第三十二話 早馬、また
永享三年(一四三一)十二月 筑前国 大内方陣中
戦線が、膠着したまま、年の瀬が近づいていた。そんな折、これまでとは、まるで違う重さを持つ報せが、早馬で届いた。
「大内盛見様、討死」
その一報に、館の中が、しんと静まり返った。
「討死、とは」
わたしが、そう訊ねると、使いは、震える声で、続けた。
「筑前・秋月にて、少弐満貞、大友持直の連合軍に、不意を衝かれ、御討死されたとの由」
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その報せに、わたしは、しばらく、動けなかった。この報せは、遠い西国の、他人事の話ではなかった。既に、当事者として、この戦の中にいる弥九郎方にとって、自分たちの立ち位置そのものを、根底から、揺るがす報せだった。
「陣中の様子は」
「大変な混乱にて。大内方の諸将も、動揺を、隠しきれておらぬとのこと」
その答えに、わたしは、頭の中で、これまでの絵図を、一気に、組み直さねばならないことを、悟った。
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数日後、より詳しい報せが、伊佐次を通じて届いた。
「殿御自身も、動揺を、隠せておられませぬ」
伊佐次は、そう報告した。
「殿が、動揺を」
「はい。あの、いつも、泰然としておられる殿が、珍しく、しばらく、言葉を失っておられました」
その話に、わたしは、頭の中で、以前、郷田十兵衛が語った、あの一言を、ふと思い出した。
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「片方が滅びるまで終わらぬか、当主が代わるまで続くか。そのどちらかにござろうな」
十兵衛は、かつて、そう言っていた。その言葉が、いま、こうして、現実になっていた。
「殿は、いま、何と」
わたしが、そう訊ねると、伊佐次は、答えた。
「『大内という後ろ盾そのものが、揺らぐかもしれぬ』と、そう漏らしておられました」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。この戦に加わった、そもそもの目当ては、大内との縁を、確かな後ろ盾にまで育てることだった。その大内の当主が、討たれた。この先の絵図は、大きく、書き直さねばならなかった。
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「大内方の跡目は、いかに」
わたしが、そう訊ねると、伊佐次は、答えた。
「まだ、はきとは決しており申さぬ。家中も、動揺の色を、隠しきれておらぬ様子にて」
その報せに、わたしは、頭の中で、幾つもの可能性を、素早く並べた。ここで、大内方が、崩れれば、これまで積み上げてきた縁も、根こそぎ、失われかねなかった。
「弥九郎方は、いま、どうすべきか」
わたしは、そう、自分に問いかけた。だが、この距離では、すぐに、答えを出すことはできなかった。
館の中は、この報せを受けて、これまでにない、重い空気に包まれていた。範久様も、この報せを聞き、館を訪れた。
「大内様が、討たれたと」
範久様が、そう訊ねた。
「はい。この一党にとっても、大きな痛手にござります」
「殿は、御無事なのですね」
「はい。御無事にて」
その答えに、範久様は、少し、安堵した顔を見せた。
「それがしにも、何か、できることは」
「いまは、範久様が、しかと、この島の当主として、落ち着いた姿を、家中の者たちに、お示しになることが、何よりの支えにござります」
その言葉に、範久様は、深く頷いた。
「承知いたしました」
その凛とした態度に、わたしは、少し、心が、落ち着くのを感じた。
その夜、綾のもとを訪ねた。大内盛見討死の報せを、かいつまんで伝えた。
「これで、殿の立場も、危うくなるのでしょうか」
綾が、そう訊ねた。
「まだ、分かりませぬ。大内方が、この先、どうなるかによりましょう」
「殿は、いま、遠い地で、どのような、御心地でおられるのでしょうか」
その問いに、わたしは、少し、考えた。
「不安を、感じておられましょう。ですが、殿は、こういうときこそ、しかと、御自分を保たれる御方にござります」
綾は、それを聞いて、深く頷いた。
「大きな柱が、折れたのですね」
綾が、そう言った。
「はい。この先、殿が、どう動くべきか、まだ、はきとは、見えませぬ」
「殿は、この報せを、どう受け止めておられるのでしょうか」
「動揺しておられると、聞き及びました。あの殿が、そこまで、動揺なさるとは、正直、驚きにござります」
