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潮を編む――滅んだ小領主の娘、唐土に売られ、海賊の妻となる  作者: ハタ星人


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第十二話 白く硬い、ただの器ではない

応永三十四年(一四二七)十二月 伊予国 怒和島 下怒和


十二月の半ば、わたしは、男子を産んだ。


産みの苦しみそのものは、この帳には、あえて詳しくは記さない。ただ、事が済んだあと、綾が、真っ先に駆けつけ、赤子を抱いて、「よう似ておられます、お二人に」と、静かに微笑んだことだけは、書き留めておきたい。


名は、弥九郎が付けた。


「弥太郎、でどうだ」


その名を耳にした瞬間、頭の奥で、何かが、小さく、音を立てた。


弥太郎。島門で死んだ、実の兄と、同じ名だった。


弥九郎は、無論、そのことを知らない。ただ、自分自身の名の一字から、思いつくままに、選んだにすぎなかった。それだけの、ただの巡り合わせだった。だが、数えることに慣れたはずのこの頭が、この一致に、気づかずにいられるはずもなかった。わたしは、しばらく、声を出せずにいた。


「弥九郎様の、弥の字にござりますね」


ようやく、そう答えた。声は、いつもどおりに、平静を保てていたはずだった。


「虎王丸には、元服の折に、定の字を継がせる。あれは、この家の跡目に継がせる字だ。ならば、弥の字は、こちらの子に渡せばよかろう」


その言葉に、わたしは、何かを言おうとして、やめた。名を継ぐという行いの重さを、この男は、いつも、こちらの想像より、深く量っていた。


「義重様の義の字と合わせて、兄君には義と定、弟君には弥。字を分けて、お持たせになるのでござりますね」


「そうだ。どちらも、俺の名だ。二人に分けて持たせる。それでよかろう」


弥九郎は、そう言って、初めて赤子を抱き上げた。その腕の中で、弥太郎は、しばらく、ぐずっていたが、やがて、静かに眠りに落ちた。


「軽いものだな」


「軽うても、確かな重みを、これから、幾つも背負うていく身にござります」


「お前は、赤子を抱いても、そういうことを言うのだな」


「性分にござります」


弥九郎は、それを聞いて、微かに笑った。その笑い方には、呆れと、いくらかの慈しみとが、同時に滲んでいた。


床上げまでの数日、綾は、幾度も、こちらの部屋を訪ね、赤子の世話を手伝ってくれた。


「この子は、きっと、殿にも、千代殿にも、よう似た子になりましょう」


「似ぬほうがよいところも、あるやもしれませぬ」


「そういうところが、既に、千代殿に、よう似ておりまする」


その言葉に、わたしは、思わず、笑ってしまった。


産後の肥立ちを待つあいだにも、頭の中では、幾つもの帳が、休みなく回り続けていた。又八の死から、ひと月あまり。あの磁石を、まだ、使わぬままにしておくわけにはいかなかった。


---


産後、床上げをするより早く、わたしは、窯場に足を運んだ。弥九郎には、幾度も止められたが、太郎丸と次郎丸が、あの磁石の棒を、既に使いはじめていると聞いて、居ても立ってもいられなかった。


「姐さん、まだ、お体が」


太郎丸が、驚いた顔で、そう言った。


「見るだけにござります。無理はいたしませぬ」


窯場の隅では、細かく砕いた素地の泥水に、磁石を浸し、鉄の粉を吸い寄せる作業が、幾度も繰り返されていた。


「これで、どれほど、鉄分が抜けた」


「以前より、確かに、白うなり申した。ですが」


太郎丸は、そこで、言葉を濁した。


「ですが、何か」


「実は、この磁石を得ただけでは、まだ、足りぬのやもしれませぬ」


その言葉に、傍らに控えていた呉徳全が、静かに頷いた。


---


「鉄分を除いた素地を、いつもどおりの登り窯で、試しに焼いてみたのだが」


呉徳全は、そう言って、焼き上がったばかりの器を、一つ、こちらへ差し出した。


その器を、光にかざしてみると、確かに、以前より、ずっと白かった。だが、よく見ると、あちこちに、黒ずんだ斑点が浮かんでいた。加えて、薄手に作った部分は、わずかに、歪んでいた。


