第三話 筆
応永二十二年(一四一五)七月 福建 泉州
灰の上の字が、三十を超えたころだった。
福建の夏は、島門の夏とは違う暑さだった。じっとしていても汗が滲む。台所は竈の熱がこもって、なおさら息苦しい。それでも、そこがわたしの居場所だった。誰も見ていない隅で、灰を均し、指で字をなぞる。それだけの時間が、一日のうちでいちばん自分に近い時間だった。
しゃがんで、覚えた形をなぞっていると、影が差した。
阿蓮だった。
「まだ、それをやっているのか」
「はい」
阿蓮は、しばらくわたしの指の跡を見ていた。
灰の上に、いくつもの形が並んでいる。崩れかけたものも、書き直した跡も、そのままにしてある。消しては書き、書いては消す。跡が幾重にも重なって、灰そのものが少し黒ずんでいた。
「読めるようになったか」
「少しは」
「言ってみろ」
わたしは、竈の脇に置かれた木箱を指した。
そこに書かれた字を、指でなぞりながら読んだ。
「米」
「それだけか」
「水も。塩も。あとは、まだ」
阿蓮は、少し黙っていた。
灰を見て、それから、わたしの指先を見た。指の腹が、灰でざらついて、少し荒れている。
「毎日、これをやっているのか」
「毎日にござります」
「馬鹿だな」
そう言われて、わたしは黙った。
馬鹿だと言われたことに、驚きはなかった。前の生でも、この生でも、似たようなことは言われ慣れている。父には「恐ろしいことを言う」と言われ、叔父には「面白い」と言われ、水手には「小賢しい」と言われた。馬鹿だと言われたのは、初めてかもしれない。
でも、阿蓮の声には、蔑む調子がなかった。
むしろ、少し呆れたような、それでいて感心したような響きだった。
「灰で覚えた字は、灰と一緒に消える。次の日には、また同じところからやり直しだ」
「はい」
「それでも、続けるのか」
「ほかに、道具がありませぬので」
阿蓮は、そこで懐から何かを取り出した。
筆だった。細くて、使い古された筆。それと、小さな硯と、小さな墨の欠片。
「陳様の書斎から借りてきた」
「……よろしいのですか」
「返せば分からない」
そう言って、阿蓮はそれをわたしに押しつけた。
「灰より、こっちのほうが早い」
わたしは、それを両手で受け取った。
軸の先が、少しすり減っている。誰かが長く使ってきた筆だ。持ち手のところに、指の形の窪みができている。
「なぜ、ここまでしてくださるのですか」
阿蓮は、少し黙った。
視線を、少し逸らした。
「借りは、多いほうが後で高く売れる」
そう言って、行ってしまった。
冗談なのか、本当にそう思っているのか、わたしには判じかねた。
ただ、行ってしまう背中を見ながら、この人はいつも、優しいことをしたあとで、それを何でもないことのように言う人なのだと思った。
手の中の筆を、わたしはしばらく見つめていた。
軽い。灰よりも、板よりも、ずっと軽い。それなのに、この一本が、これから覚える字の数を、大きく変えてくれるはずだった。
道具が変われば、進み方も変わる。
前の生でも、そういう瞬間があった気がする。何もない場所で、誰かが差し出してくれた道具ひとつで、できることが一気に広がった、あの感覚が。
顔も名も思い出せないその誰かに、いま少しだけ、感謝の気持ちが向いた。
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紙は高くて使えなかった。かわりに、台所の裏にある古い板を借りた。墨で書いて、乾いたら水で拭う。何度でも書き直せる。
灰よりも、線がはっきり見えた。
はっきり見えると、覚えるのも早くなった。
その日から、毎晩、板に字を書いた。書いては拭い、拭っては書いた。
指先に、墨の匂いが染みついていった。
墨の匂いを嗅ぐと、なぜか少しだけ、島門の墨の匂いを思い出した。硯の水が薄くて、線がかすれた、あの冬の夜のことを。
匂いは似ていない。にもかかわらず、頭の奥のどこかで、二つの匂いが結びついている。
不思議なものだと思った。
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同月 半ば
夜、誰もいない板間で、わたしはふと、覚えたばかりの字を並べて、こう書いてみたことがある。
麻生家繁。
父の名だ。
明の字とはいえ、漢字は日本のものと重なるところが多い。書き順は違っても、形はそう変わらない。
書いてみて、しばらくそれを見ていた。
父上は、この字を、読めるだろうか。
