第20話 エリオット⑦ (エリオット編 最終回)
フランチェスカ嬢が馬車でボクを迎えに来てくれたのは、本当に朝早くだった。
朝焼けの空がまぶしい。
それでも、船着場にはたくさんの人がいた。
船に積む荷物を運ぶ人。船に乗って出かける人。それを見送る家族。
護衛とか治安のための見守りの人とか、屋台で食べ物を売る人とか。
とてもたくさん。
こんなに人がいるなんて思ってもみなかった。こんな大勢の中から、ボクはサディアを見つけられるんだろうか……?
不安になったボクとは逆に、フランチェスカ嬢は人ごみの中をスイスイ歩く。
「こっちよ」
連れられたのは、停泊している大きな船の前。
ここにも船員っぽい人とか見送りっぽい人とかがたくさん溢れている。
少し離れた場所に次々と馬車が止まり、そこから人が下りてくる。大きなトランクを抱えている人もいる。
この船に、サディアが乗るのかな……?
しばらくボケっと眺めていたら、六頭立ての立派な馬車が止まった。
そして……その馬車から降りてきたのは……。
「サディア……」
髪が短くなっている。こげ茶色だったはずの色は黒くなっているし。染めたのかな……?
それから地味な服ばかりを着ていたサディアは……、今は明るい若草色のワンピースを着ていた。胸元には瞳と同じ、赤茶色のリボン。
「サディア……」
ふらふらと、ボクはサディアに近寄ろうとして……、フランチェスカ嬢に頭を叩かれた。
「自分から話しかけるなって言ったでしょ!」
「あ、ああ……、ごめん……」
すっと姿勢が良くて柔和な顔つきの男にエスコートされて、サディアは、船の方へと歩いてきた。
堂々と胸を張って。
ううん、期待と希望に満ちた顔で。
ボクは、そのサディアの姿をじっと見ていた。
「ありがとうございます、お見送り」
「いや、ほら、デライザの代わりだよ」
「……わたしが出国するからって、泣かれましたからね……。体調、どうですか?」
「ああ、まあ。大丈夫だよ。ベスが来てくれてから、ずいぶんと丈夫になったし。泣いたくらいじゃ寝込まなくなった」
ボクには分からない会話を男とサディアはして。
そのまま、サディアは船の方へ……、立っているボクのほうへと歩いてくる。
「そりゃあもう! お嬢様にはご健康になっていただかねば! そのためにわたし、行くんですし!」
「ああ、コンブ? とか? 海藻? デライザの身体のために良いとか何とか」
「はい。製法、使い方。いろいろ教わって、物資は先に送りますね。使い方、メモ書きもして」
「頼む」
「それから、医療先進国、いくつか巡ってきます。なんとしてでもお嬢様には健康になっていただいて、無事に妊娠出産していただきたい」
「おっ、おおおおおおおいっ! ベスっ!」
「昨日、知ったばかりの情報なんですが。だから、まだお嬢様にも言ってはいないんですけど。医療先進国にはテイオウセッカイとかいう出産の技法があって。それであれば、もしかしたら、お嬢様のお体にご負担が最小限で出産ができるかもしれません」
「ベス……」
「出産しても、お嬢様が死なない。そんなことが可能なら……」
「ああ……」
「ロバート様も嬉しいでしょ?」
ロバートと呼ばれた男は……何も言えないようだった。ただ……、ボクが突っ立っていた位置からも、その目尻に涙が浮かんでいるのが見えた。
「……ベスは……、天使か? 女神か?」
「大袈裟ですねー。あ、でも天使は嫌いなんで!」
「あはははは、そうだったな!」
サディアがボクの目の前を歩いて……そして、過ぎた。
手を伸ばせば届くくらいの側に居たのに。
ボクなんかには気が付きもしないで。
「それから女神様っていうのなら、お嬢様がわたしの女神ですね! 女神のしあわせのためなら、海を越え山を越え! どこまでも行きますよ!」
「ありがとう、頼む」
「もちろんです!」
ロバートとかいう男に向かって、にかっと笑った。
まるで、太陽みたいに明るくて大きな笑顔。
サディアは……こんなふうに笑う子だったんだ……。
