第二十八話 一本化
永享三年(一四三一)九月 伊予国 忽那諸島
大野氏の決着と同じ頃から、通春様の本隊は、教通方の本拠を、なおも、攻め続けていた。こちらから送り出した別働隊も、二月にわたり、その攻めに、加わり続けていた。大野氏という最大の後ろ盾を断たれた教通方は、次第に、支えを失い、伊予国内の抵抗らしい抵抗は、ほぼ絶えた。教通方に残っていた在地の武家も、次々と、通春方へ、なびきはじめていた。
「これで、河野氏一本化も、目前にござりますな」
義重が、そう言った。その声には、これまでの長い戦いの疲れと、確かな手応えとが、同時に滲んでいた。
だが、その一本化への最後の一歩は、これまでで、最も苛烈な形で訪れることになった。
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「教通とその一族、通春方の手により、族滅せしめられ申した」
その報せに、館の中が、しんと静まり返った。
「族滅、とは」
わたしが、そう確かめると、使いは、重い口を開いた。
「教通様、御一族、家臣に至るまで、ことごとく、討たれ申した。降伏を願い出た者も、容赦はなかったとの由」
その報せに、わたしは、頭の中で、静かに、大野氏の切腹のことを思い返した。あのときよりも、さらに徹底した、より重い決着だった。
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「弥九郎方は、この処断に」
わたしが、そう訊ねた。
「戦場で、教通方を、打ち破るところまでで、手を引いておられまする。この処断そのものには、一切、手を下しておられませぬ」
その答えに、わたしは、深く頷いた。皆殺しにしないという、殿がこれまで貫いてこられた下知は、ここでも、確かに守られていた。だが、河野方自身の手による、この徹底した処断は、これまでとは、明らかに違う重さを持っていた。
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「河野氏という家名は」
わたしが、そう続けて訊ねると、使いは、答えた。
「途切れませぬ。族滅されたのは、教通様の一族という、一つの枝にすぎず、通春様の御系統が、そのまま、正統な河野本家として、続いてまいりましょう」
その答えに、わたしは、深く息を吐いた。河野氏という家名そのものは、これで途切れずに済む。だが、その内側で流れた血の量は、決して、小さなものではなかった。
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その報せに続いて、さらに重い一報が届いた。
「忽那重氏——又五郎様も、この戦にて、討死されました」
その名に、わたしは、しばらく、動けなかった。
「教通方の陣に、最後まで、加わっておられたのか」
弥九郎が、そう訊ねた。
「はい。鶴丸様——いまは範久様の擁立に、最後まで、敵対する形で、戦い続けておられたとの由」
その報せに、わたしは、頭の中で、又五郎という男の、辿ってきた道のりを、あらためて、静かに数え直した。
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自らの手で、二神本家当主の暗殺に加担し、その結果、生まれた弟の擁立に、みずから、最後まで、敵対する形で、戦い続けた男。穏やかな家の継承を、自らの手で壊した、その報いを、いま、自らの死という形で、受け取ることになった。
その二重の皮肉を、わたしは、静かに、噛みしめずにはいられなかった。
「義重様は」
わたしが、そう訊ねると、使いは、重い声で、答えた。
「言葉を、失っておられます」
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館へ、義重が、みずから、訪ねてきたのは、それから、数日後のことだった。その顔には、これまでにない、深い疲労と、悲しみとが、はっきりと刻まれていた。
「あれは、わしの息子だ」
義重は、そう、静かに、呟いた。
「どれほど道を違えようとも、その事実だけは、変わらぬと、以前、婿殿に申し上げましたが」
その言葉に、わたしは、深く頭を下げた。
「まことに、御愁傷にござります」
「愁傷、と言うほど、綺麗な話でもあるまい。あれは、自ら選んだ道の果てに、死んでいった」
