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潮を編む――滅んだ小領主の娘、唐土に売られ、海賊の妻となる  作者: ハタ星人


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第二十四話 幾たびの試し撃ち

永享三年(一四三一)六月 伊予国 怒和島 下怒和


梅雨に入り、雨の合間を縫って、焙烙玉の試し扱いが、楠木党残党だけに絞って、繰り返された。


「狙いが、逸れ申した」


一投目は、目当ての的から、大きく外れた場所に落ちた。


「導火が、湿っておったやもしれませぬ」


二投目は、不発に終わった。


その様子を見ながら、わたしは、頭の中で、静かに数を数えていた。厳選された、鍛え抜かれた者たちでさえ、この危うさだった。常備兵に、到底、扱わせられる代物ではないことが、あらためて、裏付けられていた。


---


「投げる間合いを、誤り申した」


三度目の試みでは、投げた本人の、すぐ足元近くで爆ぜかけ、危うく、自らの身を危うくするところだった。


「命に関わるところであったな」


弥九郎が、そう言った。その声には、隠しきれない緊張があった。


「はい。それゆえ、常備兵には、決して持たせませぬ」


わたしは、そう答えた。


---


何度もの失敗を重ねながら、それでも、少しずつ、扱いの勘所が、楠木党残党の面々のあいだに、根付きはじめていた。


「導火の長さを、揃えることが、肝要にござる」


行然が、そう言った。


「投げる前に、必ず、風向きを確かめること」


「爆ぜるまでの間合いを、体で覚えること」


一つ一つの教訓が、失敗の数だけ、積み重なっていった。


---


一方、弩のほうも、急ごしらえの常備兵に持たせ、試し撃ちが行われた。


「弓は三年、弩は十日、と申しますが」


彦次が、そう言いながら、弩を構えた。狙いを定め、機関を落とす。矢は、思いのほか、しっかりと、的に届いた。


「これなら、それがしのような、稽古の浅い者にも、扱えまする」


その言葉に、郷田十兵衛が、深く頷いた。


「弩は、稽古のいらぬ得物だ。だが、壊れやすい。丁寧に扱え」


---


「焙烙玉と、弩とで、担う者を、はっきり分けとうござります」


わたしは、弥九郎に、そう進言した。


「焙烙玉は、楠木党残党のみ。弩は、常備兵。役割を、混ぜてはなりませぬ」


「なぜ、それほどまでに、はっきり分ける」


「混ぜれば、いずれ、どちらの技も、中途半端になりましょう。それぞれの技に、それぞれの者を、専らに当てる。それが、この一党の、確かなやり方にござります」


弥九郎は、深く頷いた。


---


郷田十兵衛が、この試し撃ちを通じて、実戦での配置を、具体的に組み立てはじめた。


「誰が、崖を登り、誰が、焙烙玉を投げ、誰が、弩を構えて突入するか。それを、いま、しかと、定めておかねばなりませぬ」


十兵衛は、そう言って、絵図の上に、幾つもの印をつけていった。


「彦次、幸松、亀吉らは、弩を持つ側に」


その振り分けに、彦次が、少し不満げな顔をした。


「それがしも、崖を登る側に、加わりとうござる」


「なりませぬ」


わたしは、はっきりと、そう答えた。


---


「なぜにござりますか」


彦次が、そう食い下がった。


「崖を登る技は、幾年もかけて、楠木党残党が磨いてきたもの。付け焼き刃で真似れば、かえって、命を落としましょう。彦次殿には、弩を持つ側で、しかと、力を発揮していただきとうござります」


