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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第14章-5 2つの恐怖5

 喚き散らす両親の言葉を遮るように、ムコール様が静かに私に声をかけた。

 私はこくりと頷き、服の内側に隠していたあの青い百合の花のペンダントを取り出した。

 ペンダントが外の空気に触れた瞬間、淡い青色の光が眩く弾け、私の足元から光の帯が一筋、迷いなく伸びていく。

 光の軌跡は森の奥へは向かわず、村の外れにあるあの古びた納屋へと、途切れることなく繋がっていた。


「……な、なんだ、それは……!」


 お父さんが驚いたように大きな声を上げる。


「私は心配症でね。半日ほどの足取りを追える魔道具をティリアに持たせていたのだよ」


 ムコール様は淡々と、感情の乗らない声で説明を続けた。


「彼女は納屋などに閉じ込められていたのだろう。光を追ってみるといい」


 ムコール様がそう促すと、シルヴァン様の部下の騎士たちが光の軌跡を追って走り出した。


「使われていないはずの納屋の床の埃には、人が転がされた跡があるはずだ。そして、ティリアの銀色の髪も落ちているだろうな」


 ニクスが、呆然とする両親へ向けて冷たく告げた。

 その言葉に、私ははっと息を呑んだ。

 昨夜、ずっと私の背中に寄り添い、温めてくれていたニクスは、暗闇の中でも納屋の痕跡をすべて見抜き、証拠として押さえてくれていたのだ。


 騎士たちが納屋を確認して戻ってくるまでの間、広場には重く居心地の悪い空気が流れていた。

 集まった村人たちは、ひそひそと囁き合いながら、疑念の目を両親へと向け始めている。

 そのざわめきの中で、ふと群衆の端に視線をやると、青ざめた顔で立ち尽くすフローラの姿が見えた。

 彼女は不安そうに両手を強く握り締め、事の成り行きを見守っている。


「で、出鱈目だ! 私たちは本当に魔物から娘を……!」


「そうです! なんで私たちが疑われなきゃならないんですか!」


 両親は焦りと苛立ちを隠せない様子で、必死に声を張り上げて言い逃れようとしている。

 しかし、騎士たちに囲まれ、村人たちからの冷たい視線を浴びる中で、その声は虚しく響くばかりだった。

 やがて、納屋へと向かっていた騎士たちが息を切らせて戻ってきた。


「報告します! 納屋の床に人が縛られていた痕跡と、この娘のものと同じ銀色の髪を発見いたしました!」


 騎士の力強い報告が広場に響き渡ると、村人たちの間に決定的な非難のどよめきが湧き起こった。

 両親は何かを言い返そうと口を動かしていたが、声にならないまま、力なくその場にへたり込んだ。


「見苦しい芝居は終わりだ」


 ムコール様の声が、広場の空気を凍らせるように低く響いた。


「相応の対価を払い彼女を譲り受けた際、君たちは『一切の干渉をしない』『危害を加えない』と誓ったはずだ。今回の狂言は、その契約に対する重大な違反であり、私の所有物への明確な損害だ」


