第六話 造船場
応永二十三年(一四一六)二月 福建 泉州
蔵の検めが板についたころ、陳文興が、わたしに新しい用事を言いつけた。
「造船場へ行って、修理に出した船の荷を検めてきなさい」
「わたくしがでござりますか」
「阿蓮に、案内させます」
その言い方が、あまりにあっさりしていたので、わたしは少し拍子抜けした。
蔵の帳の一件から、この人はわたしの使いどころを、静かに増やし続けている。危ないものにも、汚れるものにも、迷わず行かせる。値踏みが済んだ荷を、こき使うことに、遠慮がない。
それだけ、元が取れると踏んでいるのだろう。
そう思うと、腹は立たなかった。むしろ、分かりやすくて助かる。人の情で動く相手より、勘定で動く相手のほうが、こちらも勘定で応じられる。
情で動く相手には、こちらも情を差し出さねばならない。だが勘定で動く相手には、勘定さえ合っていれば、それ以上のものを求められない。
そういう意味で、陳文興は、いまのわたしにとっては、いちばん扱いやすい主だった。
信頼されているとは思わない。ただ、便利に使われている。それだけのことだ。
十四という歳で、そこまで割り切って考える自分を、少し滑稽だとも思う。だが、滑稽だと笑ってみせる余裕くらいは、もう持ち合わせていた。
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造船場は、泉州の湊のさらに奥、川が海に注ぐあたりにあった。
阿蓮と連れ立って歩きながら、わたしは久しぶりに、この人と長く言葉を交わした。周の一件のあと、阿蓮は前より口数が少なくなっていたが、それでも、仕事の話となれば、以前とそう変わらずに喋った。
「ここは、蔵とは勝手が違う」
阿蓮が言った。
「棟梁は、気難しい。よそ者には、まず口を利かない」
「よそ者、とは」
「陳様の使いだろうと、女だろうと、船を知らない者には、口を利かないという意味だ」
なるほど。
わたしは、それを聞いて、少し面白いと思った。数の世界では、証さえあれば大抵の口は開かせられる。だが、技の世界には、証だけでは開かない口があるらしい。
「では、どうすればよろしいのでしょう」
「黙って見ていろ。訊くのは、後でいい」
阿蓮の助言は、いつも簡潔だった。簡潔すぎて、時々、突き放されているようにも聞こえる。それでも、外れたことがない。
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造船場に着くと、木を打つ音と、削る音が絶え間なく響いていた。
大小の船が、幾艘も陸に上げられている。修理中のもの、新しく組まれているもの。木の香りが、潮の匂いに混じっていた。
生木を割る匂い、乾いた木屑の匂い、それに、船底に塗る何かの油の匂いが、幾重にも重なっている。島門の番屋にあった木の匂いとは、少し違った。もっと湿って、もっと甘い匂いがする木を使っているようだった。
わたしは、阿蓮の後ろに控えて、その光景を眺めた。
働く男たちの数だけでも、島門の湊の全人足を上回っていた。木を運ぶ者、削る者、板を継ぐ者、それぞれの持ち場が、はっきり分かれている。一人が何もかもをこなす島門の関とは、根本から違う仕組みだった。
これだけの人手を、どうやって養っているのだろう。
そう思ったところで、答えは出なかった。答えは、後で考えればいい。まずは、見る。見て、書く。それが、いまのわたしにできる、唯一の仕事だった。
まず目についたのは、船の底だった。
日本の船は、板を接いだだけの、平たい造りが多い。だが、ここにある船の底には、真っ直ぐな一本の太い材が、船首から船尾まで通っている。
「あれは」
小声で、阿蓮に訊いた。
「竜骨、というものらしい。骨のように、船の芯を貫く材だ」
芯。
その言葉が、しっくりきた。骨のない生き物が立てないように、芯のない船は、波に負けるのかもしれない。
日本の船を思い浮かべた。島門の湊に出入りしていた小舟も、白水衆の船も、底はどれも平たかった。荒れた海に出れば、揺れに弱く、大きな波を受ければ、あっさり傾いた。
これが、違うのか。
洋上で嵐に遭ったときのことを、思い出した。あのとき、船が大きく揺れて、荷役の男たちが慌てふためいていた。あの船にも、この太い一本の芯が通っていたなら、揺れ方は違ったのだろうか。
考えても、答えは出ない。だが、考えるだけの値打ちはある問いだった。
さらに近づいて見ると、船の内側にも、日本のものにはない造りがあった。
船倉が、板でいくつかの区切りに分かれている。仕切りは、天井近くまで届いていて、隣の区画とは、完全に切り離されているように見えた。
「あれも、訊いてよいのでしょうか」
「訊いても、答えはもらえないだろうな」
阿蓮は、そう言って、少し離れたところにいる年配の男を、顎で示した。
