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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第2部 第6章-1 忌み児蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る

 私が彼の広い胸の中で泣きじゃくっていると、頭上から静かな足音が近づいてきた。

 涙でぼやける視界を上げると、ムコール様が私とニクスの傍らに立ち、手の中の小さなランタンをじっと見つめていた。

 くすんだ金色の装飾が施されたガラスの向こうで、ニクスの中に混ざっていたあの夕焼け色の光が、蛍のように静かに明滅している。


「あの……ムコール様」


 私が鼻をすすりながら声をかけると、ムコール様は、一つの目の中に二つの中心が並んだ美しい紫の瞳をゆっくりと私へ向けた。


「ティリア。君の目のおかげで、無事に切り離すことができたよ。本当によく頑張ってくれたね」


 その声はいつも通り優しかったけれど、どこか遠くを見ているような、静かな響きが混ざっていた。

 私は、彼の手の中にあるランタンをそっと指差す。


「その光は、どうするのですか?」


 消滅させてしまうわけでもなく、大切そうにランタンに閉じ込めた理由が、少しだけ気になった。

 ムコール様はランタンをそっと胸の高さまで持ち上げ、その美しい紫の瞳を静かに細めた。


「……そうだねぇ」


 彼はほんの少しだけ言葉を切り、どこか寂しげな、けれどひどく優しい声でぽつりとこぼした。


「手放す理由もないからねぇ……ゆっくりと考えることにするよ」


 それ以上は何も語らず、ムコール様はくるりと背を向けてしまった。

 その背中が拒絶しているわけではないことは、私にもわかった。

 百年前、ムコール様とサヴェールさんの間にどんなやり取りがあったのか、私にはわからない。

 けれど、あのランタンを見つめるムコール様の佇まいには、彼にしかわからない深く静かな感情が満ちているような気がして、私はそれ以上何も聞くことはできなかった。


「……ティリア」


 再びニクスに名前を呼ばれ、私はハッと彼に向き直った。

 彼はまだ少し顔色が悪かったけれど、夜空に月が浮かんだようなその紫と金色の瞳は、疑いようもなく私だけを映す大好きなニクスのものだった。

 私はもう一度、彼の大きな手に自分の手を重ね、今度は嬉し涙をぽろぽろとこぼしながら微笑みかけた。



 魂を切り離すという大がかりな儀式の後、ニクスは三日ほど自室のベッドで深い眠りについた。

 人間の姿を保つ余裕もなくなってしまったのか、ベッドに横たわる彼は、あの大きくしなやかな黒い獣の姿に戻ってしまっていた。


 最初は少し驚いたけれど、村の外れで私に寄り添ってくれたあの優しい獣の姿だと思うと、怖いどころか愛おしくてたまらなかった。

 私は毎日彼の部屋へ通い、熱を持った鼻先や口元を冷たい濡れ布巾で優しく拭ったり、ムコール様が調合してくれた回復の薬湯を少しずつ飲ませたりして過ごした。

 かつて私が熱を出した時、彼がずっとそばにいて手を握ってくれたように、今度は私が彼を看病する番だと思ったからだ。


 時折、苦しそうに喉の奥を鳴らす大きな頭を撫でてやると、彼は安心したように毛並みをすり寄せてきて、また静かに眠りに落ちていった。

 そして四日目の朝、ようやく目を覚ましたニクスは、数日間眠り続けていたとは思えないほどケロリとした人間の青年の姿で、一階のダイニングに姿を現した。

 いつものように山盛りの白パンとシチューを平らげる姿を見て、私はようやく心の底からホッと息を吐き出すことができた。


 その日の午後、初夏に近い、少しだけ日差しの強い風が吹き込むサンルームで、私は蒼百合の貴婦人(マリス・リリア)へ贈るための刺繍の続きをしていた。

 青い絹糸で形作られた百合の花は、もうすぐ完成しそうだ。


 ふと、背後から気配を感じて振り返ると、ニクスが入り口の柱に寄りかかるようにして、私の手元をじっと見つめていた。


「ニクス、もう起きていて平気なの?」


 私が針を置いて尋ねると、彼はこくりと頷き、ゆっくりとした足取りで私の向かいの席へと腰を下ろした。

 その表情はいつもより少しだけ真面目で、どこか考え込んでいるように見える。

 体調が悪いわけではなさそうだけれど、夜空のような紫の瞳の奥で、金色の光が落ち着きなく揺れていた。


「……ティリア。少し、聞いてほしいことがあるんだ」


 改まったような声色に、私は背筋を伸ばし、膝の上でそっと手を重ねた。


「あのさ、俺の中からサヴェールの残滓が消えて……サヴェールの持っていた記憶や感情と、俺自身の感情が、はっきりと分かれたのがわかるんだ」


 ニクスは、自分の胸のあたりに大きな手を当てて、言葉を探すようにゆっくりと紡ぎ始めた。


「俺、自分がどうなっちまったのか不安で、あんたにひどく迷惑をかけた。……ごめん」


 ニクスはそう言って、申し訳なさそうに眉を下げ、気まずそうに視線を彷徨わせた。


「でも、分離してもらってから、頭の中の霧が晴れたみたいにすっきりしたんだ」


 再び私へと向けられた瞳は、心の底からホッとしたように柔らかく和らいでいた。

 そのいつもの裏表のない態度と、飾り気のない真っ直ぐな言葉。

 私を不安にさせていた見知らぬ誰かの気配はもうどこにもなく、私の大好きな彼がちゃんとここにいる。

 彼が消えてしまうかもしれないという恐怖が完全に溶けていくのを感じて、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「うん、よかった。本当に、ニクスが戻ってきてくれてよかったよ」



 私が心から微笑みかけると、ニクスは少しだけ眉を下げて、私の顔をじっと見つめ返してきた。

次で最終話になります。

ここまで追い掛けてくださってありがとうございました。

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