その答えに、彦次は、しばらく、黙っていたが、やがて、深く頷いた。


「承知いたし申した。それがしの役目を、しかと、果たしまする」


---


幾度もの試し扱いを経て、ようやく、実戦に耐えうる精度に、焙烙玉も、弩も、達しはじめた。


「これなら、いけましょう」


十兵衛が、そう言った。その声には、確かな手応えがあった。


「城攻めの日取りは」


弥九郎が、そう訊ねた。


わたしは、頭の中で、月の満ち欠け、潮の流れ、そして、これまでの支度の進み具合を、あらためて数え直した。


「梅雨明けを待ち、七月の末ごろが、よろしゅうござりましょう」


弥九郎は、深く頷いた。


---


その夜、綾のもとを訪ねた。城攻めの支度が、いよいよ整いつつあることを、かいつまんで伝えた。


「多くの命が、懸かる戦にござりますね」


綾が、そう言った。


「はい。ですが、これまでの支度は、決して、無駄にはいたしませぬ。犠牲を、できる限り、減らすための支度にござります」


綾は、それを聞いて、静かに頷いた。


「せめて、皆が、無事に、帰ってまいりますように」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。


出立を数日後に控えた夜、館では、簡素な、しかし、しかとした宴が、催された。


「これより、大野氏攻めに、赴かれる方々に、まずは、腹を満たしていただきとうござります」


綾が、そう言って、料理を、次々と、並べさせた。


太郎丸と次郎丸、正俊と清光、円秀、そして、楠木党残党の面々。皆が、一堂に会し、静かに、しかし、確かな決意を胸に、その席に、連なっていた。


「明日から、いよいよ、始まりますな」


彦次が、そう漏らした。その声には、これまでの、根無し草としての日々を思わせる、複雑な色が、微かに滲んでいた。


「彦次殿、案じておられるか」


わたしが、そう声をかけると、彦次は、首を振った。


「案じてはおり申さぬ。ただ、ようやく、この島の一員として、確かな役目を、果たせる日が来たのだと、そう思うており申す」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。かつての敵が、いま、この一党の、確かな一員として、共に、この戦支度の場に、加わっていた。


幸松と亀吉も、その席の隅で、緊張した面持ちで、静かに、盃を傾けていた。


「二人とも、初めての、実の戦にござりますね」


わたしが、そう声をかけると、幸松は、深く頷いた。


「はい。ですが、十兵衛殿の御指南を、しかと、身につけて、参ります」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。この島で育った子供たちが、いま、一人前の戦力として、この戦に、加わろうとしていた。


宴の途中、郷田十兵衛が、盃を置き、皆に向かって、静かに、こう告げた。


「此度の戦は、これまでの、この島の戦とは、まるで違う。夜討ち、火薬、そして、弩による突入。三つの技を、一つに束ねる、初めての戦にござる」


その言葉に、座は、しんと静まり返った。


「一人一人が、己の役目を、しかと、果たさねばならぬ。誰か一人が、しくじれば、全体が、崩れかねぬ」


十兵衛は、そう続けた。その声には、これまでにない、確かな緊張があった。


「だが」


十兵衛は、少し、間を置いてから、続けた。


「これほど、丁寧に、支度を積み重ねてきた戦を、それがしは、他に知らぬ。この支度の厚みが、必ず、皆を、生きて帰す力になろう」


その言葉に、座の空気が、少しずつ、和らいでいった。


「十兵衛殿の、その言葉、しかと、胸に刻みまする」


彦次が、そう言うと、他の者たちも、次々と、深く頷いた。


わたしは、その光景を、少し離れた場所から、見つめていた。数と技だけでなく、こうした、人の心を束ねる言葉もまた、この戦には、欠かせないものだった。十兵衛という男が、この一党に、もたらしてくれたものの大きさを、あらためて、噛みしめずにはいられなかった。


宴が終わり、皆が、それぞれの持ち場へと戻っていったあと、わたしは、独り、庭先で、夜空を見上げた。梅雨の晴れ間、星が、幾つも、瞬いていた。この星空の下、幾人もの命が、この先の戦に、懸けられようとしていた。その重みを、わたしは、これまでにない、確かな実感をもって、受け止めていた。


弥九郎が、その傍らに、静かに、腰を下ろした。


「まだ、寝ぬのか」


「はい。少し、頭の中を、整えとうござりました」


「大野氏のことか」


「はい。これまで、この一党は、幾つもの戦を経てまいりました。ですが、これほど、多くの技を、一度に注ぎ込む戦は、初めてにござります」


弥九郎は、それを聞いて、しばらく、黙って、星空を見上げていた。


「案じておるのか」


「案じております。ですが、この支度の厚みが、必ず、力になると、そう信じております」


「その信じ方が、お前らしいな」


弥九郎は、そう言って、微かに笑った。


「数を信じ、技を信じ、そして、人を信じる。それが、いつのまにか、わたくしのやり方になっており申した」


その言葉に、弥九郎は、深く頷いた。


「俺も、お前の、その信じ方を、信じておる」


その一言に、わたしは、胸の奥が、じんわりと、温かくなるのを感じた。星空の下、二人で、しばらく、言葉もなく、並んで座っていた。その静かな時が、これから始まる、長い戦いの前の、ささやかな、しかし確かな、支えになっていた。


