「あれは、どういう理でござりますか」
阿蓮は、しばらく黙っていた。
「俺も、詳しくは知らん。ただ、あの帆の桟が、風を横から受けたときに、船を前へ押す力に変えるらしい。船大工の一人が、そう言っていた」
「風を、押す力に変える」
「まっすぐ受ければ、押し返されるだけだ。だが、斜めに受ければ、逃げる力の一部が、進む力に化ける、ということらしい」
わたしは、船の動きを、目で追いながら、頭の中で数を組み立てようとした。
風の向き。帆の傾き。船の進む向き。三つのあいだに、何か決まった理があるはずだった。
だが、見ているだけでは、その理が掴めない。何度も繰り返し見て、角度を測り、進んだ距離を測って、初めて掴めるものだろう。
見て、覚える。
前の生でも、そうやって物事を掴んだ。理屈を先に聞くより、まず目で追う。目で追ってから、後で理屈が追いついてくる。
その日から、わたしは、風向きと帆の傾きを、暇さえあれば書き留めるようになった。
角度を測る道具など、持っていない。だから、自分の指を使った。腕を伸ばし、指を風の向きに合わせ、次に帆の傾きに合わせる。指の間に開く角度を、目分量で覚え、それを紙に写す。
粗い測り方だった。前の生であれば、もっと確かな道具があったはずだ。だが、いまの手元には、指と目しかない。
ないものを数えても仕方がない。あるものでやる。
その割り切りだけは、島門にいたころから、少しも変わっていなかった。升の目盛りが合わなくても、帳を書く紙が足りなくても、あるもので何とかしてきた。ここでも、同じことをするだけだった。
毎日、同じ刻限に、同じ場所から、船の出入りを見た。日によって風向きは違う。同じ風向きの日を選んで、傾きを比べる。数をこなすほど、粗い目分量にも、少しずつ確かさが増していった。
阿蓮は、しばらくその様子を眺めていたが、ある日、こう言った。
「あんた、また新しいものに取り憑かれたな」
「取り憑かれた、とは」
「船を見る目が、蔵の帳を検めていたときと同じだ。他のことが目に入らなくなる」
図星だった。何かの理を追いはじめると、他のことが後回しになる。この癖は、前の生から変わっていないのだろう。
「悪いことでしょうか」
「悪くはない。ただ、危なっかしい」
阿蓮は、それだけ言って、行ってしまった。
危なっかしい、という言葉の意味を、わたしはしばらく考えた。何かに夢中になりすぎて、足元が見えなくなることを言っているのか、それとも、もっと別の何かを見透かしての言葉なのか。
答えは、出なかった。
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四月
一月かけて、わたしは何度もその船の出入りを見物した。
出ていく日、帰ってくる日。追い風の日、向かい風の日。それぞれの日に、帆がどう傾き、船がどう進んだかを、紙に書き留めた。
書き留めた数が増えるにつれ、朧げながら、一つの型が見えてきた。
風に対して、船をまっすぐ向けても進まない。だが、風から少しだけ角度をつけて進めば、帆は風を孕む。孕んだ風の力の一部が、船を前へ押す。残りの力は、船を横へ流そうとする。
横へ流れる力を、船底の深い板が押さえ込む。
だから、竜骨が要るのか。
そう気づいたとき、指の先が、じんと痺れた。
竜骨は、ただの芯ではなかった。風の力を、進む力へ変えるための、もう一つの仕掛けだったのだ。
一つ一つは、ばらばらに見えていた。竜骨、仕切り、桟の入った帆。だが、いま、それらが一つの理でつながっていることに、気づいた。
船とは、木を組んだだけの箱ではない。風と水の力を、うまく飼い慣らすための、精巧な仕掛けなのだ。
そう気づいた瞬間、体の芯が、震えるような感じがした。
前の生でも、こういう瞬間があった気がする。ばらばらに見えていた事実が、ある拍子に、一つの筋として繋がる瞬間。あの感覚だけは、何年経っても、何を失っても、色褪せずに残っている。
——これだけは、誰にも奪えない。
家も、湊も、父も、兄も、奪われた。だが、この、繋がった瞬間の震えだけは、誰にも取り上げようがない。
それが、いまのわたしにとって、数少ない確かな慰めだった。
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板間へ戻るなり、紙を広げた。覚えた理を、薄れる前に、できる限り正確に写しておかねばならなかった。
風向きを表す線。帆の傾きを表す線。船の進む向きを表す線。三つの線の間に、いくつかの型があることを、図にして残した。
字にするより、図にするほうが、掴みやすかった。
図を眺めながら、わたしは、ふと日本の海を思い浮かべた。
響灘。関門の瀬戸。瀬戸内の、名も知らない海域。
あの海のどこかにも、こういう船があったなら。
追い風を待つだけでなく、向かい風の日にも、思うところへ進める船があったなら。
