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潮を編む――滅んだ小領主の娘、唐土に売られ、海賊の妻となる  作者: ハタ星人


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第三話 堂々とした礼

永享四年(一四三二)十二月 伊予国 怒和島 下怒和


発つ前の晩、弥九郎は、館の板の間に、四人を呼んだ。


松吉、六郎太、三郎次、弥助。鵜の子で荷を分け合っていた頃から、弥九郎の傍らにいた顔ぶれだった。六郎太は、失った片足を投げ出すようにして座り、三郎次は、胡坐のまま、落ち着かぬ様子で膝を揺すっていた。わたしは、少し離れた壁際に控えた。


「明日、砥部へ発つ。供は、三郎次と弥助だ」


弥九郎は、そう切り出した。


「あちらの家中は、人の格に、敏い。供の者が、どこの馬の骨とも知れぬ水夫のなりでは、代官殿を敬う素振りを見せたところで、軽く見られる。俺が頭を下げたと言うても、供の者の立ち居が整うておらねば、礼は礼に見えぬ」


三郎次が、膝を揺するのをやめた。


「そこでだ。今夜から、お前たちを、武士として取り立てる」


誰も、すぐには、声を出さなかった。


「家の名は、与えぬ。名も、変えさせぬ。松吉は松吉、六郎太は六郎太のままでよい。ただ、腰に刀を差すことを許す。この弥九郎の家中の侍衆に、名を連ねよ」


「手前どもは、手下の出にござります」


松吉が、低い声で、そう言った。


「手下の出が、何だ。鵜の子の頃から、俺の傍らで飯を食うてきた者が、今更、何者だというのだ」


弥九郎は、少し、声を強めた。


「それに、松吉は虎王丸の、六郎太は弥太郎の傅役だ。若君を預かる者が、手下上がりの扱いのままでは、若君の格が立たぬ。人に頭を下げさせるのは、まず、こちらの格を整えてからだ」


六郎太が、膝の上の拳を、静かに、握り直した。


「片足のわしでも、刀は、差せますかのう」


「差せる。俺が、許す」


「ならば、有り難く」


六郎太は、それだけ言うと、深く頭を下げた。松吉も、それに倣った。三郎次は、頭を下げながら、小さく「へへ」と笑い、弥助は、黙ったまま、額を床につけた。


「別子の伊佐次と、新居郡の彦次にも、使いを出す。同じに、取り立てる。二人にも、そう伝えよ」


弥九郎がそう言うと、松吉が顔を上げた。


「畏まって、ござります。手前から、伝えまする」


四人が下がったあと、弥九郎は、息をついて、わたしのほうを見た。


「これで、よかったのか」


「殿の、御思案どおりにござります」


わたしは、そう答えた。昨夜、枕元で、わたしが一言だけ添えたことを、弥九郎は、自分の言葉に直して、あの四人に述べていた。格を整えるという筋も、傅役の重みも、すべて弥九郎の口から出たものとして、あの者たちの耳に入った。それでよかった。この者らが頭を下げる先は、弥九郎であって、わたしではない。


刀を差す者の数は、そのまま、この一党の動かせる手の数になる。それは分かっていた。けれど、今夜のことは、数のためだけではなかった。手下として命を張ってきた者たちが、それぞれの持ち場で積み上げてきたものに、ようやく、形が与えられた。その形が、腰の刀の重さで、四人の背筋を、いくらか伸ばしたように見えた。