「これは」


「松煙の煤が、骨灰を含む土と混じり合い、こうして黒ずみを生む。それに、窯の中の火は、思うておるより、ずっとむらがある。最も熱の高いところと、隅とでは、幾十度もの差が出る。薄い器は、それに耐えかねて、己の重みで歪む」


呉徳全は、そう言って、器を、指先で、そっと撫でた。


「これしきのこと、徳化では、童でも知っておる」


その一言に、いくらか、呆れた響きがあった。だが、責める色ではなかった。むしろ、当然のことを、当然のように語る、確かな重みがあった。


---


「では、いかがすれば」


太郎丸が、身を乗り出して、そう訊ねた。


「窯そのものを、作り替えねばならぬ。これは、土でも、磁石の力でもない。窯が、悪いのだ」


呉徳全は、そう言い切った。


「なぜ、それを、もっと早うに、お教えくださらなんだのですか」


わたしが、そう訊ねると、呉徳全は、少し、決まりの悪そうな顔をした。


「窯を丸ごと作り替えるほどの大仕事だ。磁石の目処すら立たぬうちに、口にしても、絵空事にしか聞こえまい。土台となる土と、磁石とが、まず、ある程度、形になってから初めて、窯の話をするのが順序だと、そう思うておった」


「では」


「うむ。ようやく、その順が、巡ってきたということだ」


呉徳全は、そう言って、静かに頷いた。


「炎を直に当てず、外の燃焼室と、器を焼く内の室とを、耐火の壁で、しかと隔てる。輻射の熱だけで、包み込むように焼く窯だ。故郷の窯場では、これを、間接に焼く窯と呼んでおった」


その語り口には、迷いも、遠慮もなかった。ただ、幾十年、本物の白磁を焼き続けてきた者だけが持つ、揺るがぬ確かさがあった。


わたしは、その様子を見ながら、頭の中で、ふと、自分自身のやり方と、重なるものを感じた。出典を明かさず、ただ、知っていることを言い切る。その遣り方を、わたしは、幾度も、この島で使ってきた。だが、いま、呉徳全がしているのは、それとは、少し違っていた。彼には、出典を隠す理由すらなかった。ただ、専門家として、当然のことを、当然のように語っているだけだった。


---


「その窯を、築くには、何が要る」


弥九郎が、そう訊ねた。


「まず、耐火に耐える煉瓦だ。だが、いまの島の技では、まだ、炎の色が白く尖るあたりで、崩れよう。段を踏んで、耐える力を上げていかねばならぬ」


呉徳全は、そう言って、太郎丸と次郎丸に、順を追って説きはじめた。


赤土に川砂と刻み藁を混ぜた、素朴な煉瓦から始める。次に、鉄分の少ない白い粘土に、既に焼き締めた陶片を砕いた粉を混ぜ、収縮とひび割れを抑える。さらに、水に溶いて不純物を除いた粘土と、粒を揃えた砕き粉とを、密に組み合わせる。最後に、最も純度の高い白土と、珪石の粉とを、灰も塩気も一切加えずに、練り上げる。


「この最後の一段で、ようやく、白磁を焼くに足るだけの、いちばん厳しい熱にも、崩れずに、耐えられるようになる」


「一段ずつ、確かめながら、進めねばならぬのですね」


次郎丸が、そう訊ねると、呉徳全は、深く頷いた。


「急いては、必ず、しくじる。だが、しくじりながら進むよりほかに、道はない」


---


わたしの役目は、この耐火煉瓦の技そのものには、口を出さぬことだった。専門の技は、既に、呉徳全のものだった。わたしにできるのは、砥部から運ばせる白土、珪石、そして松脂の手配を、滞りなく差配することだけだった。


