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伯爵令嬢サディアの失恋【完結】【6/16おまけ話追加】  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第21話 ロバート①


あんなことを、言わなければよかった。

だけど、発した言葉は消えない。


俺は、失敗した。

言い方を間違えた。


デライザの頬を伝う涙。


後悔しても遅い。


壊れないように。

壊さないように。

気をつけていたつもりが……しくじった。


ごめん、デライザ。

だけど……。


デライザのその願いだけは、叶えてやることはできないんだ……。



***



ハードウィック子爵領はティルベリー侯爵家に隣接した領地であるという以外に何の特徴もない単なる田舎だ。


交通の要所でもなく、風光明媚と言えるほどの風景もない。小麦を育て、何種類かの豆を育て、家畜を飼い、その肉を加工して糊口をしのぐ。

仮に夏に日照りが続き、農作物が枯れればお手上げだ。

領民が飢える前に、代々の領主はティルベリー侯爵家に頭を下げに行く。


つまり、ハードウィック子爵家とティルベリー侯爵家は寄り子と寄り親の関係で。だから、ハードウィック子爵家はティルベリー侯爵家からのご命令に逆らえない。


と言っても、これまで理不尽な命令を下されたことはないが。


だが、俺が十二歳のときに命じられたのは……、ありえない話だった。


その日、俺はいつもの通り、小さいながらも領地の中心街にある教会に出かけ、神父様と話をしたり、教会の清掃を手伝ってから、マナーハウスに帰ってきた。

そして、軽く食事をとり、自室で家庭教師から出された宿題を解いた。


そこに、いきなり、父上がやってきた。


「すまんな、勉強中に。だが、急ぎの話がある」

「父上……」


家令が俺を呼びに来て、俺が父上の執務室に行くのではなく、父上がわざわざ俺の部屋に足を運んでくるなんて……。


よっぽどのことが起こったのか?


俺は、父上が話し出すのを待った。


「ティルベリー侯爵家からのご命令でな。ロバート、お前がデライザお嬢様の婚約者に決まった」

「は?」


言われたことが分からない。理解できない。誰が、誰の婚約者だって?


「は? ではないぞ、ロバート。ありがたく拝命するしかない」


ありがたく拝命……? いやいやいやいや……。


「待って下さい、父上! デライザお嬢様って……、ティルベリー侯爵家のお嬢様ですよ⁉ 俺はしがない子爵家の三男ですよ⁉ 仮に嫡男であっても、我が家は下級貴族。侯爵家のお嬢様がお嫁入するような身分じゃないです!」


まったくもって釣り合わない。


「ああ……。状況把握は正しいが、しがないは余計だぞ?」

「失礼しました。しかし……」


ティルベリー侯爵家のお嬢様であれば、王家にだって嫁げるんだぞ?


「信じられない気持ちはよくわかる。だが、ご事情があるのだ」


あって当然。なければおかしい。


「あとは嫁入りではない。お前がティルベリー侯爵家に行くんだ」

「は?」


デライザお嬢様は三女だったか、四女だったか……。嫡子ではない。

何故俺がティルベリー侯爵家に行く?

まあ、お嬢様にこちらに来ていただいても、お嬢様をお迎えできるような贅を凝らした部屋などはないが。


俺は深呼吸をして、落ち着いてから「聞かせてください」と言った。


「デライザお嬢様は元々お体がお弱く……、不意に倒れられることもあった」

「はい」

「まだ十歳にもなっておられないご令嬢なので、成長すれば健康になると思われていたのだが……、どうやら心臓や肺、血液の循環等に病を抱えていたらしい」

「心臓……?」

「ああ。詳しくはまだこちらにも知らされていないのだが。医師の所見によれば、成人するのも難しく、結婚や妊娠、出産などは不可能だろうと」


ウチの国の成人は、二十歳。

貴族の令息や令嬢は十六歳で貴族学院に入学し、二十歳までの五年間、歴史や近隣諸外国語などを学ぶ。そして、その貴族学院の卒業を以って、成人とみなされるのだ。


なのに……成人も難しい?

俺が十二歳だから、デライザお嬢様は九歳。

それじゃあ……あと十年くらいしか生きられないということか?


「婚姻はどう考えても無理だが……。ティルベリー侯爵家と縁故を結びたいからデライザお嬢様と婚姻させろという、厚顔無恥な輩もいてな」


貴族の令息や令嬢は、普通だったら貴族学院卒業後に婚姻を結ぶ。

だが、入学前や在学中に婚姻する者も一定数いる。


九歳のご令嬢が結婚する……、我が国の法律上は問題はない。

だけど、成人する見込みのないデライザお嬢様と婚姻するということは……、お嬢様が死んだあとは、別の相手と再婚できる。死後、ティルベリー侯爵家との面倒な付き合いは特にしなくとも、縁故関係だけは残った上で……。そういうことか?


