第二話 泉州
応永二十二年(一四一五)四月末 福建 泉州
船を降りてから、わたしは口を利けなくなった。
正しくは、利けるのに通じない。舌は動く。喉も動く。だが、出てくる音を、誰も拾ってくれない。
泉州の湊は、博多よりも大きかった。石の道はさらに広く、荷を積んだ牛車が幾台も行き交っている。人の数が、島門の湊の何十倍もいた。
そのすべてが、わたしの知らない言葉で話していた。
耳の中に、音だけが流れ込んでくる。意味を結ばない音は、水音や風音と変わらない。ただ、水音や風音と違って、それは人の口から出ていて、時々こちらを見ながら発せられる。
見られるたびに、心臓が跳ねた。
何を言われているのか、分からないからだ。
歩きながら、わたしは何度も、耳をそばだてた。
聞き取れるはずのない言葉の中に、何か手がかりがないかと探した。人の口の動き、抑揚の上がり下がり、同じ音の繰り返し。前の生で、そうやって知らない言葉を掴んだ覚えがある。
だが、いまは、それすら難しかった。
歩かされるだけで、精一杯だった。膝が笑い、足の裏が石畳の硬さに悲鳴を上げていた。船の上で十九日、まともに歩いていない体は、地に足をつけるだけで、頼りなく揺れた。
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同日
市を、荷役の男たちに連れられて歩いた。
売られた先は、陳文興の家だと聞かされた。聞かされた、というのも正確ではない。阿蓮が「陳様の家に決まった」と教えてくれたから、分かっただけだ。
わたし自身は、誰の言葉も聞き取れない。
市には、見たことのないものが並んでいた。焼き物。反物。見慣れない実。それを、明の言葉で値を付け合っている。
その音の連なりが、ただの音にしか聞こえなかった。
——読めない。
そう気づいたとき、指の先が冷えた。
字も、たぶん読めない。看板に何か書いてあるが、漢字らしき形はあっても、意味が繋がらない。この国の言葉の並べ方を、わたしはまるで知らない。
前の生でも、この生でも、わたしは数と字で世を渡ってきた。升の狂いも、帳の欠けも、潮の高さも、字にして初めて誰かに届いた。
その道具が、いま両方ない。
両手の中身を、ごっそり抜き取られたような気がした。
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陳家の屋敷は、市の奥まったところにあった。
白壁に、瓦の重なった屋根。日本の屋敷とはまるで違う造りで、中庭に水を張った鉢が置いてあった。魚が泳いでいる。
わたしは、下女の一人に連れられて、屋敷の裏手にある小さな部屋へ通された。
そこで、何かを言われた。
分からなかった。
黙っていると、もう一度言われた。今度は、少し語気が強かった。
分からない、ということを、どう伝えればいいのか。
わたしは、首を振った。
下女は、わたしをしばらく見て、それから溜息をついた。溜息の意味は、万国共通らしい。呆れられている、というのは分かった。
その日は、水を運ぶ仕事をさせられた。桶を持って、井戸から台所まで往復する。命じられたことの半分も分からなかったが、他の下女がやっていることを見て、真似た。
桶は重かった。両手で提げても、歩くたびに水がこぼれる。三年前、島門の湊で軽々と桶を運んでいた漁師の女たちのことを思い出した。あの人たちは、こうして何年もかけて、体でこつを覚えたのだろう。
こつを知らないわたしは、井戸と台所を何十往復もして、腕を痛めた。
翌朝、腕が上がらなくなった。
それでも、休むわけにはいかなかった。休めば、何を命じられているかも分からない身では、なおのこと厄介者になる。
歯を食いしばって、桶を提げた。
夜、板間に敷かれた筵の上で、わたしは天井を見ていた。
日本の屋根とは、梁の組み方が違う。見慣れない木組みを見ていると、自分がどれほど遠くへ来たのかが、改めて分かった。
腕の痛みが、じくじくと疼いた。痛みのぶんだけ、目が冴えて、なかなか眠れなかった。
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五月
十日経っても、言葉は分からなかった。
朝、起こされる。何をしろと言われているのかは、身振りと、周りの真似で覚えるしかない。
水を汲む。薪を割る。台所の隅で野菜を洗う。
野菜の名前も、道具の名前も、何一つ言葉で分からない。ただ、手が覚える。
——手は、覚える。
前の生でも、そうだった。言葉の通じない村で、道具の使い方だけは、見て真似れば伝わった。鍬の入れ方、水路の作り方、種の蒔き方。言葉より先に、手が理屈を掴んだ。
同じことが、ここでも起きていた。
薪の割り方。井戸の縄の締め方。竈の火加減。
数日で、それらは体に入った。
だが、数と字は、そうはいかなかった。