読めるはずがない。父はもう、この世にいない。
分かっていて、なぜ書いたのか、自分でも分からなかった。
もう一度、隣に書いた。
麻生家村。
兄の名だ。
二つの名前を、板の上に並べて、しばらく見ていた。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。喉の奥が、急に狭くなった気がした。
——泣く順番は、まだ来ていない。
そう思おうとした。
でも、目の縁が熱くなって、それを止めることができなかった。
涙が、一粒、板の上に落ちた。墨の線が、そこだけ滲んだ。
滲んだ字を、わたしは指でそっと拭った。
拭いても、父と兄のことを拭い去ることはできない。
しばらく、そこに座ったまま、動けなかった。
やがて、板を水で洗い流した。
二つの名前は、水の中に溶けて消えた。
消えたけれど、忘れたわけではない。
また、書けばいい。
そう思って、わたしは筆を置いた。
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同じ年頃の下女が、一人いた。
名は、まだ知らない。台所の仕事でよく一緒になる娘で、いつもよく笑う。
その娘が、ある日、わたしの手元を覗き込んで、何か言った。
字を指して、笑いながら言っていた。
心臓が、いやな具合に鳴った。
嗤われている。
そう思った。字も知らない異国の女が、必死に真似事をしているのを、面白がられているのだと。
耳の先が、かっと熱くなった。
板を、胸に抱えて隠した。
娘は、少し驚いた顔をして、それから肩をすくめて離れていった。
その後ろ姿を見ながら、わたしは板を抱えたまま、しばらく動けなかった。
嗤われたのだろうか。
分からない。
分からないまま、その日は誰とも口を利かなかった。
夜、板間でひとりになってから、昼間のことを思い返した。
娘の顔つきを、何度も思い出そうとした。
嗤う顔だっただろうか。それとも——
思い出そうとしても、記憶の中の顔は、もう都合よく歪んでいるような気がした。
自分がそう思いたいように、思い出しているだけかもしれない。
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数日経って、その娘が、自分の書いた字を持ってきたことがあった。
拙い字だった。わたしのものより、よほど崩れている。曲がった線、大きさの揃わない字。
娘は、それをわたしに見せて、また何か言った。今度は、身振りが分かった。
自分の胸を指し、それから板を指し、それから、わたしの胸を指した。
一緒に、書く。
そういう仕草だった。
あの日、笑いながら指したのは、嗤っていたのではなかったのかもしれない。
面白がっていたのは確かだろう。だが、それは馬鹿にする面白さではなく、字を書こうとする異国の女を、珍しがっただけだったのかもしれない。
また、間違えた。
前の生でも、この生でも、いつもそうだ。人の顔つきを、正しく読めたためしがない。数なら、狂いも意味も見抜けるのに。
わたしは、板を差し出した。
娘は、隣にしゃがんで、一緒に字をなぞりはじめた。
指が触れそうなほど近くで、二人して同じ字を書く。娘の字は崩れていて、わたしの字はまだ硬い。それでも、並べて書くと、少し楽しかった。
言葉は、まだほとんど通じない。
それでも、隣に人がいるということが、久しぶりだった。
島門にいたころ、さよが隣にいた。潮を数えるわたしを、笑ってやり過ごしていたあの子が。
似ている。
似ているけれど、同じではない。
さよの代わりにはならない。誰の代わりにもならない。
それでも、隣に誰かがいる夜は、少しだけ、眠りやすかった。
その後も、二人で板に向かう夜は、時折続いた。
娘は、日ごとに、少しずつ違う字を持ってきた。市で見かけたものもあれば、他の下女に教わったものもあるらしい。字を集めることが、いつのまにか、二人だけの遊びのようになっていた。
言葉が通じなくても、隣り合って同じことをするだけで、通うものがあるのだと、この歳になって初めて知った。
前の生でも、この生でも、わたしはいつも、誰かに何かを教える側にいた。潮の読み方を、帳の付け方を、井戸の掘り方を。教える側であることに、慣れすぎていたのかもしれない。
教わる側に回ってみて、初めて気づくことがあった。
教わるというのは、ただ知識を受け取ることではない。誰かが、自分のために時を割いてくれているという、その事実そのものが、身に沁みるのだ。
