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潮を編む――滅んだ小領主の娘、唐土に売られ、海賊の妻となる  作者: ハタ星人


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第十七話 本家、再び危うし

永享二年(一四三〇)九月 伊予国 怒和島 下怒和


弥太郎が、指を一本ずつ折りながら、覚えたばかりの数を、たどたどしく、唱えてみせた。


「ひとつ、ふたつ、みっつ……」


「数えられるように、なったのか」


弥九郎が、珍しく、声を弾ませて、そう言った。


「まことにござりますか」


わたしは、書き物の手を止め、急いで、その場に駆け寄った。弥太郎は、得意げな顔で、こちらを見上げていた。


「もう一度、見せておくれ」


わたしが、そう声をかけると、弥太郎は、機嫌よく笑って、また、同じ数を、一つずつ、指折り数えてみせた。


この子が生まれてから、既に、三年近くが過ぎようとしていた。頭の中の帳に、また一つ、月日を書き足す。又八の死からも、雷の夜からも、既に、これだけが過ぎている。数えることに慣れた頭は、まず、その経過を、勘定として記録していた。


弥太郎は、それから何日も、機嫌よく、指を折っては、数を唱えて見せた。間違えては、また、数え直す。その繰り返しを、綾は、飽きもせずに、見守っていた。


庭先では、鷹丸が、虎王丸に、同じ数え方を教えているのが見えた。かつて、この庭で、十まで数えるのも危うかったあの子が、いまは、年下の子に、根気強く、教える側に回っていた。


「ここで、指を、こう折るのだ」


鷹丸が、そう言って、虎王丸の小さな手を、そっと取った。その姿を見て、わたしは、頭の中で、静かに、月日の重みを、数え直した。


「この子は、間違えても、すぐに、また数え直しますね」


綾が、そう言うと、わたしは、頷いた。


「殿に、よう似ておりまする」


「千代殿にも、よう似ておられます。数え間違えたあと、なぜ間違えたかを、じっと考えるような目をなさる」


その言葉に、わたしは、思わず、笑った。


弥太郎の他にも、この三年のあいだに、島には、幾つもの小さな変化が積み重なっていた。太郎丸と次郎丸の窯は、いまや、白磁を、安定して焼けるようになっていた。正俊と清光の鍛冶場も、当初の衝突を経て、次第に、互いの技を認め合う間柄へと、変わりつつあった。円秀の薬草の知恵も、島の暮らしに、静かに根付きはじめていた。綾も、あの後、三人目の子を、無事に、産んでいた。今度も男子で、名は、竹丸と付けられた。虎王丸・撫子に続く、三人目の賑やかさが、館に加わっていた。


一つ一つは、小さな歩みだった。だが、それらが積み重なった先に、この島は、三年前とは、まるで違う厚みを持つ場所になっていた。


---


弥太郎の成長を見守る、穏やかな日々の裏で、政の側では、静かならぬ動きが、ふたたび、頭をもたげはじめていた。


「本家の様子が、いくらか、きな臭うなってまいりました」


義重が、そう切り出したのは、月に一度の寄合の席でのことだった。


「鶴丸様が、本家の当主として立たれてから、既に、幾年か経ち申した。だが、家中の結束は、いまだ、盤石とは、申せませぬ」


「教通方の残党が、なお、燻っておるのですか」


「はい。あの折の一件——本家当主の暗殺——を、いまだ、忘れておらぬ者たちがおり申す」


その言葉に、わたしは、頭の中で、過去の記憶を、素早く手繰り寄せた。二神本家の当主が何者かに討たれ、鶴丸が、次善の一手として担ぎ出された、あの一件。その裏に、又五郎の存在があったことは、いまも、義重と千代、ごく限られた者だけが知る秘事だった。


---


「教通方が、伊予国内の他の在地武家に、呼びかけをはじめておると聞き申した」


義重は、そう続けた。


「呼びかけ、とは」


「鶴丸様を、正式な当主とは認めぬ、という声を、あちこちで、静かに広めておるようで。表立った動きには、まだ、なっておらぬが」


その報せに、わたしは、頭の帳に、一つの新しい数を書き加えた。二神本家の危機の延長線上に、河野氏そのものの内訌が生じる。これまで、島一つ、家一つの規模で処してきたこの一党にとって、伊予一国を巻き込む争いは、まったく新しい重さを持つ課題だった。