台所で、米の量を計る道具を見た。見慣れない升だった。目盛りの刻み方が、島門のものと違う。
これは、何合入るのだろう。
考えても、答えが出なかった。訊く言葉がなかった。
わたしは、その升を手に取って、しばらく眺めた。
眺めていると、年配の下女に、いきなり手首を叩かれた。
痛みより先に、驚きが来た。腕を引っ込めて、後ずさった。
年配の下女は、何か強い調子で言った。手を止めるな、というような意味らしかった。目つきが険しい。
嫌われている。
そう思った。
この人は、わたしのことが気に入らないのだ。だから、些細なことで叩く。
その日から、わたしはその下女を避けた。近づかず、目も合わせず、言われたことだけを最短でこなした。
避けると決めてから、台所で働くのが、少し楽になった気がした。
嫌われているなら、こちらから近づかなければいい。近づかなければ、また叩かれることもない。
そう思って、自分を納得させていた。
だが、夜になると、時折、あの下女が何か言おうとして、こちらを見ていたことを思い出した。何を言おうとしていたのか、いまとなっては分からない。
分からないまま、日々は過ぎていった。
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同月 半ば
阿蓮が、久しぶりに姿を見せた。
陳文興の使いで、外を回っていたらしい。
「元気か」
日本語だった。
その一言だけで、わたしは泣きそうになった。
自分でも驚いた。父が死んだときも、湊が焼けたときも、泣かなかった。それなのに、たった一言、通じる言葉を聞いただけで、目の奥が熱くなった。
「阿蓮」
「言葉は、覚えたか」
わたしは、首を振った。
阿蓮は、少し眉を寄せた。
「一月経つのに、何も」
「教えてくれる者が、おりませぬ」
「下女たちに訊けばいい」
「訊く言葉が、ござりませぬ」
阿蓮は、そこで黙った。
それから、こう言った。
「陳様が、あんたのことを訊いていた」
「わたくしのことを」
「船で水を割った女はどうしている、と」
心臓が、少し速くなった。
「……何と、お答えに」
「台所で桶を運んでいる、と答えた」
「……」
「陳様は、それだけかと仰った」
わたしは、俯いた。
それだけだ。
数を組む頭も、字を書く手も、この屋敷では何の役にも立っていない。桶を運ぶだけなら、誰でもできる。
船の上では、確かに何かが通じた気がしていた。水手たちが椀を受け取り、阿蓮が「面白い」と言ってくれた。あの十九日間は、久しぶりに、自分が自分として扱われている感触があった。
それが、陸に上がった途端、また消えた。
陸の上では、わたしはただの、言葉の分からない下働きの女だった。
分かっていたことだ。
分かっていても、いざその通りになると、こたえた。
「阿蓮」
「なんだ」
「言葉を、教えてはくださいませぬか」
阿蓮は、しばらくわたしを見ていた。
「俺は忙しい」
「……」
「陳様の使いで、飛び回っている。教える暇は、そうそうない」
わたしは、頷いた。
分かっていた。この人は、水の割りのときに一度助けてくれた。それだけで、十分すぎるほどのことだ。
これ以上を望むのは、図々しい。
阿蓮は、去り際に、こう言った。
「文字は、覚えろ」
「……」
「言葉は耳で覚える。だが、耳で覚えるには時がかかる。あんたは、字は書けるんだろう」
「日本の字は」
「明の字は、日本の字と、根が同じところがある。見て、真似て、覚えろ」
そう言って、行ってしまった。
わたしは、去っていく背中を見送りながら、いま言われたことを、頭の中で繰り返した。
見て、真似て、覚えろ。
前の生でも、そうやって物を覚えた。誰かが手取り足取り教えてくれることは、多くなかった。見て、真似て、間違えて、また見る。それを繰り返すうちに、いつか手が覚える。
阿蓮の言葉は、突き放しているようで、実は、いちばん確かな道を示してくれていた。
その日から、わたしは市へ出る用事があるたびに、看板の字を一つでも多く目に焼き付けるようになった。買い物を頼まれれば、店の名を読もうとした。読めなくても、形だけは覚えて帰った。
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六月
わたしは、竈の灰で字を書きはじめた。
台所の隅、誰も見ていないところで、見かけた文字を指でなぞった。看板の字、荷札の字、器に彫られた字。
意味は分からない。
分からないが、形を覚えることはできる。
一つ覚えると、次の日、その字がどこかにまた出てくることに気づいた。
出てくるたびに、同じ形だと分かる。
同じ形は、同じ意味のはずだ。
前の生で、そういう考え方をしたことがある。知らない言葉の中に放り込まれたとき、まず形の繰り返しを探した。繰り返す形には、たいてい意味がある。
灰の上に、覚えた形を並べていった。
