第19話 エリオット⑥
酷いことを言われている。そのはずだけど、フランチェスカ嬢に悪意は全く見えない。
多分、フランチェスカ嬢は……断れない見合い話だろうとなんだろうと、自分の力で自分の道を切り開く覚悟とか強さとかを持っているんだ。
ボクみたいに……、誰かが何とかしてくれるのを待つんじゃなくて。
自分のことがかわいそうだなんて思わないで。
自力で。乗り切る。
がっくりと肩を落として。ボクは椅子の背もたれに寄り掛かった。立ち上がる気力も、フランチェスカ嬢に反論する気力も、何にもない。
言われた通り、ボクは甘ちゃんで。不幸に浸っているだけ。
あはははは……。
ボクは一体何をしているんだろう?
サディアを傷つけたのに。
サディアは「馬鹿っ! わたしの前から消え失せろっ! ううん、わたしが消えるわよ! アンタなんかがいない、平和な場所に行く! 永遠にサヨウナラっ!」って、泣き叫んでいたのに。
ボクは、サディアを探しもしないで。
サディアのご両親がサディアを探して、連れて帰ってくれれば……、きっとサディアはボクを許してくれるなんて考えて……。
「あはははは……。ホント、フランチェスカ嬢の言うとおりだね……」
馬鹿で。
甘ちゃんで。
周りがちやほやしてくれないと、何にもしないボク。
反論もできない。
涙も出ない。
フランチェスカ嬢は、わざとらしく、盛大にため息をついた。
「……またそうやって、ボクちゃんかわいそーアピールぅ?」
ボクは、首を縦にも横にも振れなかった。
ただ黙って。じっと。
ああ、ホント駄目だな、ボク。
フランチェスカ嬢は何回かのため息を吐いて、立ち上がった。
「……少しくらい自力で動くことでもしたら?」
「うん……。侯爵家に手紙を書くよ。それで、専門家? 人探しの? そういう人にも頼んでみる」
専門家なんて、どこにいるのかも分からないけど。サディアと会ったこともないフランチェスカ嬢が専門家とかに頼んで、今のサディアが王都にいるって調べられたのなら。
ボクも、調べて。それで……会って、謝ろう。
許してくれるとは、思えないけど。
立ち去ろうとしたフランチェスカ嬢の足が止まる。
「……間に合わないわよ」
「え?」
「彼女、あと数日で国を出るもの」
「え⁉」
「さすがにどこの国に行くかとか、いつ帰って来るとかまでは、あたしも調べなかったけどね」
サディアが、国を、出る。
今から調べても間に合わない。
ボクは立ち上がった。
だって、今からボクが調べなくても、知っている人が目の前にいる。
「フランチェスカ嬢」
「なによ」
ボクは頭を下げた。
「教えてください。サディアについて、フランチェスカ嬢が知っていること全部。あなたは調べて知っているんでしょう?」
ボクは頭を下げ続ける。
フランチェスカ嬢は何も言わない。
風が吹いて、木の葉を揺らす。ざわざわざわざわ。
だけど、フランチェスカ嬢は何も言わない。
また風が吹いて、木の葉を揺らす。ざわざわざわざわ、ざわざわざわざわ。
そして、盛大な溜息の音が聞こえた。
「……王都の、北側の船着き場」
「え⁉」
「彼女が、いつ、出航するかまでは調べさせてないわ。だって、あたし、このお見合いに当たってアンタがどういう人間か、あたしがアンタを支えるのか、愛玩動物的に飼うだけにするか。そういうことを決めるために調べただけだもの」
「でも、サディアは……王都の北側の船着き場から、数日中に国を出るんだね」
「ええ」
「ありがとう!」
もう一度頭を下げた。深く、深く。今度は感謝を込めて。
「ボク、行きます! サディアに会います!」
「……いつ出航するか、わからないわよ?」
「だったら、ずっと。船が出る時間帯、ずっと船着き場に居れば、きっと会える!」
フランチェスカ嬢は「……サディア嬢はアンタのことなんて忘れているわよ」と疲れたように言った。