その揺さぶりは、間もなく、はきとした形を取った。教通方に連なる、とある在地武家の使者が、義重の館へ、直に、乗り込んできたのである。


「鶴丸様——いえ、いまの御方の血筋は、あくまで、庶流。教通方の担ぐ御方こそが、当主様の実の孫。血の筋目からすれば、明らかに、こちらに理がござる」


使者は、家中の者たちの前で、はばかりもなく、そう言い放ったという。


「本家の重臣の中にも、耳を傾ける者が、幾人か、出ておるようにて」


義重が、疲れきった顔で、そう報告した。


「はきとは、まだ、寝返ってはおりませぬ。ですが、あの使者の申しよう以来、家中の空気が、目に見えて、揺らいでおり申す」


その報せに、わたしは、深く、息を吐いた。噂として聞くのと、直に、家中の面前で、言い放たれるのとでは、重みが、まるで違った。


---


「詳しゅう、探れるか」


弥九郎が、そう訊ねた。


「松吉に、既に、命じており申す。加えて、熊野三山の網も、この一件では、大いに役立ちましょう」


「熊野の網か。あれは、良い縁を結んだな」


「はい。関所を気にせず動ける者たちがおれば、これまで届かなかった、遠国の噂までも、こちらの耳に入りまする」


数日のうちに、松吉から、詳しい報告が届いた。


「教通方に近しい在地武家が、幾つか、密かに、通じ合うておる様子にござります。表向きは、それぞれ独立した動きに見せかけておりますが、裏では、確かに、繋がっておりまする」


「その筆頭は、誰だ」


「まだ、はきとは分かり申さぬ。ただ、伊予国内の東寄り、大野郷を治める大野氏あたりが、その中心になっておるのではないかと、それがしは、睨んでおり申す」


---


「大野氏、と申すと」


わたしは、頭の中で、その名を、素早く手繰り寄せた。砥部の白土を、これまで幾年も、伊佐次を通じて仕入れてきた、あの土地の主だった。荷を運ぶたび、些少の付け届けは欠かさずにきたが、当主その人の器量までは、まだ、正しく測れていなかった。


「砥部の周辺を治める、古くからの在地武家にござる」


義重が、そう補足した。


「頑固な気性で知られており申す。道理を説いても、力で押し込まれるまでは、決して退かぬという評判にて」


「先代の代より、砥部の地を、一度も、他家に譲ったことがないと聞き申す」


六郎太が、そう付け加えた。


「それほどまでに」


「はい。近隣の国人衆のあいだでも、大野氏との境目の争いは、幾度も繰り返されてきたとか。譲歩を知らぬ家、という評判が、既に、伊予国内では、広く知れ渡っており申す」


その評判に、わたしは、これまで幾度も相対してきた者たちの顔を、頭の中で、並べてみた。柱島や津和地島の乙名のように、あっさりと折れる者もいれば、中島の宗兵衛のように、時をかけて差をつけられ、内側から崩れる者もいた。だが、大野氏という男は、どうやら、そのどちらにも、当てはまらぬ相手のようだった。


だが、頭の中では、もう一つの勘定が、静かに芽生えていた。もし、この大野氏が、教通方に本腰を入れて肩入れするならば、砥部との商いそのものが、危うくなる。白土が届かなくなれば、窯の火は、いずれ、止まる。別子の銅も、新居郡の統治も、この一年あまりで積み上げてきたものすべてが、ただの器の白さ一つのために、揺らぎかねなかった。


まずは、事を荒立てず、内々に、収められぬものか。付け届けを、いま少し厚くし、こちらの側へ、引き寄せる道はないか。だが、それでも動かぬというならば——。わたしは、その先の言葉を、まだ、口には出さなかった。力で言うことを聞かせるという道も、頭の隅には、既に、静かに、書き加えられていた。