「殿。出立の前に、一つ、お伝えしたきことが」


わたしは、そう切り出した。


「なんだ」


「また、身籠っておるようにござります」


その言葉に、弥九郎は、しばらく、動きを止めた。


「まことか」


「はい。まだ、確かとは申せませぬが、月のものが、既に、二月ほど、遅れており申す」


弥九郎は、深く、息を吐いた。それから、こちらの手を、そっと、握った。


「よい報せを、こんな時に、聞かせてくれるとはな」


「戦の前に、案じさせとうはなかったのですが」


「案じるさ。だが、それ以上に、力が湧く。お前と、この子らのためにも、必ず、生きて帰る」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。星空の下、二人の間に、また一つ、確かな約束が交わされていた。


翌朝、出立の前に、もう一度、すべての支度を、頭の中で、丁寧に数え直した。弩は、五郎左衛門の手で、既に、十挺あまりまで、増やされていた。焙烙玉も、楠木党残党の面々が、確かに扱えるだけの数が、揃っていた。正俊と清光の一振りも、弥九郎の腰に、しかと、収まっていた。


「忘れ物は、ござりませぬか」


わたしが、そう訊ねると、伊佐次は、笑った。


「姐さんの帳面には、忘れ物など、載りようがござりませぬ」


その言葉に、わたしも、思わず、笑った。


館の門前には、既に、出立する者たちが、次々と、集まりはじめていた。郷田十兵衛、彦次、幸松、亀吉、そして、楠木党残党の面々。皆の顔には、緊張と、確かな決意とが、同時に浮かんでいた。


「殿」


わたしは、弥九郎に、そう声をかけた。


「必ず、皆を、無事に、お連れ帰りくださいませ」


「約束する」


弥九郎は、そう言って、深く頷いた。その目には、これまでにない、確かな覚悟が、宿っていた。


こうして、大野氏攻めの日取りが、正式に定まり、支度は、いよいよ、最後の仕上げへと入っていった。


見送りに出た綾が、弥太郎を抱いたまま、静かに、こちらへ近づいてきた。


「父上を、見送りましょうね」


綾が、そう声をかけると、弥太郎は、小さな手を、懸命に振った。まだ、この別れの意味を、正しくは分かっていないのだろう。それでも、その無邪気な仕草に、わたしは、胸の奥が、締めつけられる思いがした。


「必ず、御無事で」


わたしが、そう言うと、弥九郎は、微かに笑った。


「案ずるな。これまで、しくじったことは、そう多くはない」


「多くはない、というのが、正直なところにござりますね」


その軽口に、弥九郎は、声を立てて笑った。


「相変わらず、手厳しいな」


「手厳しくなければ、殿は、すぐに、油断なさいましょう」


その遣り取りに、周りにいた者たちも、微かに、笑いを漏らした。この張り詰めた出立の朝に、こうした、いつもどおりの軽口が交わされることに、わたしは、少し、救われる思いがした。


船団が、湊を離れていく。その姿が、水平線の向こうに消えるまで、わたしは、舳先の方角を、いつまでも、見つめ続けていた。


傍らに立っていた綾が、静かに、そう声をかけてきた。


「千代殿も、御一緒には、行かれぬのですね」


「はい。此度も、この身は、島で、留守を預かるのみにて」


「寂しゅうは、ござりませぬか」


その問いに、わたしは、少し、考えた。


「寂しさより、案じる思いのほうが、勝っておりまする。ですが、島を守ることもまた、この一党にとって、欠かせぬ役目にござります」


綾は、それを聞いて、深く頷いた。


「留守は、しかと、お預かりいたしましょう。共に、殿の御無事を、祈りましょうね」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。船影が、完全に見えなくなるまで、二人は、並んで、その場に立ち続けていた。弥太郎が、その足元で、まだ、船の去った方角を、指差し続けていた。その小さな指先が、いつまでも、水平線を指し示している様子を見て、わたしは、この子もまた、この一党の行く末を、いつか、その手で、担うことになるのだろうかと、ふと、思いを馳せた。答えの出ぬ問いだったが、いまは、ただ、その小さな指先の温もりを、静かに、見守るしかなかった。綾が、その小さな手を、そっと、包み込むように、握った。その温かな仕草に、わたしも、少し、心が和らぐのを感じた。数えることに慣れた身にも、こうした、何気ない温もりが、確かな支えになっていた。二人は、しばらく、そのまま、湊に、立ち続けていた。


---


夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。


焙烙玉、楠木党残党のみに絞り、試し扱い。幾度もの失敗を経て、実戦に耐えうる精度に達す。弩、常備兵に持たせ、試し撃ち。役割を、はっきりと分ける。城攻めの日取り、七月末と定む。


書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。これまでの支度が、いよいよ、実戦へと繋がっていく。その重みを、あらためて、噛みしめずにはいられなかった。


外では、六月の雨が、いつまでも、静かに降り続いていた

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