五部 第一話 実らぬ帳
応永三十四年(一四二七)三月 伊予国 怒和島 下怒和
朝のうちに、雨が上がった。
濡れた庭石に、日が当たりはじめている。わたしは館の縁に座って、膝の上に帳面を広げていた。塩の売れ高。別子からの木材の入り。屯田に回す男たちの数。数えるものは、いつまでも尽きなかった。
だが、その日は、帳面の文字が、いつもより頭に入ってこなかった。
月のものが、また遅れていた。
指を折って数え直す。一度や二度のことなら、気に留めもしない。だが、これで、幾月になるだろうか。数えるたびに、指の先が、少し冷たくなった。
誰にも、言えなかった。
弥九郎にも、綾にも。言葉にした途端、それが確かなものになってしまう気がした。あるいは、確かめて、また外れたときの落胆を、これ以上重ねたくなかった。四年のあいだ、幾度も同じ思いを繰り返してきた。石女という言葉が、頭の隅で、いつまでも消えずにいた。
一度、祝言から一年ほどが過ぎたころ、老いた乳母が、そういう言葉を口にしたことがあった。悪気のない、ただの世間話としてだった。だが、その一言は、ずっと胸の底に居座り続けた。数えることには自信があった。潮の表も、木の生え方も、人の心の動きも、幾らかは読み解けるようになった。それなのに、この一事だけは、どれほど数えても、答えが出てこなかった。月のものが来るたびに、外れたという事実だけが積み重なり、来ないたびに、また淡い望みを抱いては、結局はまた同じ落胆に行き着く。その繰り返しに、いつしか、期待すること自体を、なるべく避けるようになっていた。
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帳面を閉じて、しばらく庭を眺めていると、綾が、機を織る手を止めて、こちらへやってきた。
「近ごろ、顔色が優れませぬね」
「そのようなことは」
「隠さずとも、よろしゅうございます」
綾は、そう言って、隣に腰を下ろした。既に一人、子を産んでいる女の目は、こちらが思うより、多くのことを見て取っていた。
「月のものが、遅れておいでですか」
その一言に、わたしは、思わず綾の顔を見た。
「なぜ、それを」
「顔を見れば、分かります。わたくしも、同じ道を通りましたゆえ」
綾は、そう言って、少し微笑んだ。
「医者に、診てもらわれましたか」
「いいえ、まだ」
「診てもらうべきです。案じているだけでは、何も定まりませぬ」
その言葉は、いつもの、こちらが綾に掛けてきた台詞と、ほとんど同じだった。数え、確かめ、動く。それを教えてきたはずの相手に、今度は、自分が教えられていた。
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その翌日、行然の伝手で招いた医師に、診てもらった。年老いた医師は、脈を取り、しばらく黙り込んでから、静かに告げた。
「懐妊にござりましょう」
その一言を聞いた瞬間、頭の中で組んでいたはずの数が、すべて止まった。
長いあいだ、恐れていた言葉ではなかった。むしろ、長いあいだ、諦めかけていた言葉だった。石女という言葉に、幾度も夜中に目を覚まし、幾度も、自分の腹に手を当てて、何も応えのないことを確かめてきた。その答えが、ここへ来て、初めて違う形で返ってきた。
「確かにござりますか」
念を押すと、医師は、深く頷いた。
「脈の乱れ方、腹の張り方、いずれも、懐妊の兆しにござります。あと二月もすれば、はっきりといたしましょう」
「これまでの月々の遅れは」
「懐妊のたびに、そういうことは、よくござります。人の体は、思うたよりも、正直に出来てはおりませぬゆえ」
医師は、そう言って、静かに笑った。
「案ずることはござりませぬ。ただし、初めのうちは、無理をなさらぬこと。重い荷を運ぶ、長く船に乗る、そういうことは、当分、控えられたほうがよろしゅうござります」
「分かり申した」
そう答えながら、頭の中では、既に、これから幾月かの段取りを、組み直しはじめていた。別子への渡り、六島の見回り、河野方への使い。これまで、自らの足で確かめてきたことの幾つかを、誰かに任せねばならなくなる。喜びと同時に、そういう算段が、勝手に頭を巡りはじめる自分に、少し呆れもした。
礼を言って、医師を送り出したあと、わたしは、しばらく、その場から動けなかった。
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その夜、帳を広げる手が、いつもより、わずかに震えていた。
書き記すべきことは、いくらでもあった。塩のこと、木材のこと、屯田のこと。だが、その日、真っ先に手が動いたのは、そのどれでもなかった。
懐妊、判明。