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その日の夕方、綾のもとを訪ねた。兄の死を、あらためて、伝えねばならなかった。
綾は、その報せを聞いて、しばらく、何も言わなかった。ただ、静かに、涙をこぼした。
「兄上は」
綾が、ようやく、そう口を開いた。
「最後まで、あの恨みを、抱えたまま、逝かれたのですね」
「はい」
「せめて、和解の道は、なかったのでしょうか」
その問いに、わたしは、答えられなかった。
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「一つ、お願いが」
綾が、震える声で、そう続けた。
「兄上の、後妻の方が、身重だと聞いております。教通方の家中の始末に、その方も、巻き込まれかけていると」
「巻き込まれかけている、とは」
「教通方の縁者として、命を狙われかねぬということにござります」
その言葉に、わたしは、頭の中で、素早く算段を組んだ。
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「その方を、お救いいただけませぬか」
綾は、そう懇願した。
「わたくしからも、殿に、お願いいたしとうござります」
わたしは、深く頷き、その足で、弥九郎のもとへ向かった。
「又五郎の後妻を、救うてやってほしい。綾様の、たっての願いにござります」
弥九郎は、しばらく、考え込んでいたが、やがて、頷いた。
「政の勘定は、脇に置こう。綾の願いだ」
その答えに、わたしは、深く頭を下げた。
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数日後、六郎太が、教通方の館の跡から、身重の女子を、無事に、連れ帰ってきた。
「名は、なんと」
わたしが、そう訊ねると、六郎太は、答えた。
「志乃殿と、申されまする」
志乃は、正式な武士の娘としての教育を受けていたという。以後、綾の侍女として、この一党に迎え入れられることになった。
「忽那の家の継承は」
わたしは、頭の中で、静かに、この先の絵図を思い描いた。綾の子が、いずれ、正式に継ぐものと、これまで見立ててきた。だが、志乃の腹には、既に、又五郎の子が宿っていた。この見立てが、いずれ、揺らぐ日が、来るかもしれなかった。
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夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。
大野氏に続き、教通方も、族滅せしめられる。河野氏という家名は途切れず、通春様の御系統が続く。又五郎様、討死。志乃殿、綾様の願いにより救出。二神本家の危機から発した対立、河野氏そのものの内訌へと押し広げられ、ここに結実す。
書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。二神本家の一件から、既に、幾年もの歳月が流れていた。その長い道のりの果てに、この一本化は、確かに、成し遂げられた。だが、まだ、「席がない」という壁は、変わらず、そこに残っていた。
数日後、義重が、あらためて、館を訪れた。その顔には、まだ、深い疲労が残っていたが、以前よりは、いくらか、落ち着きを取り戻しているようだった。
「範久は、いかがしておりますか」
わたしが、そう訊ねると、義重は、頷いた。
「よう、務めております。あれの父として、いや、後見人として、これからも、しかと、支えてまいる所存にて」
「義重様御自身は、御無理を、なさっておられませぬか」
その問いに、義重は、少し、力ない笑みを浮かべた。
「無理はしておる。だが、他に、道はござらぬ」
その答えに、わたしは、深く頭を下げた。
「志乃殿の様子は」
わたしは、話を変えて、そう訊ねた。
「綾のもとで、静かに、過ごしております。腹の子も、順調だと聞いております」
「その子が、いずれ、この家の行く末に、どう関わってくるのか」
わたしは、そう漏らした。
「いまは、まだ、分からぬ。ただ、あの子もまた、この家の血を引く者として、大切に、育てねばならぬ」
義重の、その言葉に、わたしは、深く頷いた。忽那の家の継承は、この時点では、綾の子が、将来、継ぐものと見立てられていた。だが、志乃の腹に宿る、又五郎の忘れ形見の存在が、この見立てを、いずれ、揺るがすことになるかもしれなかった。