三月あれば三十、覚えられるだろうか。
三十では、足りない。
でも、三十は、ゼロより多い。
覚えた字を、毎晩、指折り数えるのが習わしになった。
一つ、二つ、三つ——数える指の感触が、心を落ち着かせた。数えるものがあるというのは、それだけで、頼れる杖のようなものだった。
言葉も分からず、頼れる人もいない土地で、唯一、確かに増えていくものが、この字の数だった。
減ることのない、自分だけの財産だった。
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ある朝、台所の入口で、あの年配の下女に呼び止められた。
また叩かれるのだろうか、と身構えた。
下女は、何かを差し出した。
椀だった。粥が、少し多めに盛ってある。
わたしは、動けなかった。
意味が、掴めなかった。
下女は、椀をこちらへ押しつけるようにして、また何か言った。今度は、険しい声ではなかった。
わたしは、恐る恐る受け取った。
その日の夕方、阿蓮がまた顔を出したので、訊いてみた。
「この人は、わたくしを、嫌うておられるのでしょうか」
阿蓮は、下女の顔を見て、それから笑った。
「あんた、何か勘違いしているな」
「……」
「この人は、あんたが升を見ていたとき、手を止めたのを叱ったんだろう」
「叩かれました」
「叩いたのは、次に竈の火が来るからだ。升を持ったまま突っ立っていたら、火傷をする場所にいた」
わたしは、口を開いたまま、動けなくなった。
——違った。
嫌われていたのではない。危ないから、叩いて動かしたのだ。
言葉が分からないまま、わたしはそれを「嫌悪」だと決めつけて、三月近く、この人を避けてきた。
思い返せば、初めのうちも、この下女はわたしに手を貸そうとしていた。桶の持ち方を、身振りで示してくれたことがあった。あのとき、わたしは「見張られている」と思って、目を伏せた。
米の研ぎ方を、隣に来て見せてくれたこともあった。あのときも、わたしは何を言われているのか分からず、ただ頷いて、それきり距離を取った。
親切にされるたびに、それを警戒だと読み違えていたのかもしれない。
言葉が分からないと、相手の顔つきや仕草から、意味を汲み取るしかない。
汲み取るには、汲み取る側にも技がいる。
わたしには、その技がなかった。
数と字なら、狂いも意味も見抜ける。人の顔つきだけは、どうしても読み違える。
島門にいたころも、そうだった。与三次の手が震えていたことも、兄が三日座り込んでいたことも、父が同じところを何度も見ていたことも、後になってから気づいた。
いつも、後になってからだ。
言葉が通じないこの国に来て、それがいっそう際立っただけのことかもしれない。
「この人には、子がおらん」
阿蓮が続けた。
「若い娘が屋敷に来ると、なんとなく世話を焼く。無口なだけだ」
わたしは、椀を持ったまま、下女のほうを見た。
下女は、こちらを気にする様子もなく、竈の前で忙しく手を動かしていた。
数えることばかりしていた。
字の形。飲む水の量。船の日数。
人の顔つきの意味は、一度も数えようとしなかった。
数えられないものだと、最初から諦めていたのかもしれない。
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同月 末
夜、板間で、わたしは灰の上に覚えた字を並べていた。
十七、覚えていた。
多くはない。それでも、市の看板の一部が、少しずつ読めるようになってきていた。
米。
その字は、早いうちに覚えた。台所で毎日目にするからだ。
水。
これも覚えた。
一つ一つは、ばらばらの点でしかない。それでも、点が増えれば、いつか線になる。
前の生でも、この生でも、わたしはそうやって物事を掴んできた。数を並べて、狂いを見つける。字を並べて、意味を掴む。
やり方は、変わらない。
変わったのは、周りの言葉だけだ。
灰の上の字を、指でなぞりながら、わたしは思った。
——三年で、家を失った。
今度は、何年かかるだろう。
分からなかった。
分からないが、灰の上の字は、消えても、また書ける。
明日も、書く。
その夜、遠くで、誰かが低い声で歌っているのが聞こえた。
明の言葉だった。意味は分からない。
それでも、節の上がり下がりには、悲しいような、懐かしいような響きがあった。
歌というものは、言葉が分からなくても、何かが伝わるらしい。
数字も、そうだったらいい。
そう思いながら、わたしは目を閉じた。
瞼の裏に、島門の景色が浮かんだ。石段の三段目。干潟の杭。潮の匂い。
もう三月も見ていない景色なのに、目を閉じれば、まだそこにいるかのように鮮やかだった。
いつまで、こんなに鮮やかでいてくれるだろう。
その問いに、まだ答える術はなかった。
板間の隅で、その夜、ようやく少しだけ眠れた。