たった四文字を書き記しただけで、それ以上、続きの言葉が出てこなかった。喜びを、どう文字にすればよいのか、分からなかった。数えることには慣れていても、数えられぬものを書き記す作法は、まだ、身についていなかった。
結局、その夜は、それ以上、何も書き足さなかった。灯りを消す前に、もう一度だけ、その四文字を見つめた。四年のあいだ、この四文字が来るとは、正直、思っていなかった。
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弥九郎に伝えたのは、その翌朝だった。
朝餉の席で、他の者が下がったのを見計らって、わたしは、静かに切り出した。
「殿に、申し上げたきことが」
「なんだ、あらたまって」
「懐妊にござります」
弥九郎は、箸を持ったまま、しばらく動きを止めた。
「懐妊、と申したか」
「はい」
「まことか」
「医者に診てもらい申した。間違いなかろう、と」
弥九郎は、箸を膳に置いた。それから、何か言おうとして、言葉に詰まり、また口を開いては、また閉じた。海の上では、いかなる荒れた場でも動じたことのない男が、その朝ばかりは、次に何をどう言えばよいのか、分かりかねている様子だった。
「そうか」
ようやく、それだけを口にした。
「そうか。……そうか」
同じ言葉を、二度、三度と繰り返した。それから、不意に、こちらの手を取った。武骨な、潮に灼けた手だった。その手が、いつもより、わずかに、震えているように感じられた。
「よう、生きて、報せてくれた」
その一言に、わたしのほうも、不意に、胸の奥が熱くなった。
その夜、二人だけの部屋で、弥九郎は、いつになく、こちらの顔を、じっと見つめていた。
「何を、そう見つめられます」
「いや。お前が、こういう顔をするのを、初めて見た気がしてな」
「どういう顔にござりますか」
「安堵しきった顔だ。数を組んでおらぬ顔、と言うたほうが早いか」
「殿の前でだけは、数を忘れても、よろしゅうござりましょう」
そう返すと、弥九郎は、声を立てて笑った。
「相変わらず、減らず口だけは、達者だな」
「減らず口を叩けるうちは、まだ、大事ないということにござります」
その遣り取りに、二人とも、しばらく、笑い合った。武骨な男の胸に、その夜だけは、素直に身を預けた。
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その日の午後、綾が、また機の手を止めて、こちらへやってきた。医師から聞いたのだろう、既に、事の次第を知っている顔をしていた。
「おめでとうございます」
「まだ、油断はできませぬ。始めのうちは、何が起きるか分かりませぬゆえ」
「それでも、まずは、喜んでよろしゅうございます」
綾は、そう言って、こちらの手を取った。
「悪阻は、まだございませぬか」
「いいえ、まだ」
「じきに参りましょう。わたくしのときは、酸っぱい物ばかり欲しゅうなりました。人によって、様々にございますが」
「腹帯は、いつごろから」
「五月に入ってからでよろしいかと。あまり早くから締めますと、かえって障ります」
綾の口から出てくる話の一つ一つが、これまでのわたしにとって、まるで異国の言葉のようだった。数えることには慣れていても、この手の作法には、まったく疎かった。さよがいれば、こういうことを、もっと気安く聞けたのだろうか。ふと、そんなことを思った。だが、さよはもういない。その空いた場所を、いま、綾が、静かに埋めてくれていた。
「綾殿には、いつも、教えられてばかりにござります」
「わたくしとて、千代殿から教わったことのほうが、よほど多うございます。田のこと、機のこと、算段のこと。今度は、わたくしが、お返しする番にございましょう」
その言葉に、わたしは、素直に頷いた。
ふと、さよのことを思い出した。生きていれば、こういうことを、いちばん先に打ち明けたい相手だったろう。同じ年頃の女として、腹の子のことも、悪阻のことも、遠慮なく話せた唯一の相手だった。だが、さよはもういない。その代わりに、赤間関での再会の際に託された鷹丸が、いま、この館で育っている。さよの子と、これから生まれる自分の子と。血の繋がらぬ二人の子が、いずれ、同じ庭で共に育っていくことになる。その巡り合わせを思うと、寂しさと、不思議な温かさとが、同時に胸に満ちた。
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その日のうちに、伊佐次と松吉にも、弥九郎の口から、事の次第が伝えられた。
「姐さんが、御懐妊、にござりますか」
松吉が、素っ頓狂な声を上げた。それから、慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「これは、祝着至極に存じ上げます」