「あの意地の張り方は、又五郎に、いくらか、似ておるやもしれませぬな」


わたしが、そう漏らすと、義重は、微かに顔を曇らせた。又五郎の名は、この一党にとって、いまだ、簡単には触れられぬ話題だった。


「似ておるやもしれませぬ。道理を説かれても折れず、力で押し切られるまでは退かぬ。だが、又五郎とは違い、大野氏には、家中を割る内なる縁の縺れは、ござらぬはず」


「それゆえ、より、厄介やもしれませぬな」


わたしは、そう答えながら、頭の中で、この新たな相手の輪郭を、少しずつ、描きはじめていた。


---


「大野氏が、教通方に本腰で肩入れするとなれば、いまはまだ抑えられているこの対立、武力にまで及びかねませぬ」


わたしは、そう続けた。


「河野氏そのものは、既に、二つに割れておりまする。大野氏の力が、教通方に加われば、これまでの均衡が、一気に崩れましょう」


「動き出したら、どうする」


弥九郎が、そう訊ねた。


「動き出すなら、動き出すで、こちらが、その争いの行方を、しかと、握らねばなりませぬ。通春方に肩入れし、教通方を退ける。まずは、それだけにござります」


その答えに、弥九郎は、深く頷いた。


頭の中では、既に、その先の絵図まで、描かれていた。通春方に肩入れし、教通方を退けたその先で、河野氏そのものを、いずれ、一本化する。その道筋は、熊野三山の一件のあと、既に、弥九郎とも語り合っていたことだった。いまさら、改めて口にするまでもない。別子の銅も、新居郡の統治も、熊野三山の縁も、すべては、その絵図のための、礎にすぎなかった。


---


「お前は、いつのまにか、島一つの話ではのうて、一国の話をするようになったな」


弥九郎が、そう言った。もう、驚いてはいなかった。ただ、その声には、いくらかの、感慨のようなものが、滲んでいた。


「殿が、ここまで、一党を大きく育ててこられたゆえにござります。わたくしは、ただ、その先を、数えておるだけにて」


「その先は、どこまで続く」


その問いに、わたしは、しばらく、答えに詰まった。


「分かりませぬ。ただ、いま、目の前にある課題を、一つずつ、片づけていくだけにござります」


弥九郎は、それを聞いて、深く頷いた。


---


寄合が終わったあと、わたしは、鶴丸のもとを訪ねた。既に、十二になった鶴丸は、当主としての振る舞いを、いくらか、身につけはじめていた。


「教通方の動き、既に、御存じでしょうか」


「はい。義重叔父から、聞いており申す」


鶴丸の声には、以前の少年らしさが、いくらか薄れ、当主としての重みが、確かに滲みはじめていた。


「不安は、ござりませぬか」


「不安が、ないと申せば、嘘になりましょう。ですが、千代殿や、弥九郎殿が、これまで、この家を、幾度も、支えてくださいました。此度も、同じであろうと、信じており申す」


その言葉に、わたしは、深く頭を下げた。


「必ず、お支えいたしまする」


わたしは、そう答えた。それから、少し、続けた。


「幸松たちと、これまでも、共に、字と算えを、御学びいただいておりました。ですが、当主として立たれたいま、それだけでは、もう、足りませぬ。月に幾度か、あの席で、しかと、内政の心得も、御教えいたしとうござります。当主として、いずれ、御自身の判断で、事を決めねばならぬ日が、必ず参りましょう。その日のために、いまから、しっかりと、備えておかれるのが、よろしゅうござります」


鶴丸は、その申し出に、素直に頷いた。


「かたじけのう存じます。幸松たちも、これまでどおり、共に」


「はい。あの者たちにも、いずれ、範久様を、お支えする立場になってもらいとうござります。共に、学び続けましょう」


その日から、月に二度ほど、鶴丸と、その傍らに付く幸松、小三郎、亀吉とを、館の一室に集め、これまでの字と算えに加えて、帳の読み方、年貢の勘定、人の使い方といった、内政の心得を、少しずつ、教えることになった。