なるほど、厚顔。


「だから、さっさと、寄り子の中から婚約者を見繕ってしまえということで、ロバート、お前が選ばれた。求婚者たちがうるさすぎるようなら、婚約者をかっ飛ばして書類上の夫となるが」


お嬢様を守るための、婚約。

寄り子の中から選べば、何かあっても、ティルベリー侯爵家のご命令通りということだ。

たとえば……、デライザお嬢様が早逝したら、婚約は白紙に戻され、なかったことになる。デライザお嬢様のご遺産などもハードウィック子爵には入らない。


「……寄り子はウチだけじゃないでしょう? 俺が選ばれた理由は?」

「まず、お嬢様と同年代。嫡男でない。性格は誠実。うるさくない。思慮深い。落ち着いている。病身のお嬢様を支えられる。あと、顔」

「なるほど。けっこう高く評価してくれたんですね。顔はフツーだと思いますが」


教会での奉仕活動が良かったのかもしれない。ただ単に、俺が成人した後、どこかの家の婿になれなかったら、教会の神父にでもなろうかという下心で、毎日のように教会に行っていただけなのだが。

顔は……、まあ、神父のような誠実さあふれる優し気な笑顔などと褒められたことは、確かにあるが。


「まあ、とにかく。……断れませんね?」

「ああ」

「では、謹んでお受けいたします」

「すまんな。では荷物をまとめて、王都にあるティルベリー侯爵家のタウンハウスに向かってくれ」

「はい?」

「今後はお嬢様と共に暮らしてもらうということだ」

「……婚約者というよりも、お嬢様のお話し相手か介護役に選ばれたようですね」

「うむ、さすが我が息子、正しい認識だ」

「父上……」


ため息でも吐きたくなるが。

まあ、これも貴族としての使命か。


その日は俺は家族と夕食を共にして、別れの挨拶をして。


そうして、王都に向かったのだ……。



***



王都にあるティルベリー侯爵家のタウンハウスを訪ねれば、こちらではなく王都郊外にある静養のための館の方へお向かい下さい……と、ティルベリー侯爵家の上級使用人に言われ、館へと向かった。


静養のための館……というだけあって、周囲は緑に囲まれ、実に閑静だ。


真っすぐに伸びた一本道。その道を守るように左右に植えられている針葉樹。その先に見える青い屋根の大きな館が、デライザお嬢様がご静養されているお屋敷である……。


馬車に乗ったまま、玄関ホールに入る。

……広い。この玄関ホールだけで、ハードウィック子爵家のタウンハウスもマナーハウスも入ってしまうんじゃないかってくらいに広い。

しかも天井も高い。

三階までの吹き抜け。その天井にはフレスコ画が描かれ、天使が舞っている……。


あれ、どうやって描いたんだ?


なんて、ボケっと見上げている間に使用人がやって来て、部屋に案内された。


「こちらです。まず、身を清めてくださいませ」


高位の貴族様にお会いするのに旅装束では不敬。

そういう意味で、先に身を清めて着替えるのかと思ったが、この館では、使用人も全員、外に出てから館に入るときは着替えるのだとか。


「お嬢様に万一のことがあってはいけませんから」


そうか、風邪でも引いてそれがお嬢様に感染したら。

心臓や肺周辺がか弱いお嬢様なんだ。単なる風邪が致命傷になるのかもしれない。


「手洗いうがいも必須ですね?」

「はい。御髪も櫛で梳き、着替えもなさってくださいませ。ご用意はしておりますので」


とにかく感染対策。お嬢様にうつさないように、使用人全員も病気にならないように気を配る。


「風邪をひき、大したことがないからとの自己判断で館に足を踏み入れれば、即座に解雇です」

「当然ですね」


というわけで、ティルベリー侯爵やお嬢様にお会いする前に、感染対策を徹底的に叩き込まれた。もちろん医師の診断も受けた。健康。問題なし。


それで……。俺がティルベリー侯爵家のこの郊外の屋敷で、デライザお嬢様にお会いできたのは……館に到着してから五日後のことだった。


館に到着したティルベリー侯爵、侯爵夫人に挨拶をした後、一緒にお嬢様の部屋に向かった。


その部屋……寝室でベッドに横たわって目を瞑っていたのは、透き通るような白い肌、淡い水色の髪の小さな女の子だった。


ロバート編、全三話です。

よろしくお願いいたします

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