「それでもっ! 知らないって言われても、怒られても、ぶたれても! ボクは謝らないと!」
「自己満足って言葉、知ってる? 迷惑って言葉も知ってる?」
ボクは頷いた。
「分かってる。謝って、許してもらおうなんて思ってない。だけど、ボクにはサディアに会うことが必要なんだ」
「必要?」
「不幸のフリをして、ボクがかわいそうってアピールをして。そんなこと、もうやめる。そのために……」
「身勝手ねえ。サディア嬢のことなんて考えてないんじゃない……」
そうだ。ボクは愛される天使なんかじゃない。
身勝手で、迷惑でしかない。
でも、それを認めないと……、いつまで経っても愛玩動物なんて、馬鹿にされて、見下げられるままなんだろう。
そう……。貴族学院で、一緒に過ごしたフェイやマージョリーやデボラ、アビ、キャスリーン、ソーニャ、デイジーたち。
あれだけボクにまとわりついていたのに貴族学院を卒業した後は、連絡さえしてこなくなった。
みんな、ボクの前から去って行った。
何人かからは、結婚してほしいとかも言われたけど。
ボクは彼女たちを選べなかったし。
サディアを待つんだって言ったら「そう……」と短く告げられただけ。
みんな、ボクに失望して、見限って……去って行く。
「分かっている。勝手で、迷惑をかけて、嫌われてることなんて」
「でも、会いたいの? そんなのサディア嬢が好きなら最初から大切にすればよかったのに」
「フランチェスカ嬢。ボクは馬鹿だから、その大切ってことが全然分からなかったんだ」
ボクが愛されるのは当然で。
正しいのはボクで、サディアが大人しいからダメなんだって、勘違いしていたんだ。
「……もう遅いってことは分かっているんだ。でも、会いたい」
「ばーか。盛大な馬鹿。すっごく迷惑。相手のこと、考えてない」
「うん。ごめんなさい」
「謝るのはあたしにじゃないでしょ」
「そうだね。フランチェスカ嬢にはありがとうって言うべきだ。馬鹿なボクに、分かるように教えてくれてありがとう」
フランチェスカ嬢はちょっとだけ「ぐっ」って呻いて。それから、また何度もため息をついて。
「あーあーあーあーあー。あたし、弱い者いじめって嫌いなんだわー」と喚いた。
「え?」
「あーあーあーあーあー。ばっからしいけど、三日後、馬車で迎えに来てあげる。早朝よ? 朝一番の船」
「フランチェスカ嬢……、それって……」
まさか……。
「今の! サディア嬢の姿! 見せてあげるわよ! ホントは出国時間とか、どの船に乗るかとかまで、きっちり調べさせたからね! 知らないっていうのは嘘!」
「フランチェスカ嬢……」
「ただしっ!」
フランチェスカ嬢は、その右の人差し指を、「ビシッ」って感じにボクに突き付けた。
「アンタがサディア嬢に話しかけるのは駄目っ! 近くまで連れていってあげるけど、サディア嬢がアンタに気が付かない限り、アンタからサディア嬢には話さない! いい? 約束できる?」
「サディアが……ボクに気が付いてくれたら……話してもいいの?」
「気が付いて、サディア嬢がアンタに話したり、怒鳴ったりしたそうだったらね! 気が付かない限りは、何もさせないわよ! だって、サディア嬢からしたら、アンタなんて、メチャメチャ迷惑なんだから! 顔も見たくないかもしれないんだから!」
「フランチェスカ嬢……、ありがとう。いい人だね」
ボクはいきなりお見合いの席で「愛することはない」なんて、暴言を吐いたのに。
フランチェスカ嬢は「あ、あああああああアンタ何言ってんの⁉ ホント馬鹿ぁ⁉」って怒鳴ってきたけど。
その顔は、少し……ほんの少しだけ、照れたみたいに赤くなっていた。
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次回、エリオット編ラスト。
その後ロバート編に進みます。