---


翌朝、弥九郎は、三郎次と弥助を含む供の者数名だけを連れ、砥部へと発った。館の門先まで、わたしは、見送りに出た。


「行ってらっしゃいませ」


「行ってくる」


弥九郎は、そう短く答えると、馬に跨がった。


「殿。くれぐれも」


「分かっておる。堂々と、だろう」


弥九郎は、そう言って、微かに笑った。その笑みに、わたしは、少し、安堵した。


「贈り物は、白磁の器を、幾つか、持たせており申す。清酒も、一樽」


「重畳。あの手のことに、疎い相手ほど、そうした品には、目を、輝かせるものだからな」


「戸田図書という老臣には、決して、深入りなさいませぬよう」


「案ずるな。忘れてはおらぬ」


「能勢新六という若い側近には、それとのう、目を配っていただければ、それで、十分にござります」


「二人とも、しかと、頭に入っておる。心配性だな、お前は」


弥九郎は、そう言うと、少し、からかうような笑みを浮かべた。


「殿の御一人の御振る舞いに、この一党の先々が、掛かっておりますゆえ」


わたしがそう答えると、弥九郎は、微かに、笑った。


「案ずるな。俺は、俺のやり方で、しかと、務めてくる」


弥九郎は、そう言うと、供の者たちを従え、館の門を出ていった。その後ろ姿を、わたしは、しばらく、見送り続けた。この一党の行く末を左右する一歩が、たった一度の挨拶に、託されていた。数えることに慣れたこの頭でも、こればかりは、弥九郎自身の振る舞い一つに、すべてを委ねるほかなかった。


---


弥九郎の留守のあいだ、館の中は、いつもより、いくらか静かだった。夕刻、弥太郎が、縁側に腰かけ、浜のほうを、じっと、眺めていた。


「父上は、いつ、お戻りに」


弥太郎が、そう訊ねた。


「三日ほどで、お戻りになろう」


わたしがそう答えると、弥太郎は、少し、不満そうな顔をした。


「父上は、また、大事な御用にござりますか」


「はい。この一党の、これからを、決める、大事な御用にござります」


「わたくしも、いつか、父上のような、大事な御用を、任されるようになりましょうか」


その問いに、わたしは、静かに、微笑んだ。


「弥太郎には、弥太郎の、役目が、いずれ、見えてまいりましょう。いまは、その素振りを、一つ一つ、確かなものにすることが、御役目にござります」


「はい」


弥太郎は、そう答えると、また、浜のほうへ、目を戻した。その姿を見つめながら、わたしは、この子が、いずれ、担うことになる役目のことを、頭の隅で、静かに、思い巡らせた。弥太郎は、虎王丸のように、表に立つ跡取りではない。だが、この一党には、表に立つ者と同じだけ、裏を支える者が、要る。その裏の役目を、いずれ、この子に、託すことになるのかもしれなかった。


---


翌日、別子から、伊佐次の文が、松吉の手で、届いた。


 弥九郎様御留守の由、承り候。別子の仕事、常のとおり進め候。若き者数名、古参の山師の下にて、しかと育ち候。


簡素な、骨張った字だった。墨の濃さに、書き手の、手の力が、よく、見えた。筆の止めに、迷いがなかった。


「返事は、いかがいたしましょう」


松吉が、そう訊ねた。


「いつもどおり、別子の仕事を、進めてくれればよい。それが、何よりの支えになる、と。取り立ての件は、殿の名で、別に使いが立つ。返事を、急ぐには及ばぬ、とも」


「畏まって、ござります。若い者たちの名は」


「腕の立つ順に、控えておくよう、伝えてくれ」


松吉が、文を携えて、下がっていったあと、わたしは、弥九郎の留守を、それぞれの持ち場で、皆が、支えてくれていることを、あらためて、実感した。


その夜は、なかなか、寝つけなかった。弥九郎の振る舞い一つに、この一党の先行きが、託されている。それは、頭では、分かっていることだった。だが、いざ、独りで、その帰りを待つ夜は、数えることに慣れたこの頭でも、どうにも、落ち着かなかった。窓の外に、幾度も、目をやりながら、わたしは、静かに、夜を、明かした。