「材料は、幾らでも、揃えまする。どうか、存分に、お進めくださいませ」


わたしが、そう告げると、呉徳全は、微かに笑った。


「あんたは、いつも、そうやって、こちらの仕事の外側だけを、きちんと固めてくれる。有難いことだ」


その言葉に、わたしは、少し胸が温かくなった。技を渡す側と、渡される側という、以前の危うい間柄は、いつのまにか、確かな信頼へと、変わっていた。


弥太郎を抱えながら、材料の帳面と、窯場の進み具合とを、同時に見比べる日々が続いた。乳母に任せきりにはせず、乳をやる合間にも、伊佐次の運んでくる砥部の白土の量を検め、珪石の質を確かめた。


「姐さんも、産後というに、よう働かれる」


伊佐次が、そう言って、少し心配そうな顔をした。


「体は、思うたより、丈夫にできておるようにござります。それに、数えることを、止める理由には、なりませぬ」


「お体、大事になさりませ」


「案ずるな。無理をしておるつもりはない。ただ、数えるべきことが、いつまでも、尽きぬというだけのことじゃ」


伊佐次は、それ以上、何も言わず、深く頭を下げて、砥部への使いに戻っていった。


---


耐火煉瓦の試みは、幾月にもわたって、幾度も、失敗を重ねた。焼いた端から、ひびが入る。窯に組み上げた途端に、崩れる。それでも、太郎丸と次郎丸は、一段ずつ、着実に、その技を、我が物にしていった。


第一段の赤土の煉瓦は、案外あっさりと形になった。だが、第二段の、砕いた陶片の粉を混ぜる段になると、粒の粗さが揃わず、幾度も、焼く前から、ひびが入った。


「粒を、もっと細こう、揃えねばならぬ」


呉徳全は、そう言って、水簸の桶を、幾つも並べさせた。水に溶いた土を、幾度も、上澄みだけを掬い取る。その根気仕事を、太郎丸と次郎丸は、幾日も、黙々と続けた。


「これほど、手間のかかる仕事とは、思うており申さなんだ」


太郎丸が、疲れた顔で、そう漏らした。


「手間を惜しめば、その分、窯が応えぬ。窯は、正直なものだ」


呉徳全は、そう答えた。その一言に、太郎丸は、黙って頷き、また、水簸の作業に戻った。


第三段、第四段と進むにつれ、失敗の度合いは、むしろ、深刻になっていった。せっかく組み上げた窯が、火入れの途中で、大きく崩れ落ちたこともあった。そのたびに、太郎丸と次郎丸は、落胆しながらも、崩れた煉瓦の欠片を、一つ一つ、丁寧に検め、何が悪かったのかを、根気強く、探り続けた。


燃料には、松薪と、既に太郎丸たちが焼き続けてきた備長炭とを、使い分けることにした。常温から九百度あたりまでは、松薪で一気に温め、そこから先の最も高い熱の頃合いは、備長炭に切り替える。煤をほとんど出さぬ備長炭が、輻射の熱で、窯の内をむらなく包み込んでいく。


「以前、別の用向きのために焼きはじめた炭が、まさか、こうして、白磁のためにも使われる日が来ようとは」


伊佐次が、その様子を見ながら、しみじみと、そう言った。呉徳全に聞かれても差し支えのない、言葉を選んでのことだった。


「一つの技は、思わぬところで、また別の役に立つ。この島に来てから、幾度も、そう学んでまいりました」


わたしは、そう答えながら、頭の中で、この技術の連なりを、あらためて数え直した。


---


そんな折、新居郡から、伊佐次を通じて、一つの報せが届いた。


「先だって招いた酒造りの職人が、ひとまず、最初の一樽を仕上げたとのこと」


伊佐次が、そう告げた。


「どのような出来じゃ」


「濁り酒として、上々の出来栄えだそうにて。味も、確かなものだと聞き及んでおります」


その報せに、わたしは、しばらく、考え込んだ。頭の奥に、前の生で読みかじった、ある知恵が、ふと、浮かび上がってきた。濁った酒に、木灰をひとつまみ入れれば、濁りのもとが、底に沈み、澄んだ酒になる——そういう話を、どこかで、確かに、目にした覚えがあった。