その夜、綾のもとを、もう一度訪ねた。志乃の様子を、直に、確かめておきたかった。
志乃は、まだ、あどけなさの残る顔立ちをしていたが、その目には、既に、母となる者の、確かな覚悟が、静かに宿っていた。
「兄上——いえ、又五郎様のこと、心よりお悔やみ申し上げます」
わたしが、そう声をかけると、志乃は、静かに、頭を下げた。
「かたじけのう存じます。この子だけは、しかと、育て上げる所存にて」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。この労りは、偽りではなかった。だが、それだけでもなかった。志乃の腹の子が、いずれ、虎王丸の座を脅かす芽になるやもしれぬことを、頭の隅では、正しく数えていた。ならば、いまのうちに、この母に、深く恩を着せておくに越したことはなかった。生まれてくる子が、いつか、物心つくころには、「千代様には、母を助けていただいた」という一点だけで、こちらに刃を向けられぬ側に、しかと、括りつけておく。労りと勘定とを、同じ手つきで、同時に、差し出す。それが、いつのまにか、この身に染みついた遣り方だった。
弥九郎が、その部屋の外から、こちらを、静かに、見つめていた。
「志乃殿は、しっかりしておられるな」
弥九郎が、そう言った。
「はい。まだ、若い御方にござりますが、覚悟は、確かなものにござります」
「あの子が、無事に、生まれてくることを、祈るしかないな」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。
「殿は、又五郎様のことを、どう、思うておられますか」
わたしが、そう訊ねると、弥九郎は、しばらく、考え込んだ。
「憎んではおらぬ。ただ、あの男の人生が、これほどの形で終わったことに、遣り切れなさを感じておる」
「殿らしい、答えにござりますね」
「お前は、どうだ」
その問いに、わたしは、少し、考えた。
「わたくしも、同じにござります。又五郎様の、あの恨みの根には、この一党が、確かに、関わっておりました。その事実から、目を逸らすことは、できませぬ」
弥九郎は、それを聞いて、深く頷いた。
「この一族の行く末を、しかと、見届けねばならぬな」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。
数日後、範久様が、家中を代表して、正式に、河野方の一本化を、祝う場に、立ち会うことになった。祝いの支度が整うまでの間、二人きりで話す機を得た。
「これで、この一党の悲願であった、河野氏一本化が、確かに、成し遂げられたのですね」
範久様は、そう言いながら、目を伏せた。祝いの言葉のはずが、どこか、重たい響きを帯びていた。
「範久様」
わたしが、そう声をかけると、範久様は、しばらく黙っていたが、やがて、絞り出すように、口を開いた。
「又五郎兄上は、わたくしを、擁立する話など、望んではおられなんだと聞いております。それでも、わたくしが立ったがゆえに、兄上は、教通方に与し、討死なされた。そのことを思うと、この祝いの席に、素直に、喜んでよいものか、分かりませぬ」
その声には、齢に似合わぬ、深い迷いが滲んでいた。わたしは、すぐには、言葉を返せなかった。この子が抱えている重さは、数で片づけられるものではなかった。
「範久様が、望んで立たれたのではないことは、この場の誰もが、承知しております。又五郎様が選ばれた道は、又五郎様御自身のもの。範久様が、その責めを、独りで背負われる筋合いはござりませぬ」
「頭では、そう分かっており申す。ですが、胸の内までは、まだ、追いついておりませぬ」
その正直な物言いに、わたしは、かえって、この子の芯の強さを見た気がした。分からぬことを分からぬまま抱え、それでも前へ進もうとする姿は、幼いころの、姉を見送るしかなかった鶴丸とは、既に違うものだった。
「その迷いを、忘れずに持ち続けられませ。忘れて平気な顔で座るより、よほど、当主としての重みに、正しく耐えておられます」
「これから、この家は、どこへ向かうのでしょうか」
その問いに、わたしは、しばらく、考えた。それから、静かに、微笑んだ。
「もちろん、範久様が、御当主として、お望みになる道を、進まれればよいのです。この家は、範久様の御家にござります」