 ムコール様は一歩前に踏み出し、冷酷に断じた。


「その上、騎士と貴族を騙して富をかすめ取ろうなどと、弁明の余地もない詐欺と不敬である」


 その言葉が決定打となった。

 シルヴァン様が顎で合図をすると、控えていた騎士たちが一斉に両親を取り囲み、腕を捕らえようとする。

 すべてが嘘だったと暴かれ、村人たちから冷ややかな視線を向けられたお父さんは、みるみるうちに顔を醜く歪ませていった。


「こんなことになったのは……!」


 お父さんが狂気を孕んだ目で、私を睨みつける。


「全部、お前という気味の悪い娘が生まれたせいだ!!」


 叫び声と共に、お父さんが上着の裏から何かを引き抜いた。

 朝日に鈍く光ったのは、赤錆の浮いた小さな刃だ。

 血走った目と正面からぶつかり、周囲の悲鳴が遠くへ退いていくように感じた。

 鋭い風切り音を立てて、刃先が私の顔へと一直線に振り下ろされる。

 殺される。


 恐怖に足が竦み、目を閉じることすらできなかったその瞬間。

 突風のような黒い影が、私の目の前に割り込んだ。

 ゴッ、という鈍く嫌な音が響く。

 ギリリ、と骨が無理な方向へ軋む音に続いて、お父さんの手から錆びた小刀が力なく地面に転がり落ちた。


「あ、あああぁぁぁ……ッ!」


 絶叫を上げるお父さんの腕を、ニクスが無造作に掴み上げていた。

 人間離れした圧倒的な反応速度で、いつの間に割って入ったのか、私にすら分からなかった。

 ニクスの、深い紫の中に金色を宿した瞳は、いつもの温かさを完全に失い、氷のように冷たく無機質な光を放っている。


 彼から放たれる凍てつくような空気に、私は声を発することすらできなかった。

 彼がわずかに腕に力を込めると、お父さんは顔をひどく歪ませ、悲鳴を上げながら無様に地面へと這いつくばった。

 すぐに騎士たちが駆け寄り、二人の両腕を力強く掴み上げていく。

 それでも、両親は最後まで往生際が悪かった。


「待ってください、どうかお慈悲を! 魔物に攫われたのは本当なんです!」


「この恩知らずの化け物! 誰が産んで育ててやったと思ってるんだ!」


 命乞いや見え透いた言い訳、そして私への見苦しい罵倒を口々に叫びながら、両親は広場から無惨に引きずられていく。

 私は、遠ざかっていく彼らの背中をただ静かに見つめていた。

 恐怖はまだ胸の奥で燻っていて、指先は微かに震えている。

 私を罵るあの聞き慣れた恐ろしい声が、群衆のざわめきに紛れて少しずつ遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。