「試してみたいことがある。窯場の備長炭の灰を、少し、分けてもらえるか」


伊佐次は、怪訝な顔をしながらも、頷いた。


「灰、にござりますか」


「うまくいくかどうかは、まだ、分からぬ。だが、試してみる値打ちはある」


数日後、樽の一つに、細かく漉した灰を、ひとつまみ、静かに加えさせた。一晩、置く。翌朝、様子を見に行かせると、樽の底に、白っぽい澱が、確かに沈んでいたという。上澄みを、そっと汲み出してみると——透き通った、琥珀色の酒が、そこにあった。


「これは……」


伊佐次が、その報せを持ち帰りながら、言葉を失っていた。


「濁りのない酒など、それがし、生まれてこの方、一度も、目にしたことがござりませぬ」


その言葉に、わたしは、深く頷いた。奈良の大寺院が誇る僧坊酒でさえ、なお、微かな濁りを残していると聞く。この国のどこにも、いまだ、これほど澄み切った酒は、存在していないはずだった。


「わたくしも、同じにござります。此度、初めて、この目で、見たものにござります」


わたしは、届けられた一杯を、光にかざしてみた。だが、灰の量は、まだ、勘に頼った、いい加減なものだった。多すぎれば、味が損なわれるかもしれない。少なすぎれば、澄みきらぬかもしれない。この加減を、確かなものにするには、まだ、幾度も、試しを重ねる要があった。


「うまい按配を、これから、探っていかねばならぬ。急いては、しくじろう」


伊佐次は、深く頷いた。窯場の灰と、酒樽と。まったく別の場所で育った二つの技が、ここで、思いがけず、一本の糸で繋がった。その巡り合わせに、わたしは、密かに、心が躍るのを感じた。


---


年が明け、応永三十五年(一四二八)の春、ようやく、間接に焼く窯が、完成した。


火入れの日、太郎丸と次郎丸、呉徳全、そして弥九郎とわたしとが、窯の傍らに集まった。覗き穴から漏れる光の色を、呉徳全が、じっと見つめていた。


「まだだ。もう少し、熱を上げる」


その一言に、太郎丸が、鞴を、さらに強く動かした。


三日三晩、火を落としたのちの徐冷を経て、ようやく窯出しの朝を迎えた。


窯の扉が開かれると、そこには、煤の汚れひとつない、透き通るような乳白色の器が、幾つも並んでいた。


「これは……」


弥九郎が、その一つを手に取り、光にかざした。指の影が、器の向こうに、うっすらと透けて見えた。


「唐物にも、劣りますまい」


わたしは、そう言った。声が、微かに震えていた。


「骨灰を混ぜた素地は、焼き締まる熱が、低うござります。それゆえ、この薄さまで、窯の火に耐えられたのでござりましょう」


太郎丸が、そう言って、器の縁を、指で弾いた。澄んだ音が、窯場に、細く響いた。


呉徳全は、しばらく、その器を見つめたまま、何も言わなかった。やがて、静かに、目元を拭った。


「故郷の窯で見た、あの白さと、同じだ」


その一言に、太郎丸と次郎丸も、こらえきれぬように、涙をこぼした。


---


窯出しのあと、弥九郎は、しばらく、その白磁の器を、手放さなかった。


「これほどの品を、この島で焼けるようになるとは、正直、思うておらなんだ」


「わたくしも、道半ばで、幾度も、無理かもしれぬと思うたことがござります」


「それでも、投げ出さなんだな」


「投げ出せば、又八の死も、これまでの皆の辛抱も、すべて、無駄になりましょう」


その言葉に、弥九郎は、深く頷いた。


「これを、まず、誰に贈る」


「まずは、通春様に、一つ。それから、大山祇神社にも一つ。あとは、紀伊のほうへも、いずれ、様子を見ながら、誼を通じておきとうござります。名のある社寺かどうかは、まだ存じませぬが、贈って損になる相手ではございますまい。新居郡は、いまや、こちらが治める身。あの地の衆には、贈るというより、これから、共に、育てていく相手にござります」


