最終回 エリザベス④ 【完結】
何を言われたのか、一瞬分からなかった。
「この名前が、サディア様にとってご不快だとは重々承知しております」
不快……、ええと、確かに、不快だった……わね。
うん、確かに不快。記憶の奥底に沈み込んで、もう思い出しもしなかった名前。
「どう転んでも不快だと思うので……、生前のエリオットがサディア様の元へ謝罪に向かおうとしていましたけど……、そのたびに頭をひっぱたいて止めておりました。独断ですみません」
「は、はあ……」
ええと、生前。
ええと、エリオット様。
ええと、謝罪。
それから……ひっぱたく。
どこから何を突っ込んでいいのか分からない。
「もしかしたら、サディア様は、ご自分でエリオットを殴りたいのかなとも思ったこともありましたが。エリオットと向き合って不快になる分量と、殴ってスッキリする分量を比較してみて……、あたしだったら、不快のほうが多いかしらと。だから、あたし、エリオットがサディア様に勝手に会いに行ったら、その時点で離縁すると怒鳴りまして」
「え、えええええええ⁉」
「迷惑をかけるんなら、もうエリオットの面倒なんか見ないわよーって。あ、あの……、あたしの独断ですみません」
「い、いえいえいえいえっ!」
エリオット様になんか関わりたくないというか、もうどうでもいいというか、思い出しもしなかったのに。
「寧ろありがとうございます?」
えーと、なんて言ったらいいのかな。
「親から伯爵の位を継いで、顔だけは中年男になっても……、中身は……、素晴らしく天使で……というか、精神年齢はいつまでたっても子どもというか……。子犬みたいな男で。ちゃんと躾をすれば、素直に話を聞くんですけどねー……」
「は、はあ……」
「いつか、サディア様に会って謝罪をしたいと、生前、何度もぼやいていたんです。でも、謝ったら、許さないといけなくなるでしょう? だから、会うな! って、止めていたんです。これ以上、ご迷惑をおかけするな……と」
「あー……、ありがとうございます。わたしは、エリオット様なんて、すっかり忘れていました」
「そうですよね……」
ふう……とため息を吐かれるフランチェスカ様。
「エリオットは……、まあ、馬鹿なので。阿呆なので。いつまでたってもサディア様のことを忘れないで……。まあ、多少はマシにはなったと思うんですけど。馬鹿だから、うっかり領民の子を助けて、川に落ちて、そのまま死んでしまいまして……」
「は、はあ……」
「……今日はあたし、お墓参りに来たんです。エリオットの。墓地で、サディア様にお会いできたなんて……。エリオットの怨念かしらって」
「お、おんねん……」
「執念かも」
「しゅうねん……」
ウチの国の貴族用の墓地は、国内に三か所のみ。だから……、同じ墓地を使う確率は三分の一なんだけど……。うーん。エリオット様の奥様に、わたしが出会うなんて……。う、うーん……。
「どうしようもない阿呆だけど、馬鹿だけど。悪気はないんです。だから余計に鬱陶しいんですけど……。馬鹿だから。状況理解していないだけで。でも、怨念抱えたまま、この世を彷徨わせるのもアレかと思って……、お声をかけてしまいました……」
ごめんなさいと、また、フランチェスカ様は頭を下げた。
フランチェスカ様は……、エリオット様のことを……馬鹿とか阿呆とか何回も言っているけど。
好きだったのかな?
少なくとも情があったのかな?
わからないけど。
貶すっていうよりも……、ウチの子がごめんなさいっていう感じ……。
「許して下さいとは、申し上げられません。ただ……、エリオットはもうこの世にはいないので……、怨念とか情念とかは残っているかもだけど……。あの、もしよかったらお墓の位置、お伝えいたしますので」
「はあ……」
「エリオットの墓に向かって『馬鹿』とでも叫んでやってください」
わたしは思わず笑ってしまった。
エリオット様を許してください……じゃなくて。
お墓に向かって『馬鹿』って叫べって。
あー……、こんな人がエリオット様の奥様であるのなら。
きっと、エリオット様も少しはまともになった……のかしらね?
