第2部 第5章-2 分離
「ティリア、ここからは君の目の出番だ」
ムコール様は私の隣に立つと、ニクスの胸元を指し示した。
「サヴェールの魂の残滓……一部、の方がわかりやすいかな? それと、ニクスの魂の境界線を私に教えておくれ」
「はい」
私は大きく深呼吸をして、そっと目を閉じた。
瞼の裏の暗闇に、寝台に横たわるニクスの姿を縁取るように、紫色の光の輪郭が浮かび上がる。
そこにあったのは、彼本来の美しい深い紫色の光と、それを内側からじわじわと染め上げるように混ざり合った、夕焼けのような鮮やかな色の光だった。
二つの光は複雑に絡み合っていたけれど、じっと意識を集中させると、それぞれが反発し合っている僅かな隙間が見えてきた。
「ティリア。今は、集中をしているから魂の輪郭はわかるけれど、色まではわからないんだ。どの部分で色が混ざり合っているのか教えておくれ」
その言葉に、私はもう一度、暗闇に浮かぶ光をじっと見つめ直した。
二つの光がぶつかり合っている境目をたどって、一番深く絡みついている場所を探す。
「見えました。……ニクスの左胸のあたりに、夕焼け色の光が絡みついています」
私は目を閉じたまま、震えないように声を張り上げ、そっとその場所を指差した。
「よし、私が魔法の刃を入れる。君の祝福された目で導くんだ」
ムコール様の手から、淡いラベンダー色の鋭い光の束が伸びるのが見えた。
その光の刃が、二つの魂が絡み合う隙間へと静かに差し込まれていく。
「がっ……あぁっ……!」
目には見えない深い部分を直接切り離されるような、想像もつかないほどの痛みだったのだと思う。
痛みに鈍いはずのニクスの口から、苦しげな呻き声が漏れた。
その直後だった。
剥がされまいと抵抗するように、夕焼け色の光が急にチカチカと激しく光って、紫の光の奥深くへと無理にもぐり込もうと暴れ出した。
「ぐっ、ああぁぁッ……!」
ニクスの身体が大きく跳ね、今まで聞いたこともないような悲鳴が地下の広間に響き渡った。
「ニクス、頑張って……!」
私は堪えきれず、寝台の縁から彼の震える大きな手を両手で包み込んだ。
彼は私の手を、痛いほど強い力で握り返してくる。
「ティリア、光が暴れている。このままではニクスの魂ごと切り裂いてしまう……隙間はどこだ!」
いつも穏やかなムコール様の声に、かつてないほどの焦りが滲んでいた。
もし少しでも私が間違えれば、ニクスが壊れてしまう。
怖くてたまらなかったけれど、私はもう一度強くまぶたを閉じ、必死に集中した。
暴れる夕焼け色の光の動きを追い、紫の光との間に生まれるほんの一瞬の隙間を探す。
「もう少し、右です……!」
私が叫ぶと、ムコール様の光の刃がゆっくりと動いた。
「そこから、下へ……! 違う、今は駄目です……待って!」
光の刃がそっと近づくにつれて、夕焼け色の光は逃げ場を失ったように、さらに激しく暴れ出す。
「もう少しだけ、左……あ、駄目、また動いています!」
私は思わず叫び、さらにきつく目を瞑った。
ニクスの苦しげな声が耳に届くたび、私の胸は張り裂けそうになる。
それでも、ここで私が泣いて心を乱してしまえば、光の隙間を見失ってしまう。
私は滲みそうになる涙を必死に堪え、二つの光が押し合いになるわずかな隙間を探し続けた。
「そのまま……少しだけ、奥へ……」
震える声で言葉を紡ぐ。
目を閉じた暗闇の中でも、いつも穏やかなムコール様から、かつてないほどの焦りと緊張の気配がひしひしと伝わってくる。
私が見ている光の刃も、それを操る指先の震えを伝えるように微かに揺れながら、慎重に、けれど確実に二つの光の間に潜り込んでいく。
もし私が一瞬でも見誤れば、ニクスだけでなく、儀式をしているムコール様にも取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
早く見つけなきゃ。
焦りで胸が痛いほど高鳴り、息をするのも忘れてしまいそうになる。
紫の光と夕焼け色の光が激しくぶつかり合い、ほんの少しだけ隙間ができる瞬間を、私は息を殺してじっと待つ。
「……今です。まっすぐ、深く刺してください!」
私が叫んだ瞬間、ムコール様の光の刃が迷いなく差し込まれた。
やがて、深く絡みついていた夕焼け色の光が、紫の光からずるりと完全に剥がれ落ちた。
「……終わったよ」
ムコール様の静かな声とともに、私はそっと目を開けた。
荒い息を繰り返すニクスの胸元から、夕焼け色の光の玉がふわりと宙に浮き上がっている。
すると、暗がりから伸びてきた太いキノコの根のような触手が、くすんだ金色の金属で縁取られた古めかしい小さなランタンを、ムコール様の手元へとそっと差し出した。
彼はそれを受け取り、手でその夕焼け色の光をそっと包み込むと、まるで壊れ物を扱うような、ひどく丁寧で慈しむような手つきで、ランタンの中へと光を滑り込ませた。
カチャリ、と小さな音を立ててランタンの扉が閉まる。
ムコール様はランタンの中で揺らめく夕焼け色の光をじっと見つめ、しばらくの間、何も言わずにただ静かに黙り込んでいた。
そっと目を伏せ、ランタンの冷たいガラスを大切そうに撫でるその横顔は、いつも穏やかなムコール様からは想像もつかないほど、ひどく静かで、どこか寂しそうに見えた。
やがて、寝台に横たわっていたニクスが、ゆっくりと目を開けた。
その瞳からは私の知らない誰かの気配はすっかり消え去り、彼本来の穏やかで優しい光が、私を映して揺れていた。
「ティリア……」
彼は掠れた声で私の名前を呼ぶと、顔をしかめながら重たげな身体を無理に起こし、眉を下げて私の顔を覗き込んできた。
「泣いてないか? あんたに、痛い思いはさせてないか?」
自分が一番辛かったはずなのに、目覚めて最初に私を心配してくれる。
明るくて、真っ直ぐで、大好きな、大きな犬みたいな彼が、ちゃんと戻ってきてくれた。
「……私に痛いところなんて、どこにもないよ」
私は堪えきれず、ぼろぼろと涙をこぼしながら、彼の大きな胸に顔を埋める。
ニクスは少しだけ戸惑ったように身体をこわばらせた後、大きな手で私の背中をぎゅっと、力強く、けれどとても優しく抱きしめ返してくれた。
次で最終章です。
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