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綾は、それを聞いて、静かに頷いた。
「殿も、遠い異国の地で、これまでにない重さを、背負っておられるのでしょう」
「はい。この戦は、これまでの、この一党の戦とは、まるで、違う規模のものにござります」
わたしは、そう答えながら、頭の中で、これから、どのような報せが届くのか、幾度も、算段を組み直した。だが、答えは、いつまで経っても、はきとは、見えてこなかった。
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夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。
大内盛見様、筑前・秋月にて、討死。大内方の陣中、大きな動揺。殿も、この報せに、動揺を隠せず。この先の絵図、大きく組み直す要あり。
書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。いつか来るやもしれぬと、案じてはいた出来事だった。だが、実際に、当事者として、この報せを受け止める重さは、頭で分かっていたものとは、まるで違う質感を伴っていた。
翌日、定行も、この報せを聞き、新居郡から、急ぎ、駆けつけてきた。
「大内様が、討たれたとは、まことに、由々しき事態にござります」
定行が、そう漏らした。
「はい。この一党の、この先の絵図にも、大きく関わってまいりましょう」
「殿は、これから、どうなさるおつもりか」
「まだ、御決断は、下しておられませぬ。ただ、殿御自身の、確かな覚悟に、委ねるほかござりませぬ」
その答えに、定行は、深く頷いた。
「千代様は、殿の御決断を、信じておられるのですね」
「はい。これまでも、殿は、こういう場面で、しくじったことは、ござりませぬ」
その言葉に、定行は、微かに笑った。
「その信頼が、この一党の、確かな絆にござりましょう」
数日後、範久様が、家中の動揺を鎮めるため、あらためて、集会の場を設けた。
「大内様が、討たれたとの報せ、既に、皆も、耳にしておろう」
範久様が、そう切り出した。
「ですが、弥九郎殿方は、御無事にて、しかと、この事態に、対処しておられる。案ずることはない」
その堂々とした言葉に、家中の者たちは、次第に、落ち着きを取り戻していった。
その様子を、伝え聞いたわたしは、深く、感じ入った。この幼い当主が、いつのまにか、家中を、しかと、まとめられるまでに、成長していた。
その夜、定行からも、新居郡の様子を案じる文が届いた。
「新居郡の民たちも、大内様討死の報せに、いくらか、動揺しておるようにて。それがしにできる限り、皆を、落ち着かせるよう、努めており申す」
その文を読み、わたしは、深く頷いた。この島だけでなく、新居郡の地でも、それぞれの持ち場で、確かな支えが、続けられていた。
年の瀬が近づく中、島の暮らしは、これまでにない緊張を、静かに、孕んでいた。それでも、日々の営みは、止まることなく、続いていった。塩を焼く煙、窯の火、鍛冶場の槌の音。それらの、変わらぬ営みの音が、かえって、わたしの心を、いくらか、落ち着かせてくれた。
「殿が、お戻りになるまで、この島は、しかと、守り抜かねばならぬ」
わたしは、そう、独り、心に、誓い直した。
夜、灯芯を整えながら、この日の出来事を、あらためて、帳に、丁寧に書き加えた。義重との遣り取り、範久様の家中への働きかけ、定行からの文。数えるべきことは、この不安な情勢の中でも、絶えることがなかった。
その翌日、松吉が、阿蓮の伝手を通じて、博多や赤間関の湊から届いた噂を、あらためて、まとめて、報告に来た。
「大内様討死の報せ、博多、赤間関の湊では、既に、持ちきりとのこと。堺へも、早船が、向かったと聞き申す。畿内に届くまでには、まだ、日がかかりましょうが、諸国の武家も、この先の動きを、注視しておる様子にて」
「少弐方の勢いは」
わたしが、そう訊ねると、松吉は、答えた。
「一気に、増しておるとの由。大友方とも、手を組み、大内領への、さらなる侵攻を、企てておるとの噂も」
その報せに、わたしは、深く、息を吐いた。この一党が置かれた立場が、いよいよ、危うい局面に、差し掛かりつつあった。
「殿には、この噂を、しかと、お伝えせねばなりませぬ」
わたしは、そう、伊佐次への急ぎの書状を、したためた。潮の道を、最も早く辿れる船を選び、この報せを、九州の陣へと、送り出した。
その夜、独り、灯りのもとで、これまでの絵図を、あらためて、数え直した。大内方に留まるべきか、それとも、退くべきか。この判断は、もはや、こちら一人の勘定だけでは、決められない重さを、持ちはじめていた。
