第三十一話 慣れぬ大地
永享三年(一四三一)十一月 筑前国 大内方陣中
九州の陣からの報せは、それから、幾度か、届き続けた。だが、その内容は、次第に、厳しさを増していった。
「味方の一隊が、伏兵にかかり申した」
その一報に、わたしは、館で、思わず、息を呑んだ。
「損害は」
わたしが、そう訊ねると、使いは、重い声で、答えた。
「三人、命を落とし申した。殿御自身は、御無事にて」
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その報せに続いて、さらに、こう伝えられた。
「兵站も、一時、途切れかけ申した」
「なぜ、そのようなことに」
「不慣れな土地にて、道の見立てを、誤ったとのこと」
わたしは、頭の中で、静かに、この失敗の意味を数えた。海の上では、並ぶ者のない弥九郎も、陸の大軍の駆け引きでは、まだ、幾つもの落とし穴に、はまり込んでしまう。
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「郷田十兵衛殿は」
わたしが、そう訊ねると、使いは、答えた。
「この失敗を、しかと、立て直しておられます。陣立て、伏兵の読み方を、殿に、あらためて、丁寧に、指南しておられるとのこと」
その報せに、わたしは、少し、安堵した。何度も失敗し、それを、丁寧に立て直す。それこそが、この一党の、これまでの歩みそのものだった。
数日後、より詳しい報せが届いた。
「殿、伏兵の読みを、既に、しかと、身につけられたご様子にて。次の小競り合いでは、逆に、こちらが、敵の伏兵を、見破ったとのこと」
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その報せに、わたしは、深く頷いた。海の男である弥九郎が、陸の戦の作法を、着実に、我が物にしつつあった。
「兵站のほうは」
わたしが、そう訊ねると、使いは、答えた。
「十兵衛殿の助言にて、道筋を組み直し、いまは、滞りのう、続いておりまする」
その答えに、わたしは、頭の中で、静かに、これまでの支度の意味を、あらためて確かめた。郷田十兵衛という男を、この一党に迎え入れたことが、いま、こうして、確かな形で、実を結んでいた。
「伏兵にかかった一隊の者たちは」
わたしが、そう訊ねると、使いは、少し、声を落とした。
「命を落とした者、三人。手当てを受けておる者も、五人ほど、おり申す」
その報せに、わたしは、深く、息を吐いた。
「名は、分かるか」
「まだ、詳しくは、はきといたしませぬ。追って、お報せいたしまする」
その答えに、わたしは、頭の中で、静かに、これまでの犠牲を、あらためて数え直した。又八のときと、同じ重さが、また一つ、この一党に、積み重なっていた。
「殿は、この犠牲を、どう受け止めておられる」
わたしが、そう続けて訊ねると、使いは、答えた。
「深く、悔いておられます。ですが、それでも、前へ進むほかないと、そう仰せになっておられました」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。
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その夜、綾のもとを訪ねた。九州の様子を、あらためて伝えた。
「殿は、失敗を、恐れずに、乗り越えておられるのですね」
綾が、そう言った。
「はい。失敗を、恐れて、動かずにおれば、いつまで経っても、育ちませぬ。殿は、そのことを、よう、心得ておられます」
「千代殿も、そうして、幾度も、失敗を乗り越えてこられたのでしょう」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。
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「虎王丸は、いかがですか」
わたしが、そう続けて訊ねると、綾は、微笑んだ。
「元気に、過ごしております。父上の帰りを、毎日、心待ちにしておりますよ」
「父上の帰りを」
「はい。船が見えるたびに、湊まで、駆けていっておりまする」
その話に、わたしは、少し、胸が温かくなった。数と策とに、日々、頭を占められている自分にとって、こうした、何気ない日々の話は、いつも、確かな安らぎをくれた。
数日後、伏兵にかかった一隊で命を落とした者たちの名が、ようやく、届いた。いずれも、屯田兵として、この数年で、この一党に加わった、若い衆だった。
「その者たちの、家族は」