「大袈裟にせずともよい」
わたしがそう言うと、伊佐次が、横から口を挟んだ。
「大袈裟にもなり申そう。この一党にとって、殿の血を継ぐ子が生まれるとなれば、これほどめでたい話は、ござりませぬ」
その言葉に、わたしは、少し考え込んだ。伊佐次の言うとおりだった。これは、わたし一人の喜びでは済まない。この一党全体の行く末に関わる話でもあった。綾の子が既にいる以上、この子が家督を継ぐわけではない。だが、殿の血を引く子が、もう一人増える。その意味を、島の者たちが、どう受け止めるか。喜びの裏で、頭の一部は、既にそのことを数えはじめていた。
「めでたい話であることに、変わりはない。だが、いまは、まだ、内々に留めておきたい。何が起こるか、まだ知れぬゆえ」
「承知いたしました」
伊佐次と松吉、二人とも、神妙な顔で頷いた。だが、その帰り際、松吉が、こらえきれぬというふうに、口元を緩めているのが見えた。
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夕刻、幸松が、年少の子らを連れて、庭で数の数え方を教えている姿が見えた。鷹丸も、綾の子・虎王丸も、その輪の中に混じっていた。まだ四つ、三つの幼い子らが、幸松の教える数え方を、覚束ない口ぶりで真似ていた。
「一、二、三……」
鷹丸が、指を折りながら、たどたどしく数えている。途中で数を見失い、幸松の顔を、困ったように見上げた。傍らで、虎王丸も、真似をして、指を折っていた。
「五の次は」
「六にござります」
幸松が、根気よく、繰り返し教えている。その様子を、少し離れた縁側から眺めていると、幸松が、こちらの視線に気づいて、笑いかけてきた。
「虎王丸様は、鷹丸より、いくらか、覚えが早うござります」
幸松が、そう言うと、虎王丸は、少し得意げな顔をした。綾と弥九郎の血を引くこの子は、綾によく似た、落ち着いた目をしていた。
「鷹丸は、まだ十までも、危のうござります」
「焦らずともよい。じきに、覚えよう」
そう答えながら、わたしは、ふと、この子らの傍らに、いずれ、もう一人、小さな影が加わることを思った。数を覚え、言葉を覚え、この庭で育っていく。その日が来るのが、待ち遠しいような、少し恐ろしいような、不思議な心持ちだった。
もう一つ、この館に、命が増える。
そう思うと、これまでとは、また違う重みが、胸の奥に落ちてきた。塩や木材の数とは、まるで違う種類の数だった。まだ形をなさぬその命が、いつか、この庭で、幸松や鷹丸、虎王丸と同じように、数を覚え、言葉を覚えていくのだろう。
その日の夜、帳に、あらためて書き記した。
懐妊、判明。殿へ伝う。喜ばれる。綾殿より、女の作法をあれこれ教わる。腹帯は五月より。悪阻、まだなし。
書き終えて、しばらく、その一行を見つめた。数えることしか能のない女だと、自分でも思ってきた。だが、この帳に書き記した命だけは、数えるものではなく、育てるものだった。その違いを、これから、少しずつ、覚えていかねばならなかった。
灯を消す前に、腹に、そっと手を当てた。まだ何の応えもない。だが、そこに確かに何かがあるという事実だけで、これまでにない安らぎが、静かに胸に満ちていた。
翌朝は、いつもどおりに起き、いつもどおりに帳面を開いた。喜びに浸っていられる日は、そう長くは続かなかった。別子の産出高、新居郡の様子、河野内訌の行方。数えるべきことは、昨日と変わらず、山のようにあった。
ただ一つ、これまでと違うことがあるとすれば、それは、帳面を開くたびに、頭の隅に、まだ形をなさぬ小さな命のことが、静かに寄り添うようになったことだった。数を組む手つきは、これまでと変わらない。それでも、その数の向こうに、これまでにはなかった重みが、確かに加わっていた。
窓の外では、春の陽が、庭の若木を照らしていた。木々はまだ細く頼りないが、風に揺れながら、着実に育っている。その姿に、わたしは、しばらく目を細めていた。
数日後、義重の館を訪ねた折、綾が既に事の次第を伝えていたとみえ、義重は、いつになく柔らかな顔で、こちらを迎えた。
「めでたいことよ。弥九郎殿にも、これで、また一つ、この島に根を張る理由が増えよう」
「まだ、油断のできぬ身にござります」
「分かっておる。だが、こういう話は、早いうちに喜んでおいて、損はない」
義重は、そう言って、珍しく声を立てて笑った。鶴丸の後見という重い役目を負ってからというもの、この老人の顔に、屈託のない笑みが浮かぶことは、めっきり少なくなっていた。その顔を見て、わたしのほうも、少し肩の力が抜けるのを感じた。
「鶴丸様には、まだ、お伝えになりませぬのか」
「あの子には、もう少し落ち着いてから伝えるつもりじゃ。いま伝えれば、また、あれこれと騒ぎたてよう」
