第22話 ロバート②
「あら、お父様、お母様……、後ろの男の子はだあれ?」
「デライザ。お前の婚約者になるロバートだよ」
「こんやくしゃ?」
きょとん……と傾げた首が、年相応にかわいらしくて。
俺の心臓がぴょこんと跳ねた。
いやいやいやいや、跳ねている場合ではない。神父モードで優しげに見える笑顔を作れ!
「そう。お父様とお母様はデライザの側に、いつもはいられないだろう?」
「……ええ」
「だから、お前に婚約者を見繕った。この館に一緒に住むから安心しなさい」
「一緒? ずっと? ほんとに?」
「そうだよ」
俺をじっと見つめてくる薄水色の大きな瞳。
……妖精かな?
ティルベリー侯爵に促されて、一歩前に進む。
「初めまして、デライザお嬢様。俺はロバート・モルダー・ハードウィックです。お嬢様の三歳年上です」
「じゃあ……、ロバートお兄様?」
お、に、い、さ、まっ!
水色の淡い色彩の、将来確実に美人になるであろう妖精のように儚げな女の子から「お兄様」などと呼ばれて、ときめかない男がいるだろうか?
いや、いない。
余りの衝撃に、心臓が爆発しかねない。
これは危険。
保て、平常心!
心頭滅却!
「婚約者になるのですから、ロバートと呼び捨てていただいて構いませんよ」
「じゃあ、あたくしのこともデライザと呼んで!」
「デライザ様?」
「デ・ラ・イ・ザ!」
……この可憐さにときめかない男がいるだろうか、いやいない。
このとき俺は、確信した。
体のお弱いデライザお嬢様と無理に婚約を結びたいと言ったヤツら。
ティルベリー侯爵家と縁故を結びたいというのもあっただろう。
が、何が何でもこの可憐な妖精を自分のモノにしたいと、血走った目を向けた男たちも、絶対に! 複数! いたに違いない‼
安全な男をさっさと宛がって防波堤にしなければならないと、ティルベリー侯爵夫妻が焦るほどの、鼻息荒い有象無象ども。
うむ、危険。
理性がブチ切れた男どもが、デライザお嬢様を押し倒したら……下手をしたらお嬢様は心臓が止まって死ぬ。
それほどまでに、お嬢様は体がお弱い。
婚約しても、結婚しても、妊娠出産どころか閨も不可能っ!
触るな、危険。
真綿でくるむようにして愛せ。
ただし絶対に手は絶対に出すな。
手を繋ぐ程度でも、お嬢様のお心の準備を整えてから!
俺ならば、それができると判断されたのか。
なるほど。
理解した。
高評価をありがとう。
俺を推薦してくれたのは、神父様か、父上か、母上か、はたまたティルベリー侯爵家の諜報部隊か。分からんが、感謝する。
お嬢様の婚約者に、この俺を、他の男ではない俺を、選んでいただいて感謝する。
だから、やってみせよう。
うっかりと欲望に塗れそうになったら、お嬢様を押し倒す前に、俺はお嬢様の目の前からゆっくりと、お嬢様を驚かせないように静かに遠ざかり、そして、奥歯をかみしめて、股間を縛り上げてでもっ! お嬢様を守ってみせよう!
決意に満ち満ちた、十二歳の俺。
目指すところは教会の神父。
婚約者という名の兄ポジション。
理性的に、優雅に、誠実に。そして絶対に怖がらせないように。
俺の決意が通じたのか、早々にティルベリー侯爵夫妻は俺を信用してくれたし、お嬢様……デライザも俺に懐いてくれた。
かわいい。
かわいい。
とてもかわいい。
だけど……、季節の変わり目に、ほんのちょっとしたことや何かのきっかけで、デライザは具合が悪くなる。
心臓や肺に負担をかける進行性の疾患なのだ。
気を付けて、気を付けて、薄氷を踏むようにして日々を送る。
そして……、デライザが十歳になり、十一歳になり、十二歳になり……デライザが自分で自分の体の状態を理解できるようになるにつれて……、デライザは、それまでの愛らしい妖精ではいられなくなった。
「怖い……。あたくし、いつまで生きていられるの? 発作を起こして明日には死ぬの……?」
「大丈夫、大丈夫だよ、デライザ。俺が、ついている。側に居る」
「ロバート……」
半泣きで、抱き着いてくることが増えた。
細い体が、震えている。
デライザを守るために、ティルベリー侯爵夫妻や医者は、デライザに病状を隠さなかった。
「大人になれば、きっと治りますよ」なんて、子どもに言い聞かせるような誤魔化しは一切しない。
軽い運動の必要性、減塩食の必要性、水分制限、水分を勝手に飲むのではなく、量と時間を決める。感染予防。すべて、デライザが理解できるまで説明する。症状管理を徹底すれば改善が期待できるのだから……と。
それでもまだ十二歳の子ども。
不安で泣くこともある。
そんな夜は、俺が一晩中ずっと側に居て、デライザが眠りにつくまで抱きしめる。
「……眠るのが怖いわ。あたくし、明日の朝、目が覚めるのかしら」
「もちろん。朝になったらちゃーんと俺が起こすよ。俺のお姫様、朝ですよ。一緒にモーニングティーをいかがってね」
「まあ!」
冗談めかして言えば、デライザは笑顔になって……。ただ、その笑顔も、日に日に少なくなっていった。
「ごめんね、ロバート。あたくしがあなたの人生を縛っているわね」
最近は疲れた老婆みたいにため息を吐くことも多くなった。
「デライザに縛られる人生と、縛られない人生を選べって神様に言われたら、俺は即座に縛られる人生を選ぶよ」
「それは、駄目よ。ロバートは自由に過ごして。あたくしなんていう欠陥品なんかじゃなくて、もっと素直で、健康で、あなたを愛してくれるかわいい女の子と恋をして結婚をして……」
「嫌だね。ここに世界一かわいくて可憐で妖精みたいな女の子がいるっていうのに、どうして他を選ばなくてはならないんだ?」
「だって、あたくしは健康じゃないもの。あと何年生きられるか分からないもの……。ロバートに何もしてあげられないんだもの……」
明るく過ごしているときもある。
だけど、不安で弱音を吐くこともある。
俺は弱音を受け止めているつもりだった。
守っているつもりだった。
だけど。
良かれと思って発した言葉は……俺の、最大の、失敗、だった。
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ロバート編は次回で終わりです。
その次はエリザベス編になります。
お付き合いいただければ幸いです。