わたしが、そう訊ねると、伊佐次は、答えた。
「島に、幾人か、残っております。しかと、弔いの支度を、進めとうござります」
「頼む。この一党のために命を落とした者を、決して、粗末には、扱わぬように」
その言葉に、伊佐次は、深く頷いた。
わたしは、その夜、独り、又八のときと、同じように、これらの若者たちの死を、帳に、丁寧に、書き留めた。数として片づけてはならない、一人一人の生と死があった。その重みを、これからも、忘れずに、抱え続けようと、静かに、心に誓った。
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数日後、九州から、また新たな報せが届いた。今度は、幸いにも、良い知らせだった。
「殿の陣立て、いよいよ、確かなものになっており申す。大内方の中でも、随一の評判にて」
その報せに、わたしは、深く、安堵の息を吐いた。
「これも、郷田十兵衛殿の、御指南のおかげにござりますね」
わたしは、そう、傍らにいた伊佐次に、そう言った。
「はい。ですが、それを、しかと、我が物にされた殿御自身の力も、決して、小さくはござりますまい」
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夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。
九州の陣にて、味方の一隊、伏兵にかかる。兵站も、一時、途切れかける。郷田十兵衛の指南にて、立て直す。殿の陸戦の腕、着実に育ちつつあり。
書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。この一党は、いつも、こうして、失敗を経て、確かな力を、身につけてきた。九州の遠い戦の場でも、その道理は、変わらなかった。
翌日、亡くなった若者たちの弔いが、島で、静かに、執り行われた。範久様も、義重も、この弔いに、揃って、参列した。
「この一党のために、命を落とした者たちに、しかと、報いねばなりませぬ」
範久様が、そう漏らした。
「はい。生きて帰る者だけでなく、命を落とした者たちの家族にも、しかと、支えを、続けとうござります」
わたしが、そう答えると、範久様は、深く頷いた。
弔いのあと、幸松——いまは定行——も、新居郡から、駆けつけていた。
「それがしも、幼い頃、この島に流れ着いた身にて。この者たちの死を、他人事とは、思えませぬ」
定行が、そう言った。
「はい。この島に集うた者は、皆、家族も同然にござります」
その言葉に、定行は、深く頷いた。
弔いを終えたあと、わたしは、独り、亡くなった若者たちの、島に残された家族のもとを、一軒一軒、訪ね歩いた。
「この一党のために、大切な方を、失わせてしまい、まことに、申し訳ござりませぬ」
わたしが、そう頭を下げると、ある母親は、静かに、涙を拭いながら、答えた。
「あの子は、この島で、初めて、確かな居場所を、見つけられたと、いつも、申しており申した。その最期が、この島のためであったことを、せめてもの、慰めにいたしとうござります」
その言葉に、わたしは、しばらく、何も言えなかった。数として片づけてしまいそうになる、一つ一つの死の裏に、こうした、確かな生の記憶が、常に、あった。
その夜、綾のもとを訪ねた。この日の弔いのことを、かいつまんで伝えた。
「若い命が、また、失われたのですね」
綾が、そう言った。
「はい。この一党の歩みには、いつも、こうした犠牲が、伴っております」
「千代殿は、その一つ一つを、決して、数として、片づけてしまわれませぬね」
その言葉に、わたしは、少し、考えた。
「片づけてしまいそうになる自分を、いつも、戒めておるのです。数えることに逃げてしまえば、この犠牲の重みを、正しく、受け止められませぬゆえ」
綾は、それを聞いて、深く頷いた。
「その戒めが、千代殿を、これまで、幾度も、正しい道へと、導いてきたのでしょう」
その言葉に、わたしは、深く、頭を下げた。
数日後、九州から、また、報せが届いた。
「殿、伏兵の一件を、しかと、乗り越えられ、いまは、さらに、深く、内陸へと、進んでおられるとのこと」
その報せに、わたしは、深く、安堵の息を吐いた。
「郷田十兵衛殿の指南、いよいよ、本領を発揮しはじめておるようにて」
その言葉に、わたしは、頷いた。
「殿御自身の、粘り強さもまた、この歩みを、支えておるのでしょう」