当然、サディアはボクなんかには気が付くはずもなく、護衛とか侍女とからしい男女と一緒にさっさと船に乗り込んだ。
「行ってきまーっす!」
ロバートとかいう男に向かって、ぶんぶんと手を振って。
口を大きく開けて、笑って。
ボクは、サディアが乗った船が、護岸を離れて見えなくなるまで。
ずっとその姿を見続けた。
いつの間にか、ロバートとかいう男の姿も見えなくなって。
船着き場には人が減って。
それから、また、別の船が接岸して……、そこから人が下りてきた。
「さ、気が済んだでしょ。タウンハウスまで送るから、馬車に乗りなさいよ」
「フランチェスカ嬢……」
親が選んだ、ボクの見合い相手。まだ、婚約もしていない。
だけど……、こんなところまで、ボクを連れてきてくれた。
情けないボクと違って、ずいぶんとしっかりしたご令嬢。
「フランチェスカ嬢……、ありがとう」
「別に!」
ふいっと顔を背けて。でも照れているのか耳がちょっと赤い。
「ありがとう……。それから……、ボクは天使扱いされて、甘ったれて、自分じゃ何もできないろくでもない男だけど」
「男ぉ? 幼子みたいなモノよねアンタは! それか赤ん坊! ぜーんぶおぜん立てされないと、自分じゃ何もできないし。ばぶぅ!」
「うん……」
フランチェスカ嬢の暴言は、グサグサと心臓に突き刺さるけど。
嘘じゃないし。
ホント、ボクは甘ったれだし。
「うん……、ボクは、こんな甘ったれで、どうしようもなくて、馬鹿だけど」
「うん? 自覚しているんならいいんじゃない?」
「少しはまともになりたいって思ってる」
「いいんじゃない? がんばって?」
甘やかされて、ぬるま湯の中で生きてきた。
おばあ様からは、ただ笑顔で、素直に、嘘は言わないでいればいいって言われて……。
でも、それで許されるのは幼い子どもだけだろう。
自分が嫌われていることなんて、これっぽっちも知らないで。
無邪気に相手を傷つけて。
ボクは、無神経だった。
でも、こんなボクでも、いつかきっと、もう一度……君に会って、謝りたい。
謝られても迷惑だって言われそうだけど。
……というか、ボクのことなんて、記憶から削除されていそうだけど。
だけど。
ちゃんと、馬鹿で無神経だった自分を理解して。
愛される天使なんかじゃなくて、真っ当な人間になって。
謝ろう。
許してもらえなくてもいいから。
ゴメンね、サディア。
だから、いつか、また、君に会いたい。
「まともになるためには、フランチェスカ嬢に頭を叩かれながら、ここが駄目だとかあそこが駄目だとか言われながらが一番の近道みたいだなって思ってて」
「へ?」
「だから、迷惑をかけるけど。婚約、よろしくお願いします」
右手を差し出した。
「はあぁ⁉」
ご令嬢とは思えない、ものすごく歪んだ顔を、フランチェスカ嬢はボクに向けた。
すごい顔。
でも……。
歯ぎしりを何回かギリギリとして。
空を仰いで。
頭をガリガリと掻いて。
それから、赤い顔になりながら、ボクの差し出した右手を……、握り返すのではなく。乾いた音が鳴るくらいに思いっきり叩いてきた。
痛い。
けど、気持ちがいい。
「し、仕方がないわねっ!」
「ありがとう」
ボクは、ここから始めよう。
そうしていつか、遠い未来で。胸を張って、君に会えますように。
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エリオット編 終わり
エリザベス編、少々お待ちくださいませ。
その前にロバート編全三話書きます。
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本当に大量の誤字報告、ありがとうございました! 感謝です!
勢いと熱量の多い小説が書きたいので、AI使わないというのをポリシーにしているんですけど。
さすがにここまで誤字が多いと、誤字チェック機能くらいは使おうかしら……なんて思ったりします。
誤字職人の皆様。本当にありがとうございます。御礼!