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同月 末
年配の下女——桶を叩かれてから避けてきた、あの人だ——が、ある朝、台所の隅にしゃがみ込んで、腰をさすっていた。
顔をしかめている。痛そうだった。
何を言われているのか分からず、わたしは立ち尽くした。
前なら、目を伏せて通り過ぎていただろう。この人が升のことで叩いたのではなく、火傷から遠ざけようとしただけだと知る前なら、また「機嫌が悪い」とでも思って、離れていたはずだ。
でも、今度は違った。
わたしは、板を持ってきた。
手が、少し震えていた。伝わらなかったら、また目をそらされる。そう思うと、指先が冷えた。
墨で、覚えたばかりの字を並べた。「痛」という字は、まだ書けなかったので、腰を押さえる仕草を絵のように描いた。それから、「薬」という字——これは市の看板で覚えていた——を、隣に書いた。
板を、下女に差し出した。
下女は、板を見て、それから、わたしの顔を見た。
しばらく黙っていた。
それから、笑った。
初めて見る笑い方だった。
下女は、何か言いながら、うんうんと頷いた。腰をさすりながら、台所の奥から乾いた草の束を持ってきて、わたしに見せた。それを煎じて飲むのだ、と分かった。
言葉ではなかった。
字と、絵と、身振りだった。
それでも、通じた。
胸の底から、何かがこみ上げてきた。悲しいときとは違う、もっと軽い、浮き上がるような感じだった。
下女は、その日から、わたしに時折、明の言葉を一つずつ教えてくれるようになった。板に字を書いて、それを指しながら、口の形をゆっくり作ってみせる。
覚えの悪いわたしを、辛抱強く待ってくれた。
お返しに、わたしは日本の言葉を一つ、教えてみたことがある。
「ありがとう」
そう言って、板に、覚えたての明の字と並べて、日本の仮名を書いた。
下女は、その音を真似ようとして、うまく舌が回らず、おかしな響きになった。それがおかしくて、二人で笑った。
言葉を教え合うというのは、こういうことかと思った。
一方的に教わるだけでは、いつまでも、恵んでもらっている側のままだ。
こちらからも渡せるものがあると分かって、少しだけ、肩の力が抜けた。
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九月
その夜、板間で、わたしは筆を握ったまま、しばらく動けなかった。
胸の奥が、じんと温かかった。悲しいときの熱さとは、少し違う熱さだった。
——通じた。
日本では、話せた。だが、聞かれなかった。三年かけて数を作っても、最後は「わしにはどうにもならぬ」で終わった。
ここでは、話せない。声を出しても、誰にも届かない。
なのに、いま、字と絵だけで、あの下女に何かが伝わった。同じ年頃の娘とも、一緒に字を書けるようになった。
道具が変わっただけで、届き方が変わる。
そのことに、いま初めて気づいた気がした。
前の生でも、同じことがあった気がする。言葉の通じない村で、図に描いて見せたら、初めて頷いてもらえたことが。
顔は思い出せない。誰だったかも、やっぱり出てこない。
それでも、手つきだけは、ちゃんと覚えている。
窓の外で、また誰かが歌っていた。
前に聞いたのと、同じ節だった。意味は、まだ分からない。
でも、字を覚えれば、いつか歌の意味も分かるようになるだろうか。
そう思いながら、わたしは筆を布で拭った。
灰の上の字は、消えて終わる。板の上の字も、水で流せば消える。
それでも、消えた字の分だけ、頭の中には残っていく。
指を折って数えてみた。米、水、塩、薬——それに、この三月で拾い集めた字を、頭の中で数え上げる。
百には、まだ遠い。
それでも、七月に灰へ初めて字を書いたころに比べれば、見える世界が違ってきていた。市の看板の半分近くが、意味を持って目に入るようになった。台所で交わされる言葉の切れ端が、時折、意味の塊として耳に残るようになった。
——覚えたものは、消えない。
物も、家も、人も、一度失えば戻らない。
でも、覚えたものだけは、身ひとつでどこへでも運べる。
それだけが、この身に残った財だった。
明日も、書く。
書けば、また何かが届くかもしれない。
その先に何が待っているのかは、まだ分からなかった。
ただ、板の上の字を見ていると、指の震えが、いつのまにか止まっていた。