「相変わらず、抜け目のないことだ」


「抜け目なく振る舞わねば、又八の死に、報いることができませぬゆえ」


弥九郎は、それを聞いて、しばらく、黙っていた。


「お前のそういうところが、時に、恐ろしく、時に、頼もしい」


「どちらも、同じわたくしにござります」


その夜、灯芯を整えながら、帳に、この日のことを書き留めた。


耐火煉瓦、四段を経て完成。間接に焼く窯、火入れに成功。真の白磁、ついに焼き上がる。呉徳全の教え、太郎丸・次郎丸に、確かに根付く。


書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。この白さの裏には、又八の命があり、久蔵の一族の幾代にもわたる辛抱があり、呉徳全の、故郷を離れてなお持ち続けた誇りがあった。一つの器の中に、これほど多くの人の生が、静かに溶け合っている。


弥太郎が、隣の寝床で、小さく泣き声を上げた。わたしは、その声に、筆を置いた。数えることと、抱き上げることと、この夜は、その両方を、同じ手でしなければならなかった。


阿蓮が、明との商いの窓口として、この白磁の器を、一つ、検分しに訪れた。


「値打ちは、どれほどになりましょうか」


わたしが、そう訊ねると、阿蓮は、しばらく、品を検分してから、答えた。


「唐物の並の品と、変わらぬ値がつくだろう。いや、この珍しさを思えば、それ以上の値も、つくかもしれん」


「ただし、この一件は、まだ、当分、表には出せませぬ」


わたしが、そう言うと、阿蓮は、少し、驚いた顔をした。


「なぜだ」


「唐物にも劣らぬ器を、いち早地に焼く島がある、などという噂が、迂闊に広まれば、この島が、それだけの値打ちを持つと、あちこちに、教えて回るようなものにござります。大内様も、細川様も、黙ってはおられますまい」


「なるほどな。宝は、隠しておいてこそ、宝だ」


「はい。売るにしても、ごく僅かずつ、出所を、はきとは分からぬようにして。量は、まだ、限られておりますゆえ、それで、当面は、十分にござります」


その言葉に、阿蓮は、深く頷いた。


「量が少ないほど、かえって、値が上がるものだ。焦らず、静かに、世に出していくのが、よかろう」


その助言に、わたしは、深く頷いた。阿蓮の商いの勘は、いつも、確かなものだった。


「もう一つ、頼みたきことが」


わたしは、そう続けた。


「明の蚕の卵を、手に入れられぬものか」


阿蓮は、意外そうな顔をした。


「蚕か」


「この国の蚕は、糸が太う、色も濁っており申す。明の、ことに江南の蚕は、白う、細い糸を吐くと聞いており申す。その卵を、少しでよいゆえ、密かに、運んでもらいとうござります」


「蚕の卵の持ち出しは、明でも、固う禁じられておる。見つかれば、只では済まん」


「それゆえに、値は、はずみまする。かさばるものではござりませぬ。卵を産みつけた紙を、竹筒にでも収め、涼しい場所に置いておけば、孵らずに、しばらく保ちましょう」


阿蓮は、しばらく、考え込んでいたが、やがて、頷いた。


「伝手を、あたってみよう。時は、いくらか、かかるがな」


「急ぎませぬ。桑を育てるだけでも、幾年もかかりましょうゆえ」


その言葉に、阿蓮は、微かに笑った。


「あんたは、いつも、先の先まで、見ておるな」


「見ておかねば、この島は、いつまでも、唐物を仰ぎ見るだけの島に、留まりましょう」


窯場では、太郎丸と次郎丸が、次の焼成に向けて、既に、準備を進めていた。


「一度、成功したからには、次も、必ず、成功させとうござります」


太郎丸が、そう意気込みを語った。


「一度の成功が、まぐれでないことを、確かめねばなりませぬ」


呉徳全が、そう釘を刺した。


「技というものは、二度、三度と、繰り返し確かめて、初めて、己のものになる。一度の成功に、浮かれてはならぬ」


その言葉に、太郎丸と次郎丸は、身を引き締め、深く頷いた。


外では、応永三十五年の、まだ肌寒い春の風が、静かに吹いていた。

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