賊にとって、それはどれほどの武器になるだろう。
そこまで考えて、わたしは自分の思考の飛躍に、少し呆れた。
賊、という言葉が、なぜ真っ先に浮かんだのか。日本の商船でも、漁師の船でも、同じように役立つはずなのに。
——でも、いちばん欲しがるのは、賊だろう。
追われても逃げられる。追う側にも回れる。海の上で、風を選べるということは、そのまま、生き死にを分ける力になる。
自分の思考が、いつのまにか、そういう算段に向かっていることに、少し薄気味悪さを覚えた。
前の生でも、この生でも、わたしは人に道具を与える側にいたことはあっても、賊のことを考えたことなどなかった。なのに、いま、頭の中で、賊にとっての利を、真っ先に数えている。
なぜ、いちばん先に浮かんだのが、商人でも漁師でもなく、賊だったのか。
考えて、思い当たった。
賊は、誰の許しも得ずに動く。関所も、通行の定めも、賊には及ばない。だからこそ、新しい理を、いちばん早く、いちばん貪欲に取り入れる。
まっとうな商いは、型を守ることで信を得る。だが賊は、型を破ることでしか、生き残れない。
そう考えると、賊という生業が、急に、単なる無法者の集まりではなく、もっと切実な、変わり身の速さを求められる生き方に見えてきた。
考えても、詮無いことだ。
自分にそう言い聞かせて、わたしは紙を閉じた。
閉じても、頭の隅で、その考えは消えずに燻っていた。
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同月 半ば
阿蓮に、図を見せてみた。
「これは」
「船の進む理にござります。風向きと、帆の傾きと」
阿蓮は、しばらくその図を見ていた。
「あんた、これを、独りで考えたのか」
「見て、覚えただけにござります」
「見ただけで、こんな図が描けるものか」
わたしは、答えなかった。答える必要もなかった。
阿蓮は、図を見つめたまま、こう言った。
「この図を、船大工に見せたら、どんな顔をするだろうな」
「見せられまするか」
「いや」
阿蓮は、首を振った。
「あの人らは、字も図も読まない。手で覚えたことが、すべてだ。紙の上の理屈なんぞ、信用しない」
なるほど。
数と字の世界と、手と技の世界とは、やはり違う理で回っているらしい。証を示せば通る世界と、腕を示さねば通らない世界と。
自分がどちらの世界の住人なのか、いまのわたしには、まだ判じかねた。
判じかねるまま、わたしは、また新しい紙を取り出した。
書き足すことは、まだたくさんあった。
阿蓮が、去り際に、もう一つ言葉を残した。
「陳様には、見せるなよ」
「なぜでござりますか」
「あんたが船のことにばかり頭を使い出したら、蔵の帳が疎かになる。陳様は、そういうところに敏い」
わたしは、頷いた。
言われなくても、そのくらいの勘定はしていた。いまのわたしを養っているのは、蔵を検める働きだ。船の理屈は、いまはまだ、誰の得にもならない、自分だけの道楽に過ぎない。
道楽と、生業と。
その二つを、うまく両方の手に持ち続けなければならない。どちらか一方を落とせば、たちまち立場を失う。
綱渡りだと分かっていて、それでも、船の図を描く手を止められなかった。
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夜、褥に入る前に、わたしはもう一度、図を眺めた。
風上へ切り上がる船。竜骨。仕切り。桟の入った帆。
一つ一つは、まだ絵図でしかない。実際に、木を組んで、帆を張って、初めて確かめられるものだ。
——いつか、これを、形にできるだろうか。
そう思ってから、すぐに、自分を戒めた。
いまのわたしは、荷である。誰かの家の帳を検め、誰かの用事で造船場へ通う、それだけの身の上だ。
船を造る材も、職人も、銭も、何一つ持っていない。
持っているのは、紙に写した図と、頭の中の理屈だけだった。
それでも、と思う。
図は、消えない。今日描いた図は、明日も同じ形で残っている。
いつか、これを使う日が来るかどうかは、分からない。
分からないことは、そのまま置いておく。
置いておいて、いまは、ただ描き続ける。
それが、いまのわたしにできる、唯一のことだった。
灯を吹き消す前に、もう一度、風上へ切り上がっていく船の姿を思い浮かべた。
右へ傾き、左へ傾き、鋸の刃のような線を描きながら、それでも確かに前へ進んでいたあの船。
まっすぐには進めない。だが、進めないなりの進み方が、ちゃんとある。
わたし自身も、似たようなものかもしれない。
まっすぐ島門へは帰れない。父も兄も、湊も、もう戻らない。だが、進めないなりの進み方が、この身にも、まだ残っているはずだった。
風上へ向かう船のように、斜めに、幾度も向きを変えながら、それでも前へ。
そう思うと、闇の中で、少しだけ、息がしやすくなった気がした。