「あれが、棟梁だ」
近くを通りかかった若い船大工が、荷の一つを担いで、わたしたちの脇を抜けていった。担いだ荷の下から、畳んだ帆布がのぞいていた。
近づいて見ると、その帆布には、竹を薄く割ったものが、幾筋も横に縫い込まれていた。桟、というのだろうか。日本の帆にはない造りだった。
「あれは、何のためのものでしょう」
小声で、阿蓮に訊いた。
「知らん。訊いても、答えはもらえないだろう、と言ったろう」
「はい」
「気になるなら、また来ればいい」
その通りだと思った。今日、分からないことは、今日のうちに全部分かる必要はない。分からないことを、そのまま持ち帰る。それも、一つのやり方だった。
棟梁は、日に灼けた顔に深い皺を刻んだ、六十がらみの男だった。若い者に何か指図しながら、忙しく手を動かしている。目つきは鋭く、こちらに一瞥もくれなかった。
わたしたちが荷の検めに来たことなど、眼中にないようだった。
一度、若い船大工が、棟梁に何か質問をしていた。棟梁は、答える代わりに、その男の手から道具を取り上げ、自分でやって見せた。言葉より先に、手が動く人らしい。
ああいう人には、数の話は通じない。
そう見当がついた。この人を動かすには、証や理屈ではなく、腕そのものを見せなければならないのだろう。
自分には、まだその腕がない。
だから、いまは黙って見ているしかなかった。
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荷の検めそのものは、半刻もかからずに終わった。
修理に出していた陳家の小舟が、直り具合を確かめられ、帳に印を押される。それだけの、単純な用事だった。
船板の継ぎ目を、指でなぞって確かめた。継ぎ目に、隙間はなかった。塗られた油も、むらなく行き渡っている。修理の腕は、確かなものだった。
帳に記された修理の日数と、実際にかかったであろう手間を、頭の中で照らし合わせてみた。日数のわりに、仕事が丁寧すぎる。
急がず、丁寧に仕上げる場らしい。
日本の船大工は、数をこなすことを重んじる。この場は、数より、一艘の仕上がりを重んじているように見えた。
同じ仕事でも、重んじるものが違えば、出来上がるものも違ってくる。それだけのことを確かめるのに、半刻もかからなかった。
だが、わたしは、その半刻のあいだ、目を離さなかった。
船倉の仕切りは、水が入っても、そこで止まるための造りらしい、と見当がついた。
日本の船には、そういう仕切りがない。だから、一箇所に穴が開けば、水は船底の隅々まで回り、船はそのまま沈む。
——穴が開いても、沈まない船があるということか。
そう思うと、指の先が、静かに熱を持った。
これは、数の狂いを見つけたときの熱さとは、少し違う。もっと広い、もっと遠くまで届きそうな熱さだった。
自分でも、少しおかしいと思った。
十一の娘が升の細工に指の先を冷やしていたころから、ずいぶん遠くまで来た。いまは、他国の船の造りを盗み見て、胸を高鳴らせている。
存外、業の深い性分らしい。
そう自分を評して、わたしは小さく息をついた。
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用事を終えて、造船場を出るとき、わたしは一度だけ振り返った。
棟梁は、まだ同じ場所で、若い者に何か怒鳴っていた。船板の継ぎ方が悪いとか、そういうことらしい。
その怒鳴り声を聞きながら、わたしは、いま見たものを、頭の中でもう一度並べ直した。
竜骨。船底を貫く一本の材。
仕切り。水が入っても、そこで止める造り。
帆。竹の桟を幾筋も縫い込んだ、見慣れない造り。
何のためのものかは、まだ分からない。分からないことは、そのまま置いておく。
「阿蓮」
「なんだ」
「また、来てもよろしいでしょうか」
阿蓮は、少し驚いた顔をした。
「陳様の用がなくても、か」
「はい」
「なぜ、そこまで」
わたしは、少し考えた。
正直に言うべきか、迷った。
「面白うござります」
「面白い」
「あの船の造りが、です。見ているだけで、頭の中が、いくつも動きます」
阿蓮は、しばらくわたしを見ていた。
それから、少し笑った。
「あんたは、変わった女だな」
「よく言われまする」
「陳様にも、叔父にも、水手にも、か」
叔父、という言葉に、わたしは少し身構えた。周のことを、あの日以来、阿蓮の口から聞くのは初めてだった。
「……はい」
阿蓮は、その先を続けなかった。ただ、しばらく歩いてから、こう言った。
「用のない日に、俺が付き添えるとは限らない」
「一人でも、参ります」
「言葉が、まだ足りないだろう」
「足りぬところは、目で見て、書いて、覚えまする」
「そうか」
阿蓮は、それだけ言って、少し先を歩き出した。