会いたいとは思わないけど。
生前に会っても迷惑としか思わなかったけど。
フランチェスカ様と一緒に、エリオット様のお墓参りに行くのは……楽しいかもしれない。
「はい、ありがとうございます」
ひとしきり笑った後、わたしはフランチェスカ様にお礼を言った。
ほっと息を吐いたフランチェスカ様。
「あの、それから、僭越ながら、もう一つ……謝ることがありまして」
「はい?」
エリオット様以外に何かあるのかな?
「ご存じの通り、ラズダン伯爵とヘンストリッジ伯爵は隣接しております」
「ええ」
「いろいろありまして……。後継者がいないラズダン伯爵領ですから。あの……、エリオットを……形式上、ラズダン伯爵家の養子として、ラズダン伯爵領とヘンストリッジ伯爵領を合併させて、エリオットが両方ともを治めたらいいんじゃないかーなんて、冗談交じりにラズダン伯爵夫人が申し出てきたことがありまして……」
「うげ……」
思わず淑女らしからぬうめき声を出してしまった。
相変わらず気持ち悪いな、お母様!
「社交の際に、その気持ち悪い話を、あたしが各方面に広めました……」
「あら……」
素敵。きっとお母様は社交界から遠ざけられたに違いない。ざまぁみろ。
「ついでにヘンストリッジ伯爵領の領地とラズダン伯爵領との領境には、長くて高い、巨大な石壁を作り、針葉樹林などを植え、ヘンストリッジ伯爵領からはラズダン伯爵領へは通れないように、完全封鎖し、付き合いもなくしました」
す、素晴らしい対応。
身を守るの大事ですものね!
「まあ、別に陸の孤島ではないので。領地の境に壁を作ったくらいでは流通が止まることはないんですけど。それでも壁に阻まれるので、ヘンストリッジ伯爵領からはラズダン伯爵領へ向かう商人などは皆無になりました。別の領地を通って、ラズダン伯爵領へ入ることはできますけどね」
お母様、大好きな天使ちゃんの顔も見られなくなって、落ち込んだりしたのかしら?
「結果、まあ、細々と生きてはいらっしゃるようですけど。後継者もおらず、領地の発展もせずに……。まあ、きっと現ラズダン伯爵夫妻がお亡くなりになった後は、領地は王家による没収になると思います。事後報告で申し訳ございません」
いえ、寧ろありがとうございます……と言いたいところなんだけど。
なんか……わたしは、わたしやお兄様やお姉様は……逃げたけど。
後始末は、全部このフランチェスカ様がしてくれたみたい……。
感謝しかない。
ありがとうございます……と言おうとした時に、サンディ様が「ごちそうさま、おいしかったです!」ってかわいらしいお声で言ったから。
あー……、どうしようかなって思ったけど。
「フランチェスカ様」
「はい」
「サンディ様が成人されて、ご結婚するなり、ご自分で身を立てるなりされるまで、全力で後見を務めるんですけど」
「はい」
「その後の、未来は、未定で。なーんにも考えていなくて」
「はい……?」
「十何年後の未来の話なんですけど、エリオット様のお墓に『馬鹿』って叫びに行きますから、ご一緒してください」
驚きに目を見開かれたフランチェスカ様。
わたしは右手をすっと差し出す。
「それから……、お互いの人生の話を、お茶でも飲みながら、ゆっくりといたしませんか? わたしの話も相当長いですけど。フランチェスカ様のご苦労も相当あったことと思うので……、たくさん、お聞きしたいです」
フランチェスカ様は……、しばらくポカンとなさって、それからゆるゆると立ち上がって……。わたしの差し出した右手を、両手でぎゅっと包み込むように握ってきた。
とても温かい手だった。
終わり
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完結までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!
後程、登場人物紹介とあとがきを書きますねー☆