---


三日後、弥九郎は、無事に、帰島した。


「首尾は、いかがでござりましたか」


わたしが、そう問うと、弥九郎は、少し、愉快そうな顔をした。


「思うたより、たやすい相手だったな」


「と、申しますと」


「屋敷に着くなり、あの代官殿、飛び出さんばかりの勢いで、出迎えおった。『弥九郎殿ほどの御方に、じきじきに御越しいただけるとは』と、幾度も、繰り返しておったわ」


その様子に、わたしは、静かに、耳を傾けた。


「殿は、どのように、応じられましたか」


「戒能の家名の重みは、この一党も、しかと、心得ておる、とだけ、伝えた。それ以上は、何も言わぬ。ただ、深く、礼を尽くしただけだ」


「それで、十分にござります」


わたしが、そう答えると、弥九郎は、深く頷いた。


「あちらは、それだけで、すっかり、気を良くしておったぞ。何度も、酒を勧めてきおった」


「殿は」


「一杯だけ、いただいた。深追いはせぬ。長居も、せぬ。それだけで、十分だと、お前に、言われておったからな」


その言葉に、わたしは、微かに、笑みがこぼれた。


「よく、お心得くださいました」


「お前の言うとおりにしておけば、まず、間違いはない。それだけのことよ」


「して、あちらの屋敷は、いかがなご様子でござりましたか」


わたしが、そう問うと、弥九郎は、少し、思い返すような顔をした。


「これが、また、ちぐはぐでな。屋敷そのものは、なかなかの造りだったが、家中の者どもの目つきが、どうにも、冷ややかだった」


「冷ややかとは」


「あの代官殿を、内心、侮っておる目つきよ。表向きは、皆、しかと、頭を下げるが、目の奥までは、隠しきれておらぬ」


その言葉に、わたしは、静かに、頷いた。既に、聞き及んでいたことと、寸分違わなかった。


「一人、目つきの鋭い、年配の男がおったな。あれが、戸田とかいう老臣か」


弥九郎が、そう続けた。


「はい。あの男には、深入りなさらなんだのですね」


「一言、二言、当たり障りのない挨拶を、交わしただけだ。目が合うたが、こちらは、殊更に、気に留めなんだ」


「それで、ようござります」


「もう一人、若い男が、こちらを、じっと、見ておったな。歳の頃は、あの代官殿と、そう変わらぬようだった」


「それが、能勢新六にござりましょう」


わたしがそう言うと、弥九郎は、思い当たったように、頷いた。


「ああ、先に、お前が申しておった男か。能勢新六、であったな」


「はい。お目には、いかがに映りましたか」


「他の古参どもとは、顔つきが違うた。こちらを、値踏みする目だ。お前の申すとおり、使い道は、出てこよう」


その言葉に、わたしは、静かに、頷いた。


「殿の御供の者たちは」


「儂の言いつけどおり、誰一人、顔色一つ、変えなんだ。三郎次など、腰の刀が重いのか、歩き方までぎこちなかったがな。あちらの家中の者が、どれほど、あの代官殿を、軽んじる素振りを見せようとも、こちらは、皆、しかと、あの御方を、敬う態度で、押し通した」


「それは、何よりにござります」


「あの代官殿、その様子を、しかと、見ておったようでな。帰り際、儂の手を、両手で、握ってきおった。『他家の者に、かように、真っ当に扱われたのは、久方ぶりのこと』と、目に、涙まで、浮かべておったわ」


その様子を思い浮かべ、わたしは、静かに、頷いた。誰からも侮られ続けてきた者にとって、この一党の、外形だけでも整えた礼は、何よりの薬になったのだろう。人の心の隙間を埋めるのに、必ずしも、真心が要るわけではない。ただ、正しい形を、確かに、示せばよい。それだけのことだった。


弥九郎は、そう言うと、少し、酒の残りを覗き込むような顔をした。


「一つ、面白いことがあった」


「何にござりますか」


「暇の折、あの代官殿が、儂に、こう言うたのだ。『今後は、弥七を通じて、よしなに、お付き合いいただければ』と」


その言葉に、わたしは、深く、頷いた。


「そう言うてもらえれば、こちらの、望みどおりにござります」


「あの弥七とやらは、随分と、あちらに、気に入られておるようだったな」


弥九郎が、そう続けた。


「はい。あの男の、地道な働きの、成果にござります」


「して、この先は、どう進める」


弥九郎が、そう訊ねた。


「しばらくは、このまま、様子を、見まする。急に、こちらから、何かを、持ちかければ、かえって、あちらに、勘繰られましょう。あの御方御自身が、この一党を、頼りにするようになる。その積み重ねこそが、何よりの布石にござります」