 その瞬間、長い間ずっと胸の奥底に重く居座っていた塊が、ふっと抜け落ちたような気がした。

 冬の冷たい風が頬を撫でていく。

 どれだけ願っても私に温もりをくれることのなかった二つの背中が、門の向こうへと見えなくなるのを、私はただ瞬きもせずに見送った。


 私が俯いたまま立ち尽くしていると、微かに震える私の手を、大きくて温かい手がそっと包み込んだ。

 見上げると、ニクスがいつもと変わらない穏やかな様子で私を見下ろし、安心させるように大きな手で私の震える手を包み込んでくれていた。

 その温もりに触れて、恐怖で強張っていた私の心が、ゆっくりと解きほぐされていく。


 私は小さく息を吐き出し、先ほどから群衆の端で青ざめて立ち尽くしている妹の姿を見つめた。

 両親が重罪人となった今、フローラもこの村には居づらくなるだろう。

 私はそっとニクスの手から離れ、フローラの前へと歩み寄った。


「フローラ」


 名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を震わせ、大粒の涙をポロポロとこぼした。


「お姉ちゃん……ごめんなさい……私、これからどうしたら……っ」


 両親が罪人として捕らえられ、村に一人残される恐怖と、私への罪悪感で泣きじゃくるフローラ。

 私はそっと手を伸ばし、彼女の震える身体を優しく抱きしめた。


「大丈夫よ、フローラ。あなたは何も悪くないんだから」


 しゃくりあげる背中をゆっくりと撫でながら、私は彼女に語りかけた。


「もしよかったら……この村から、出ない? 別の町で、新しい生活を始めても、いいと思うの」


 フローラが驚いたように涙に濡れた顔を上げる。

 私は彼女の肩を抱いたまま振り返り、ムコール様たちを見上げた。彼らなら、きっと助けてくれると信じて。


「可愛い家族の頼みなら、聞くべきなのだろうね」


 ムコール様は仮面の奥で静かに息を吐き、私たちに大きな安心感を与えるように、深く、ゆったりと頷いてくれた。


「領主への口利きくらいは造作もない。……君なら、そういう働き口の伝手はあるだろう? 騎士団長さん」


 ムコール様が楽しげに話を振ると、シルヴァン様は少しだけ目を丸くした後、小さくため息をついた。


「……やれやれ。私の立場を利用するのが上手い貴族様だ」


 呆れたように呟きながらも、シルヴァン様は怯えるフローラを安心させるように穏やかな微笑みを向けた。


「この少女を一人でこの村に残すのは確かに酷だ。城下町の知人の工房が、住み込みの見習いを探していたはずだ。そこでなら、真面目に働けば生きていけるだろう」


 シルヴァン様は、優しく語りかける。


「村を出る前に、もう一度くらいお姉さんに甘えてもいいのではないかな?」


 その温かい言葉に、フローラはさらに激しく泣き崩れる。

 すると、ニクスがふいにしゃがみ込み、泣きじゃくるフローラと目線を合わせた。


「離れた場所に住んではいるが、俺もティリアも、城下町には時々遊びに行く。だから、心配するなよ」


 彼は人懐っこくフローラに話しかけると、私を見上げて「なあ、そうだろう?」と無邪気に同意を求めてきた。

 私の大切な妹まで安心させようとしてくれるその優しさに、私の胸の奥はじんわりと温かくなった。


「ええ、もちろんよ。必ず会いに行くわ」


 私が力強く頷くと、フローラは嗚咽を漏らしながら、私の背中に強く腕を回し、顔を埋めてしがみついてきた。


「ありがとう……ありがとう、お姉ちゃん……っ」


 その後、私たちは事後処理のために数日間この村に滞在し、森に残った魔物の確認や、怪我をした村人たち、そして流行病に苦しむ人々の治療を見届けた。

 その間、フローラもマナーハウスで私たちと一緒に過ごした。

 ムコール様の薬は数日かけてゆっくりと彼女の咳を鎮め、心身ともに少しずつ落ち着きを取り戻させていった。


 そして、すべての事後処理が終わった穏やかな朝。

 私たちは村を出発する馬車に乗り込んだ。

 向かいの席には、すっかり咳も治まり、少し緊張した面持ちのフローラも同乗している。

 彼女は城下町まで私たちと一緒に行き、そこからシルヴァン様が紹介してくれた工房へ、住み込みの見習いとして入ることになっていた。


「お姉ちゃん……今まで、本当にありがとう」


 馬車が動き出してしばらくすると、フローラが少し寂しそうな、けれど前を向くような声で言った。


「私、工房で一生懸命お裁縫の勉強をするから。いつか、お姉ちゃんに一番綺麗なドレスを仕立てられるくらいに立派になるね」


 その健気な決意に、私は思わず目頭が熱くなった。


「ええ、楽しみにしているわ。あなたが仕立ててくれたドレスを着て、いつかまた一緒に……いろいろなお話をしましょう」


「うん、約束だよ! どんなに時間がかかっても、いつか必ず立派な針子になってみせるから!」


 フローラが涙ぐんだ顔をほころばせ、身を乗り出すようにして私の両手をぎゅっと強く握りしめてくる。

 私も微笑みながら、その小さな手をしっかりと握り返した。

 離れ離れになっても、こうして新しい未来の約束で繋がっていける。その事実は、私の心をほっと軽くしてくれた。

 ガタゴトと揺れる馬車の窓から、見慣れた村の景色が遠ざかっていくのを静かに見つめる。


 暗くて冷たい納屋の記憶や、両親に腕を捻り上げられた時の痛み。そして、これまでずっと浴びせられ続けてきた冷酷な言葉や、容赦のない暴力の数々は、まだ胸の奥に冷たく張り付いていた。

 時折、ふとした拍子にそれらの嫌な記憶がフラッシュバックして、指先が微かに震えてしまう。

 長い間あの人たちからされてきたことは、きっとそう簡単には私の中から消えてくれないのだろう。

 けれど、私が膝の上でぎゅっと手を握りしめると、隣に座っていたニクスが、いつものように自分の大きな手で私の手をすっぽりと包み込んでくれた。


 驚いて隣を見ると、ニクスは私の肩に自分の額をこつんとすり寄せてきた。

 その心地よい重みと、私を包み込む温かい手からは、「大丈夫だ」という確かな安心感が伝わってくる。

 向かいの席では、ムコール様が深く腰掛けながら、静かに微笑んで私を見守ってくれていた。

 彼らの温もりに触れていると、こわばっていた心がゆっくりと解け、少しだけ息がしやすくなっていくのを感じる。

 馬車は冬の澄んだ空気の中を、私たちの帰る場所へと向かって迷いなく進んでいく。

 私は窓から差し込む温かい光に目を細めながら、握ってくれたニクスの手を、しっかりと握り返した。


第一部完結です。

続きは気が向いたら書くと思います。お付き合いいただき、ありがとうございました。

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