その背中を見ながら、わたしは、この人が前より自分のそばにいてくれることに、いま気づいた。
周の一件のあと、口数は減った。だが、来なくなったわけではない。むしろ、こうして造船場まで付き添って、面倒な問いに答えてくれている。
恨んではいない、という言葉を、あの日、そのまま信じた。信じたつもりで、どこかでまだ、疑っていたのかもしれない。
いま、こうして並んで歩いている事実のほうが、あの日の言葉より、ずっと確かに思えた。
阿蓮は、また少し笑った。
今度の笑いには、以前のような呆れではなく、もう少し違う色があった。何と呼べばいいのか、そのときのわたしには、うまく言葉にできなかった。
「一つ、訊いてよいか」
「はい」
「あんたは、いつまで、そうやって何かを覚え続けるつもりだ」
思いがけない問いだった。
「終わりが、あるものなのでしょうか」
「さあな。俺には分からん」
阿蓮は、そう言って、少し先を歩いた。
「ただ、あんたを見ていると、覚えることそのものが、生きる理由になっているように見える。それが、いいことなのか、悪いことなのか、俺には判じかねる」
わたしは、その言葉を、しばらく胸の内で転がした。
生きる理由。
そう言われて、初めて、自分でも考えたことのない角度から、自分の日々を眺め直した気がした。
覚えることは、確かに、いまのわたしを支えている。だが、それは理由というより、もっと切実な、逃げ場のようなものかもしれなかった。
覚えているあいだは、失ったものを考えずに済む。
見抜かれていたのだろうか。
そう思うと、少し落ち着かなかった。
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墨を磨る手が、いつもより急いていた。忘れないうちに、今日見たものを写しておきたかった。
竜骨。仕切り。畳んだ帆に見えた竹の筋。
字にすると、あらためて、自分がどれだけ多くを見落としていたかが分かった。半刻という短い間に、目に映ったものの、たぶん十分の一も、正しく捉えられていない。
一度では、足りない。
何度も通って、少しずつ拾い集めるしかない。
前の生でも、そういう仕事の仕方をしていた気がする。一度で全部を掴もうとせず、通うたびに一つずつ、確かなものを持ち帰る。
急がば回れ、という言葉が、頭のどこかにあった。誰に教わったのかは、もちろん思い出せない。
思い出せなくても、その教えだけは、いまも自分の中で生きている。
紙を閉じながら、わたしは、ふと考えた。
——この船の造りを、島門で使えたなら。
いや、島門は、もうない。
考えても詮無いことだ。
それでも、頭の中では、竜骨の通った船が、遠賀川の河口を出入りする様が、勝手に浮かんでは消えた。
叶わない絵図だと分かっていても、描かずにはいられなかった。
昼間、阿蓮に言われたことを、もう一度思い返した。
覚えることが、生きる理由になっている。
たぶん、そのとおりだった。だが、それを理由と呼ぶことに、いまはまだ、少し抵抗があった。
理由と呼んでしまえば、覚えることをやめた瞬間、生きる意味そのものが消えてしまう気がする。
それは、危うい生き方だった。
分かっていて、いまはまだ、他のやり方を思いつかなかった。
いつか、覚えること以外にも、寄って立つものを見つけられるだろうか。
分からない。
分からないことは、そのまま置いておく。
そう思ったところで、ふと、可笑しくなった。
——この言い草、さよのものではないか。
「分からんことは、分からんまま置いときます」。あの子は、いつもそう言って笑っていた。「そのうち、どうにかなっとります」とも。
千代は、あの生き方を、ずるいと思っていた。羨ましいのではなく、ずるいと。分からないことを分からないまま抱えて、それでも平気でいられる強さが、自分にはないと思っていた。
いま、同じ言葉を、自分が口にしている。
置いていかざるを得なかっただけだ、と言い訳もできる。言葉も、技も、この土地の理も、何もかもを一度に飲み込むことなど、できるはずがない。分からないものを分からないまま棚上げしなければ、一歩も前に進めない。
それでも——強さの中身が、あの子と同じものになっているのだとしたら。
ずるいと詰った相手に、いつのまにか、いちばん近いところに立っている。
そう思うと、胸の奥が、少しだけ緩んだ。
あの子は、いまごろ、赤間関のどこかの湊で、同じように「そのうち」を口にしているのだろうか。
会って、確かめる術はない。
それでも、遠い異国で、同じ言葉を胸のうちに持っているというだけで、少しだけ、独りではない気がした。
それも、この土地で覚えたやり方の一つだった。
分からないままにしておく強さを、ようやく、自分のものにしはじめている。
それが、いまのわたしにできる、唯一の自由だった。