「気の長い話だな」


「代官から、守護代へ。一足飛びには、まいりませぬ。まずは、あの御方の、日々の暮らし向きに、少しずつ、こちらの手を、差し伸べてまいりましょう」


わたしがそう言うと、弥九郎は、深く頷いた。


「陶石の道も、いずれ、確かなものになろうな」


「はい。あの御方の信が、厚くなればなるほど、こちらの入り込む隙も、広がりましょう」


---


その夜更け、庭の隅で、弥七が、静かに、姿を見せた。


「弥七、参りました」


「代官殿の、あの日の御様子は、いかがであった」


わたしが、そう訊ねると、弥七は、深く頭を下げた。


「弥九郎様が、お帰りになったあと、あの御方、しばらく、興奮が冷めやらぬ御様子にて。手前を呼びつけ、幾度も、『あの御方の、あの物腰、見たか』と、繰り返しておられました」


「戸田は、どうであった」


「戸田図書は、終始、苦い顔をしており申した。ですが、弥九郎様の御供の者どもが、誰一人、隙を見せなんだゆえ、突っかかる糸口も、見出せなんだようで」


「能勢は」


「あの男は、弥九郎様の物腰を、じっと、観察しておったようにて。あとで、手前に、それとのう、『あの一党は、いかなる出自か』と、訊ねてまいり申した」


その報告に、わたしは、静かに、頷いた。


「なんと、答えた」


「『瀬戸内で名の知れた、水軍の一党にて。戒能様の御家名を、しかと、重んじておられる』とだけ、申しておき申した」


「よい応じ方だ」


わたしがそう言うと、弥七は、微かに、頭を下げた。


「あの御方、帰り際、儂に、『今後は、弥七を通じて、よしなに』と、仰せになったそうだが」


「はい。手前も、その場に、控えており申した。あの御言葉が出たとき、戸田図書の顔が、一瞬、強張ったのを、しかと、見て取り申した」


「戸田は、これで、代官殿と弥九郎方の縁が、正式なものになったと、悟ったのだろうな」


「さようかと。ですが、いまの戸田には、それを、押し留める力は、ござりませぬ。あの御方御自身が、御決めになったことにて」


弥七のその言葉に、わたしは、深く、頷いた。


「陶石の道は、変わらず、続いておるな」


「はい。あちらの代官殿は、その手の細かい商いには、そもそも、目が届いており申さぬ。この一件で、あの御方の、こちらへの信が、いよいよ、厚うなったいまなら、いずれ、その道も、もう少し、確かなものに、できましょう」