数日をかけて、亡くなった若者たちのための、小さな墓標が、島の高台に、建てられた。太郎丸と次郎丸が、その根元を、耐火煉瓦の技を活かして、しかと、固めてくれた。
「これで、幾年経っても、崩れませぬ」
太郎丸が、そう言った。
「かたじけない」
わたしが、そう答えると、太郎丸は、深く頭を下げた。
その墓標の前に立つと、又八の墓標も、少し離れた場所に、静かに、佇んでいるのが見えた。この島で、命を落とした者たちが、こうして、一つ、また一つと、増えていく。その重みを、これからも、決して、忘れずに、抱え続けようと、わたしは、あらためて、心に誓った。
その夜、範久様が、この墓標のことを聞き、館を訪れた。
「それがしも、明日、御参りに、参りとうござります」
範久様が、そう言った。
「範久様が、御自ら」
「はい。この一党のために命を落とした者たちに、当主として、しかと、頭を下げねばなりませぬ」
その言葉に、わたしは、深く、心を打たれた。この幼い当主が、いつのまにか、命の重みを、正しく、受け止められるまでに、育っていた。
翌朝、範久様は、義重と共に、高台の墓標を、訪れた。深く、頭を下げ、しばらく、そのまま、動かずにいた。
「この者たちの犠牲を、決して、無駄にはいたしませぬ」
範久様が、そう、静かに、誓った。その言葉を、わたしは、少し離れた場所から、しかと、聞き届けた。
墓標からの帰り道、義重が、そっと、こちらに、話しかけてきた。
「あの子も、随分と、当主らしゅう、なったものだ」
「はい。この一年で、見違えるほどに」
「千代殿の、これまでの支えがあってこそだ」
その言葉に、わたしは、首を振った。
「わたくし一人の力では、ござりませぬ。この島の、皆の力にござります」
義重は、それを聞いて、深く頷いた。
その日の午後、伊佐次から、九州の陣の、さらなる進展の報せが届いた。少しずつ、しかし確かに、この長い戦も、決着へと近づきつつあるようだった。
夜、灯芯を整えながら、この日の出来事を、あらためて、帳に、丁寧に書き加えた。範久様の墓参り、義重との遣り取り、九州の陣の進展。数えるべきことは、今日もまた、幾つも積み重なっていた。
その夜遅く、範久様が、館へ、もう一度、訪れた。墓参りを終えたあとも、何か、思うところがあるようだった。
「千代殿、少し、よろしいですか」
「はい。いかがなされましたか」
範久様は、しばらく、言葉を選ぶように、黙っていた。
「それがしは、いずれ、当主として、人を、戦に送り出す立場になりましょう。そのとき、今日、見た墓標のような重みを、しかと、背負えるでしょうか」
その問いに、わたしは、少し、考えた。
「背負えずとも、よろしゅうござります。ただ、忘れずに、抱え続けることだけは、しかと、なさいませ。忘れてしまえば、いずれ、同じ過ちを、平気で、繰り返すようになりましょう」
「忘れぬこと、にござりますか」
「はい。数えることに慣れたわたくしでも、一人一人の死を、決して、ただの数として、片づけてはならぬと、いつも、自分に言い聞かせております。範久様も、同じように、なさいませ」
その言葉に、範久様は、深く頷いた。
「しかと、心得ました」
その凛とした返答に、わたしは、この幼い当主が、着実に、当主としての器を、身につけつつあることを、あらためて感じた。
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範久様が去ったあと、わたしは、独り、館の縁側に座り、遠い九州の空を、思い描いた。伏兵にかかり、命を落とした若者たち。その一人一人の顔は、正直、はきとは、思い出せなかった。だが、その死の重みだけは、確かに、この胸に、刻まれていた。
「殿も、いま、同じ重みを、背負うておられるのでしょうか」
わたしは、独り言のように、そう呟いた。答える者は、誰もいなかった。ただ、夜風だけが、静かに、庭先の木々を揺らしていた。
その後、綾も、館を訪れ、範久様との遣り取りを、傍らで、聞いていたことを、明かした。
「あの子が、あれほど、しかと、命の重みを語れるようになるとは」
綾が、そう漏らした。
「はい。この一年で、見違えるほどに、育たれました」
「千代殿の、日々の導きがあってこそでしょう」
その言葉に、わたしは、静かに、首を振った。
「導いたつもりは、ござりませぬ。ただ、隣で、共に、この島の重みを、数え続けてきただけにござります」
綾は、それを聞いて、深く頷いた。
「その、数え続ける姿こそが、弟には、何よりの手本になっておるのでしょう」
その言葉に、わたしは、深く、頭を下げた。
外では、十一月の冷たい風が、静かに吹いていた。