館を辞する道すがら、義重が、こちらに追いついてきた。


「鶴丸の様子は、いかがでしたか」


「思うたより、しっかりしておられます。もう、少年の目ではのうて、当主の目をしておられました」


「幾年か前、あの子が、姉を思うて泣いておった頃を思えば、随分と、遠くまで来たものにござる」


義重は、そう言って、遠くを見るような目をした。綾の弟として、幼い頃から見てきた鶴丸が、いまや、一国の内訌の中心に立たされている。その巡り合わせの重さを、義重自身、まだ、正しくは受け止めきれていないようだった。


「義重殿は、鶴丸様を、どこまで、お支えになるおつもりですか」


「行けるところまで、にござる。この家のために、それがしにできることは、もう、それしかござらぬ」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。


館へ戻る道すがら、わたしは、頭の中で、教通方の言い分を、あらためて数え直した。血の濃さという一点だけを見れば、教通方の担ぐ孫のほうが、確かに分がある。鶴丸様は、義重様の御子、いわば庶流の出。血の勝負では、いつまで経っても、追いつけぬ差だった。


その夜、板間で、弥九郎に、この思案を切り出した。


「殿。血の濃さで敵わぬなら、別の重みを、鶴丸様に、載せとうござります」


「別の重み、とは」


「大三島の大祝家にござります」


弥九郎は、少し眉を寄せた。


「大山祇神社の、あの家か」


「はい。この瀬戸内一円、いずこの武家も、大山祇神社の御神威には、一目置いておりまする。あの家との縁が結ばれれば、鶴丸様の御立場に、血とは別の重みが加わりましょう」


「縁を結ぶ、とは、婚姻のことか」


弥九郎が、そう確かめた。


「はい。ただし」


わたしは、少し間を置いてから、続けた。


「悠長に、時をかけてはおられませぬ。教通方が、いままさに、血の濃さを盾に、揺さぶりをかけてきておりまする。ならば、こちらも、いま、すぐに、動かねばなりませぬ」


「すぐに、とは」


「許婚の、披露にござります」


その一言に、弥九郎は、少し考える顔をした。


「元服の折に、既に、大祝家との縁は、それとなく、示しておいたはずだが」


「はい。ですが、あのときは、まだ、姫君の年頃も定まらず、あくまで、含みを持たせた程度にござりました。此度は、正式な許婚として、確かな形に、仕上げとうござります」


「なるほど。教通方が、いま、まさに血の濃さで攻めてきておるからこそ、いま、この一手を、確かな形にして、突きつける、というわけか」


「はい。同じ物差しで争えば、こちらに分はござりませぬ。ならば、物差しそのものを、もう一つ、しかも、急ぎ、確かな形にするほかござりませぬ」


その言葉に、弥九郎は、微かに笑った。


「お前らしい、捻れた、しかも、せっかちな手だ」


「せっかちにも、ならざるを得ませぬ。時が、こちらの味方をしてはくれませぬゆえ」


この一手には、もう一つ、確かな効能があった。二神本家を、力ずくで乗っ取るのではなく、こうして、筋目を、丁寧に、立てていく。その姿勢を、通春様も、遠くから、見ておられるはずだった。乗っ取りを企む一党であれば、いずれ、警戒され、手を引かれてもおかしくはない。だが、名目さえ、確かに、立て続けていれば、通春様も、いくらか、安んじて、弥九郎という駒を、使い続けられよう。それもまた、この先、河野氏そのものへ深く関わっていく上で、欠かせぬ土台だった。


---


「披露の場には、誰を招く」


弥九郎が、そう訊ねた。


「家中の主だった者、すべてにござります。それに」


わたしは、少し言葉を選んだ。


「殿にも、その場に、確かに、お立ちいただきとうござります。表向きは、義重様が仕切る、あくまで本家の慶事という形で。ですが、殿が、その場に、確かに立たれていたという事実だけで、家中の見る目は、また、違うてまいりましょう」