「あちらの家中、他の者どもの様子は、いかがであった」


わたしが、そう続けて訊ねると、弥七は、少し、考えるような顔をした。


「若い者どもの多くは、正直、驚いておったようにて。『あの代官様に、これほどの御方が、じきじきに、頭を下げに来られるとは』と、口々に、そう囁き合うており申した」


「驚き、というより、見直した、ということか」


「さようにござります。戸田図書のような、古参の一部を除けば、家中の空気そのものが、いくらか、変わってまいったように、見受けられ申す」


その報告に、わたしは、静かに、頷いた。


「よい兆しだ。空気が変われば、いずれ、人も、動く」


「はい。手前も、そのつもりで、しばらく、あちらの様子を、じっくりと、見てまいりまする」


「頼む。急がずともよい」


弥七は、そう言い残すと、来たときと同じように、音もなく、闇の中へ、姿を消した。


---


翌朝、綾の部屋を訪ねると、乳母に抱かれた娘が、すやすやと眠っていた。


「殿の、御首尾は」


綾が、そう訊ねた。


「上々にござります。代官殿の心を、しかと、掴んで、お戻りになりました」


「それは、重畳にござります。御留守のあいだ、弥太郎が、少し、寂しそうにしておられましたが」


「はい。父上は、大事な御用があると、しかと、申し聞かせておきました」


わたしがそう答えると、綾は、静かに、微笑んだ。


「あの子も、いずれ、父上の御用の、重さを、分かるようになりましょう」


「はい。それまでは、いまのまま、素振りを、一つ一つ、積み重ねてもらえれば、それでよいのです」


「虎王丸も、弥太郎の素振りを、よう、真似ておりまする。二人で、競い合うように、励んでおるようで」


綾が、そう続けると、わたしは、微かに、笑った。


「良き競い合いにござります。互いに、切磋琢磨できる相手が、幼き頃から、傍らにおる。それだけでも、恵まれたことにござりましょう」


綾が、そう言うと、弥九郎が、部屋の入り口に、姿を見せた。


「綾。娘の名だが」


弥九郎が、そう切り出した。


「実は、決めた。『梅』は、どうかと、思うておる」


「梅……」


綾が、そう繰り返すと、弥九郎は、少し、照れたような顔をした。


「この寒い時季に、真っ先に、花をつける木だそうだな。戦のことばかり、考え続けておったこの数年、ふと、そういう、忍耐強い名を、この子には、付けてやりたくなってな」


その言葉に、わたしは、静かに、微笑んだ。


「よい名にござります。梅のように、寒さに負けず、確かに、咲いてくれましょう」


「決まりだな」


弥九郎は、そう言うと、深く頷いた。この一党の先行きを賭けた策の合間にも、こうして、家族の柔らかな時を、忘れずにいる。その姿に、わたしは、あらためて、心強さを覚えた。


「これで、次の一手に、進めまするな」


わたしが、そう言うと、弥九郎は、少し、意外そうな顔をした。


「次の一手とは」


「代官という、いまの立場から、正式な守護代の座へ。まだ、少し、先の話にはなりましょうが、種は、既に、確かに、芽吹いており申す」


その言葉に、弥九郎は、しばらく、黙っていたが、やがて、深く頷いた。


「お前が、そう言うのなら、そうなるのだろうな」


「はい」


わたしは、そう短く答えた。数えることに慣れたこの頭は、この一つの成果の裏に、まだ、幾つもの手間と、幾月もの月日が、これから、要ることを、既に、見通していた。だが、種を蒔いた分だけ、いずれ、確かな実りが、返ってくる。それは、これまで、この一党が、幾度も、繰り返してきた道理だった。


その夜、床に就く前に、わたしは、帳を広げた。


砥部の代官、弥九郎の挨拶を経て、弥七を正式な取次ぎ役として認める。戸田図書、なお侮りを残すも、手出しの糸口なし。能勢新六、いずれ、使い道あり。娘の名、梅と定まる。


書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。まだ、この計略の、ほんの入り口に、過ぎなかった。代官を、いかにして、守護代の座に、押し上げるか。通春様の腰を、いかに、定めていただくか。数えることに慣れたこの頭でも、まだ、答えの出ぬ問いが、幾つも、残っていた。


だが、一つ一つの糸が、確かに、前へと、進んでいる。それだけで、いまは、十分だった。四月かけて誼を結び、一度の挨拶で、代官の心を、しかと、掴んだ。急がず、腰を据えて、事を進める。それが、この一党の、変わらぬやり方だった。焦って糸を手繰れば、いずれ、どこかで、結び目がほどける。この島に来て、これまで、幾度も、そう学んできた。


弥太郎の寝息が、隣の間から、静かに、聞こえてきた。梅と名付けられたばかりの娘の、小さな寝息も、それに重なっていた。この子たちが、大人になる頃、この一党は、いったい、どれほどの広さを、その手に、収めているのだろうか。答えの出ぬ問いを、わたしは、そっと、帳の隅に、置いた。


窓の外では、十二月の冷たい風が、庭先の木々を、静かに揺らしていた。この島の、確かな営みが、今日もまた、変わらず、続いていた。灯を吹き消すと、遠くで、波の音が、いつまでも、静かに、響いていた。


弥九郎の帰りを待った、あの一晩の落ち着かなさを、わたしは、まだ、身の内に、いくらか、残していた。数えることに慣れたこの頭でも、こればかりは、勘定では、埋め合わせのつかぬものだった。だが、それもまた、この一党を、共に支える者として、当然、負うべき重みなのかもしれなかった。次の一手へ向けて、あらためて、気を、引き締め直す夜だった。

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