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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第13章-4 雪降る故郷4

 その優しい気遣いに触れ、杯を受け取ったフローラの目から、涙がさらにボロボロと溢れ出した。

 私は、震える妹の背中をそっと撫でた。

 恨んでいなかったかと言われれば、嘘になるかもしれない。あの冷たい雨の日、口を閉ざした妹を見て、絶望したのも事実だ。

 けれど、こうして泣きじゃくる小さな背中を見ていると、どうしても彼女を見捨てることなんてできなかった。


「ありがとう、フローラ。私、あなたがそんなふうに考えてくれていたなんて、知らなかった」


「……お姉、ちゃん?」


「昔……寒迎祭(サマイン)の時に、仕事をする私にこっそり温かいパンを隠し持ってきてくれたでしょう? それが、忘れられなくて戻ってきたの」


 私の言葉に、フローラは目を丸くして、それからふにゃりと泣き笑いのような顔になった。


「村に戻ってきて、本当によかった」


 私が家を追い出されたとき、妹は厄介払いができて安堵したとばかり思っていた。

 けれど、それはただの悲しいすれ違いだった。

 互いの抱えていた怯えや誤解を語り合うことで、私の心をずっとわだかまっていた冷たいおりが、雪解けのように静かに流れていくのを感じた。

 やがて、温かい薬が効いてきたのか、それともこれまでの心労が解けたからなのか。フローラはホッと長く息を吐き、少しだけ顔色を取り戻したようだった。


「……すっかり疲れ切っているね。身体が温まったら、騎士に家まで送らせよう」


 ムコール様はそう言ってから、控えていた騎士の一人を呼び寄せた。


「ご両親のところへ送り届けるときは、『村の中でご両親を探してうろつき、雪に倒れていたところを保護した』と伝えなさい。そうすれば、寝込んでいるはずの娘がいなくなっていたことへの詮索も逸らせるだろうからね」


「はっ!」


 指示を受けた騎士が、立ち上がったフローラの小さな肩に厚手の外套を掛けてやった。

 両親に問い詰められるのではないかと怯えていたらしいフローラは、ホッとしたように深く息を吐いてペコリと頭を下げた。


「ムコール様……ありがとうございます」


 私も妹と一緒に、深く頭を下げた。


「気にしなくていいよ。義理の娘の大切な妹を守るのも、親の務めだからね」


 ムコール様はふふと笑い、フローラは騎士に付き添われて、村の家へと送り届けられることになった。

 館の扉が閉まり、雪の中を帰っていく妹の後ろ姿を見送る。


「……よかったな、ティリア」


 不意に、隣に立っていたニクスが、私の頭にポンと大きな手を乗せた。

 その優しくて大きな手の感触に、私は思わず目頭が熱くなった。


「はい……。私、あの子が……フローラが、私を見殺しにした罪悪感で苦しんでいたなんて、ちっとも気づいていなくて」


 ポツリポツリと、私は心の内にあった感情を言葉にする。


「でも、話せて……本当によかったです。ムコール様、ニクス……私をここまで連れてきてくださって、本当にありがとうございました」


 私が深く頭を下げると、ニクスは少し照れくさそうに頭を掻き、ムコール様は優しく目を細めた。

 私の心をずっと塞いでいた重たい石が、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。

 その日の午後、広間での休息を終えた私たちの元へ、村の警戒にあたっていたシルヴァン様が騎士たちを伴って戻ってきた。


「村の近くには魔物の気配はないようだな。だが、畑や川向こうには狼などの獣がうろついている。おそらく、森の奥にいる魔物に追われて、村の近くまで逃げてきたのだろう」


 シルヴァン様は肩に積もった雪を払いながら、現状の報告をしてくれた。

 馬車の中で私が気づいた、動物たちが不自然に密集していた理由もこれだったのだろう。


「熱で倒れている村人たちには、この館の使用人たちと手分けをして、ムコール殿の薬を配り終えた。あとは、森に巣食う元凶を叩くだけだ」


 シルヴァン様の言葉に、私はギュッと両手を握りしめた。

 これ以上、誰も病気で苦しんでほしくない。フローラが安心して暮らせる村を取り戻したい。

 そして何より、私に温かい居場所をくれ、過去と向き合う勇気をくれた二人のために、私にもできることをやり遂げたかった。


 広間のテーブルに広げられた森の周辺の地図を見つめながら、私は恐る恐る、けれど精一杯の思いを込めて口を開いた。

「あの……私の目が、少しでも皆さんの役に立てられるといいなと思います。……明日は、よろしくお願いします」


 私が不安げに上目遣いで言うと、ニクスとシルヴァン様は顔を見合わせ、それから静かに、けれど心強い頷きを返してくれた。


「ああ。ティリアの『目』は、今の我々にとってこれ以上ない頼みの綱だ。明日はどうか、力を貸してほしい」


 シルヴァン様が真摯な声で言ってくれると、ニクスも力強く頷いた。


「俺たちだけじゃ、あの広い森の中で巣を見つけるまでに時間がかかりすぎる。あんたがいるからこそできる討伐だ」


「……はいっ!」


 私を足手まといとしてではなく、確かな役割を持った存在として頼ってくれる二人の言葉に、私は心がじんわりと温かくなるのを感じながら、大きく頷いた。


 その日の夜、明日の討伐を控え、私はあてがわれた客室のベッドの中で、一人で身体を強張らせていた。

 温かい毛布に包まれていても、恐ろしい魔物がうごめく森へ行くと思うと、不安で胸がどきどきと鳴って眠れない。

 暖炉の火がパチパチと爆ぜる音を聞きながら身を縮めていると、トン、トン、と静かに扉を叩く音が聞こえた。


「ティリア、起きてるか?」


 扉の向こうからの低い声に、私は弾かれたように起き上がった。


「ニクス……うん、起きてるよ。入って」


 部屋に入ってきたニクスは、ベッドに座る私の顔を見て、少しだけ眉を下げた。


 部屋に入ってきたニクスは、ベッドの上で小さくなっている私を見て、少しだけ眉を下げた。


「明日のことが怖くて、眠れないか?」


 思っていることを見抜かれたようで、私は恥ずかしくて俯いた。


「うん……。少しでも役に立ちたいって言ったのに、本当は、あのカチカチ鳴る魔物を思い出すだけで、少し……怖くて」


 私が情けない本音をこぼすと、ニクスはベッドの傍らに膝をつき、私の冷たくなった手をそっと両手で包み込んだ。


「あんな気味の悪い化け物、怖いと思うのは当然だ。俺だって、進んで見たいわけじゃない」


 ニクスは私を元気付けるように笑ってみせているみたいだった。

 重ねられた手のぬくもりがじわりと伝わってきて、浅くなっていた呼吸が少しずつ整っていく。


「でも……」


「あんたは、俺たちの後ろで見えたものを教えてくれるだけでいい。あとの泥臭い仕事は全部、俺とシルヴァンたちがやる。城下町のときだって、ちゃんとあんたを守れただろ?」


 私を真っ直ぐに見つめるニクスの夜空に月が浮かんだような瞳に見つめられて、少しだけ頬が熱を持つ。


「……うん。ニクスが一緒にいてくれるなら、私、頑張れる気がする」


「ああ、その調子だ。でも、無茶はしないでくれよ」


 ニクスはそう言って、ズレていた毛布を私の肩口までそっと掛け直してくれた。

 彼がそばにいてくれるという確かな安心感に包まれ、私はいつの間にか、深く静かな眠りへと落ちていた。

今日も2話更新です。

おもしろかったり、続きが気になったらブクマや評価よろしくお願いします

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