弥九郎の、遠い九州での決断を、ただ、静かに、待つしかなかった。
綾も、この夜、こちらの様子を、それとなく、気にかけて、部屋を訪れた。
「まだ、お休みには」
「はい。殿からの、御返事を、待っておりました」
「眠れませぬか」
その問いに、わたしは、少し、笑った。
「眠るには、まだ、頭の中が、忙しすぎるようにて」
綾は、それを聞いて、静かに、傍らに座った。
「千代殿が、こうして、案じておられる姿を見ると、殿への、確かな情の深さを、あらためて、感じさせられます」
その言葉に、わたしは、少し、驚いた。
「情、にござりますか」
「はい。数えることに慣れた千代殿でも、殿のことだけは、数では、測りきれぬのでしょう」
その指摘に、わたしは、何も言い返せなかった。綾の言葉は、いつも、こちらの、まだ気づいていない心の在り処を、静かに、言い当てていた。
翌朝、円秀が、九州へ送る追加の薬の支度を報告に来た。
「傷薬に加え、この度は、心を落ち着ける薬草も、多めに、揃えており申す」
円秀が、そう言った。
「心を、とは」
わたしが、そう訊ねると、円秀は、少し、考えながら答えた。
「大将が討死したという報せは、傷よりも、まず、心を蝕みまする。陣中の者たちの、その乱れを、少しでも、鎮める手立てになればと」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。数と勘定だけでは、決して、埋められない場所が、戦にはあった。
「頼む。殿の心が、少しでも、健やかに、保たれるように」
円秀は、深く、頭を下げた。
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その足で、太郎丸と次郎丸の窯を訪ねた。二人は、変わらず、耐火煉瓦の焼成に、精を出していた。
「大内様が討たれたと、聞き及びました」
太郎丸が、そう言った。
「はい。この一党にとっても、大きな痛手にござります」
「それがしたちに、何か、できることは」
その問いに、わたしは、少し、考えた。
「いまは、これまでどおり、確かな技を、積み重ねてくれることが、何よりの支えにござります。窯の火が絶えぬ限り、この島は、揺らぎませぬ」
その言葉に、二人は、深く頷いた。
「殿がお戻りになるまで、しかと、この火を、絶やしませぬ」
次郎丸が、そう言った。
その凛とした言葉に、わたしは、少し、心が、落ち着くのを感じた。
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館へ戻る道すがら、正俊の鍛冶場からも、槌の音が、絶え間なく、聞こえてきた。この島の、それぞれの持ち場で、変わらぬ営みが、静かに、続けられていた。その音を聞きながら、わたしは、遠い九州の弥九郎の身を、あらためて、案じた。
その夜、寝所に戻ってからも、わたしは、なかなか、寝つけずにいた。大内盛見討死という報せの重みが、頭の中で、幾度も、形を変えて、巡り続けていた。
弥九郎は、いま、遠い九州の陣中で、どのような決断を、下そうとしているのだろうか。大内方に留まるべきか、それとも、より確かな側へ、鞍替えすべきか。その判断の行方によって、この一党の、この先の絵図は、大きく変わることになる。
「殿は、必ず、正しい道を、見出されましょう」
わたしは、暗闇の中で、独り、そう、自分に言い聞かせた。だが、その言葉の裏には、いくばくかの不安も、確かに、隠れていた。数えることに慣れたこの頭でも、遠く離れた場所で、いままさに下されようとしている決断だけは、どうしても、先読みすることができなかった。
弥太郎の寝息が、隣の間から、静かに、聞こえてきた。その音に、わたしは、いくらか、心が、落ち着くのを感じた。この子が、すやすやと眠っていられるのも、この島が、変わらず、平穏に保たれているからだった。その平穏を、これからも、しかと、守り抜かねばならなかった。
翌朝、円秀が、あらためて、九州へ送る薬の目録を、持って来た。
「傷薬、心を鎮める薬草、そして、寒さに効く生姜湯の支度も、加えておき申した」
円秀が、そう言った。
「行き届いた支度にござります。かたじけない」
わたしが、そう答えると、円秀は、深く頭を下げた。
「殿が、一日でも早う、御無事で、お戻りになられますように」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。この島の、それぞれの持ち場にいる者たちが、皆、同じ願いを、静かに、胸に抱いていた。
外では、十二月の冷たい風が、鋭く、吹きつけていた。年の瀬が、すぐそこまで、迫っていた。