範久様は、その言葉に、少し、驚いた顔をした。
「わたくしの、望む道」
「はい。ただし」
わたしは、少し、間を置いた。
「まだ、経験を積まれておらぬ身。心の内では、まだ、不安なことも、多うござりましょう」
その一言に、範久様の目に、また、あの迷いの色が、深く浮かんだ。
「不安に、ござります。正直に申さば」
「ご案じなさいますな。殿が、御与力として、この一党の力を、しかと、お支えいたしまする。舵取りの細かなところ、策のこと、内々のことは、わたくしが、お手伝いいたしましょう。範久様は、ただ、御自身の望む道を、お示しくださるだけで、よろしいのです」
その言葉に、範久様は、深く、深く頷いた。目の奥の迷いが、少しずつ、安堵の色に、変わっていくのが見えた。
「千代殿がおられれば、心強うござります」
その素直な言葉に、わたしは、静かに、頭を下げた。だが、頭を下げながら、頭の中では、別の勘定が、静かに動いていた。この子が、こちらに、深く頼るようになるほど、この一党の実権は、確かに、こちらの手に、留まり続ける。範久様御自身が、そう望んでくださるなら、こちらから、無理に、その手を引く必要は、どこにもなかった。
祝いの席では、義重も、久方ぶりに、晴れやかな顔を見せていた。だが、その奥には、又五郎を失った、深い悲しみが、なお、静かに残っているのが、見て取れた。
「義重様」
わたしが、そう声をかけると、義重は、微かに笑った。
「案ずるな。悲しみと、喜びとは、同じ胸の中に、共に、あるものだ」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。この一族が辿ってきた、複雑な道のりの重みを、あらためて、噛みしめた。
その夜、綾のもとを訪ねた。志乃の様子を、あらためて、確かめておきたかった。
「志乃殿は、いかがですか」
「落ち着いて、過ごしております。ただ、時折、夫を思い出しては、涙を流しておられるようで」
その報せに、わたしは、少し、胸が痛んだ。
「無理もないことにござります」
「はい。ですが、あの子——腹の子のことを話すときだけは、志乃殿の顔にも、確かな光が、宿るのです」
その話に、わたしは、深く頷いた。
「腹の子が、志乃殿にとっての、確かな支えになっておるのですね」
「はい。生まれてくる子に、どうか、幸せな道を、歩ませてやりとうございます」
その言葉に、わたしは、深く頷いた。忽那の家の継承は、この時点では、綾の子が、将来、継ぐものと見立てられていた。だが、この、まだ生まれぬ子の存在もまた、いずれ、この一族の行く末に、何らかの形で、関わってくるのかもしれなかった。その予感を、わたしは、頭の帳の隅に、そっと、書き留めた。数えることに慣れた頭でも、この先の血筋の行方だけは、まだ、はきとは、読み切れなかった。
その翌朝、伊佐次からも、河野方の内部の様子について、あらためて、詳しい報告があった。
「教通方の残党狩りは、既に、ほぼ、終わっておるようにて」
伊佐次が、そう言った。
「弥九郎方は、その残党狩りには」
「一切、加わっておりませぬ。あくまで、河野方の内々のことにて」
その報せに、わたしは、深く頷いた。殿の下知による歯止めが、河野方本体の激しさとは、はっきりと、線を引いた場所に、保たれていることを、あらためて確かめられた。
「これで、伊予国内の政の絵図は、大きく、変わることになりましょうな」
伊佐次が、そう続けた。
「はい。通春様の御系統が、正統な河野本家として、続いてまいりましょう。だが、この一党にとっての『席』が、まだ、そこには、ござりませぬ」
その言葉に、伊佐次は、深く頷いた。
その日の夕方、円秀も、志乃の体調を診るため、館を訪れた。
「腹の子の按配は、いかがか」
わたしが、そう訊ねると、円秀は、答えた。
「順調にて。案ずることは、ござりませぬ」
その報せに、わたしは、深く、安堵した。
「志乃殿の、心の按配は」
「まだ、時折、沈み込む様子が、見受けられます。ですが、腹の子の話をするときだけは、確かに、顔つきが、和らぎまする」
その話に、わたしは、深く頷いた。
「引き続き、しかと、見守ってやってほしい」
わたしが、そう頼むと、円秀は、深く、頭を下げた。
外では、九月の澄んだ風が、静かに吹いていた。この長い戦いの区切りに、相応しい、静かな夜だった。