その言葉に、わたしは、小さく笑った。当主としての正装にもまだ慣れきらぬ、あの幼い少年の顔を思い浮かべると、確かに、しばらくは静かにしておいたほうがよいのかもしれなかった。
義重の館を辞す道すがら、又五郎のことを、ふと思い出した。妹の縁組を、いまだ受け入れきれぬままの、あの兄のことを。この懐妊の報せを、又五郎が耳にしたとき、どういう顔をするだろうか。喜びとは違う、複雑な色を浮かべるのではないか。そんな予感が、頭の隅を、静かによぎった。
湊への道すがら、供をしていた松吉が、遠慮がちに、口を開いた。
「姐さん、先ほどから、何か、お考え事にござりますか」
「いや、何でもない。少し、先のことを考えていただけじゃ」
「先のこと、にござりますか」
「この子が、無事に生まれ、育っていく先のことじゃ。まだ、何も定まってはおらぬ」
松吉は、それを聞いて、深く頷いた。それ以上は、何も訊ねてこなかった。この男の、そういう控えめな気配りに、わたしは、いつも、静かに助けられていた。
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その数日後、鶴丸の元服の儀が、義重の館で、執り行われることになった。
教通方が、いまだ、血の濃さを盾に、鶴丸様の当主としての正統性を、事あるごとに、揺さぶり続けている。ならば、これを機に、その正統性を、家中の隅々にまで、動かしようのない形で、示しておかねばならなかった。そう、義重に、進言したのは、わたしだった。
「派手にやりすぎては、かえって、成り上がりの見栄えに見えはしませぬか」
義重が、そう案じたとき、わたしは、はっきりと、答えた。
「見栄えでよろしゅうござります。血の濃さで敵わぬのなら、この場の格そのもので、圧倒するほかござりませぬ」
その言葉どおり、支度は、これまでの島の慶事とは、比べものにならぬほどの規模で進められた。
そして、当日、誰もが息を呑む出来事が起きた。通春様御自身が、御自ら、加冠の儀に、御出座しになったのである。
「通春様が、みずから、御出でになるとは」
義重は、その報せを受けたとき、しばらく、言葉を失っていた。わたしも、内心では、驚きを隠せなかった。ここまでの厚遇は、正直、予測の外にあった。だが、考えてみれば、道理でもあった。教通方との内訌の渦中にある通春様にとっても、自らが後ろ盾とする鶴丸様の正統性を、これ以上なく確かな形で、内外に示すことは、決して損のない話だった。
「二神範久」
義重が、その場で、そう名乗りを与えた。忽那義範公——南朝の御方を、この島の縁で庇ったという、あの遠い祖の名から、一字を取った名だった。
実のところ、この御出座しに先立って、御付きの使者から、そっと、御自身の一字——「通」の字を分け与えようという、内々の御打診が、あったばかりだった。だが、教通方との角逐が、いまだ、完全には鎮まっていないいま、そこまでの色を、あからさまに示せば、二神本家が、通春様の傀儡に過ぎぬと、かえって、付け入る隙を与えかねない。義重が、その場で、丁重に、御辞退を申し上げた——御出座しという、この上ない後ろ盾は、そのまま、しかと頂戴しつつ、名だけは、遠い祖の血に委ねる、そのぎりぎりの均衡を、選び取ったのだった。
「範久様」
家臣たちが、その新しい名を、一斉に唱和した。通春様御自身の御出座しという、この上ない後ろ盾を得て、板間には、これまでにない、確かな熱気が満ちていた。
「これで、教通方も、そう容易くは、血の濃さを、振りかざせますまい」
儀式のあと、義重が、そう漏らした。その声には、安堵と、確かな手応えとが、同時に滲んでいた。
わたしは、その光景を、少し離れた場所から、見つめていた。まだ、この身の内に宿ったばかりの、形もなさぬ命のことを思いながら、鶴丸様の、この晴れがましい姿を見るのは、複雑な心持ちだった。この子は、こうして、確かな後ろ盾を得て、正統な当主として、立っていく。わたし自身の腹の子は、まだ、無事に生まれるかどうかすら、誰にも分からなかった。
それでも、わたしは、深く、頭を下げた。この一党が、また一つ、確かな足場を築いたことに、偽りのない安堵を覚えながら。
儀式のあと、範久様に、一つ、申し出た。
「幸松たちと、これまでも、共に、字と算えを、御学びいただいておりました。当主として立たれたいま、その席に、折に触れ、内政の心得も、少しずつ、加えとうござります」
範久様は、まだ、あどけなさの残る顔で、素直に頷いた。
「よろしゅう、お願いいたします」
もとより、字と算えの席は、月に一度あるかどうかの、ごく粗い頻りだった。そこに、これから、少しずつ、重みのある教えを、加えていくことになる。