弥九郎は、それを聞いて、深く頷いた。


「義重様には、いつ、お伝えする」


「近いうちに。大祝家への使いも、あわせて、急ぎ立てとうござります。姫君の年頃も、既に、伊佐次に、それとなく確かめさせており申す。ちょうど、よき頃合いにて」


「気の長い話が、今度は、えらく気の短い話になったな」


「はい。ですが、急ぐべきときに急がねば、この一党のやり方そのものが、疑われましょう」


---


夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。


弥太郎、初めて歩く。同じ日、本家の危機、再び頭をもたげる。教通方、伊予国内の在地武家に呼びかけ。大野氏、その中心と睨む。河野氏そのものの内訌へと、育ちうる兆し。大祝家との許婚を、正式な形に仕上げ、あらためて披露する策、殿の御了解を得る。


書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。慶事と、政の危機とが、同じ日に、同じ帳の中に並ぶ。この一党にとって、それは、もはや、珍しいことではなかった。


弥太郎が、隣の間で、また、よちよちと歩く音が聞こえた。この子が、大人になる頃、この島は、いったい、どれほどの広さを持つ場所になっているだろうか。答えの出ぬ問いを、わたしは、そっと、帳の隅に置いた。


弥九郎が、部屋の外から、声を掛けてきた。


「まだ、書いておるのか」


「はい。大野氏のこと、まだ、頭の中で、うまく形になりませぬ」


「厄介な相手か」


「厄介にござります。これまでの相手とは、どうも、気質が違うようで」


その夜、松吉が、大野氏についての、さらに詳しい報せを携えてきた。


「大野氏の家中は、当主を中心に、固く結束しておるようにござります。付け入る隙は、いまのところ、見当たり申さぬ」


「家中に、不満を持つ者は、おらぬのか」


「いまのところは、おらぬ様子にて。ただ、これから先、戦が長引けば、また、話が変わってくるやもしれませぬ」


その報告に、わたしは、頭の中で、幾つかの手を、あらかじめ、並べておくことにした。道理で動かぬなら、時をかけて、内側からの綻びを待つ。あるいは、力でもって、決着をつける。どちらの道も、いまは、まだ、はきとは選べなかった。


弥九郎は、しばらく、黙って、こちらの隣に腰を下ろした。


「厄介な相手ほど、時をかけねばならぬのだろう」


「はい。急いては、しくじりまする。まずは、じっくりと、相手を測ることから、始めとうござります」


「お前のやり方に、任せる」


その一言に、わたしは、深く頷いた。数えることに慣れた頭でも、まだ、正体の見えぬ相手がいる。それを、正直に認めることもまた、この一党を保つための、確かな知恵だった。


その夜、弥太郎を寝かしつけながら、わたしは、この子が、いずれ、大野氏のような、筋を通す生き方をする者に育つのか、それとも、勢いを読んで動く、こちらの側の生き方をする者に育つのか、ふと、考えた。


答えの出ぬ問いだった。だが、この子が、どちらの道を選ぶにせよ、恥じぬ生き方をしてほしいと、そう、静かに願わずにはいられなかった。


弥太郎は、既に、すやすやと、寝息を立てていた。その寝顔を見つめながら、わたしは、しばらく、動けずにいた。政の重さと、母としての情と、その両方を、同じ胸の内に、抱え続ける日々が、これからも、続いていくのだろう。数えることに慣れた頭の中で、大野氏という新たな相手の輪郭は、まだ、ぼんやりとしたままだった。だが、この一党が、これまで幾度も繰り返してきたように、時をかけ、丁寧に、その輪郭を、いずれ、確かなものにしていくつもりだった。


正俊と清光も、この頃には、既に、互いの技を、少しずつ、認め合うようになっていた。


「大野氏攻略の折には、我らの武具も、力になれましょうか」


清光が、そう申し出た。


「無論だ。だが、いまは、まだ、数を揃える段階ではない。まずは、様子を見極めよう」


弥九郎は、そう答えた。その言葉に、清光は、深く頷いた。


「それがしと、正俊殿とで、いずれ、揃いの武具を、鍛えとうござる」


「揃いの武具、とは」


「量を鍛える技と、質を極める技と。両方を併せ持つ武具にござる」


その申し出に、正俊も、頷いた。


「面白い試みにござるな。やってみようぞ」


二人の間柄が、対立から、協力へと、確かに、変わりつつあることを、わたしは、その遣り取りから、静かに感じ取っていた。


外では、九月の夜風が、いくらか涼しく吹きはじめていた。

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