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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第13章-1 雪降る故郷1

 冬の足音が近づく故郷へ向けた馬車の旅は、日を追うごとに寒さと緊張感を増していく。

 王都を出発した時から降り始めていた雪は、十日あまりの旅の間、降り止むことなく周囲の景色を白く染め上げていた。


 吐く息が白く染まり始めた頃、私たちの乗る馬車は、分厚い雪に覆われたオーベル村へと続く深い森の街道を進んでいた。

 軋む車輪の音に混じって、時折、窓の外の木立から不気味な音が聞こえてくる。

 黒く硬質な外殻がこすれ合うような、カチカチという耳障りな音だ。


 その異音に私が思わず身を縮めると、隣に座るニクスがいつでも飛び出せるように腰を浮かせ、そっと剣の柄に手を添えた。

 向かいの席のムコール様も、表情を変えることなく静かに窓の外の様子を窺っている。

 馬車の窓越しにチラリと見えたのは、雪を被った黒い木立に同化するように這い出てきた、大人の人間ほどの大きさがある蜘蛛型の魔物だ。

 八本の鋭い脚が雪を踏みしめ、こちらへと迫ってくる気配に、私はギュッと目を瞑って息を呑む。


 けれど、私が怯える間もなく、馬車の周囲を護衛しているシルヴァン様や騎士たちが鋭い号令とともに素早く剣を抜き、あっという間に魔物を討伐してくれた。

 村へ通じる唯一の道にまで魔物が現れるということは、村は外界から完全に孤立しているということだ。

 王都を出る前にムコール様が言っていた、『オーベル村の周辺で魔物が巣を作り、外に助けを求める余裕もないようだ』という言葉が、現実のものとして重くのしかかってくる。


 私は揺れる馬車の中で、時折そっと目を閉じては、窓の外の森の様子を窺っていた。

 私の目に見える生き物たちの光を頼りに、視界に入る木々の間を探っていると、奇妙なことに気がついた。

 森の奥深くにいるはずの小さな動物たちの光が、まるで何かを避けるように、街道のすぐ近くの浅い森に不自然に密集していた。

 私は同じ馬車に乗っているムコール様に、そっと声をかけた。


「……普段はこんなに、道の近くに動物はいない気がします。生き物たちが、森の奥の一帯を避けている方向があるみたいです……詳しい場所まではわからないのですが」


 私が自信なさげにそう伝えると、向かいに座るムコール様は、仮面の下の目を細めて興味深そうに顎に手を当てた。


「なるほど。もしかしたら、動物が避けている方向に魔物の巣があるのかもしれないね。有益な情報だ。後でシルヴァンにも伝えておこう」


 私の拙い言葉を真剣に受け止め、役に立つと言ってくれたことに、私は小さく息を吐いてホッと胸を撫で下ろした。

 すると、隣に座っていたニクスが、私の膝からずり落ちそうになっていた毛布を拾い上げ、肩口までそっと掛け直してくれた。


「ティリアの目のお陰で、魔物の巣も早く見つけられそうだな。よく気づいた」


 彼の手から伝わる温もりと、まっすぐ届く褒め言葉に、強張っていた心が少しだけ軽くなる。

 ニクスはそのまま、少し心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「寒くないか? 怖かったら、無理して外を見なくていいからな」


「だ、大丈夫。それに、毛布……ありがとう……」


 私の目を見て、当たり前のように気遣ってくれるその言葉に、不安だった気持ちが少しずつ解れていく。

 それと同時に、あまりにも間近で向けられた真剣な瞳にドギマギしてしまい、私の頬は寒さとは違う理由で少しだけ熱を持っていた。

 巣の正確な位置まではわからなくても、あの方角が危険だということだけでも伝えられた。少しでもみんなの役に立てたのならよかった。

 すると、隣に座っていたニクスが、私の膝からずり落ちそうになっていた毛布を拾い上げ、肩口までそっと掛け直してくれた。

 ムコール様はそんな私たちを、どこか微笑ましいものを見るような、楽しげな眼差しで見守ってくれていた。


 そうして、降り続く雪の中、私たちの乗る馬車はついにオーベル村へと入り込んでいく。

 窓の外に広がるのは、村全体を厚く白く覆い尽くす雪景色だ。

 見覚えのある寒々しい故郷の姿に、私は思わず身を縮める。


 村は不気味なほどに静まり返っていた。

 降り積もる雪と、蔓延しているという流行病のせいで、人の気配がまったく感じられない。村全体が、まるで死んでしまったかのような重苦しい静寂に包まれていた。


 やがて馬車がマナーハウスの前で止まり、私たちが雪の降り積もる地面へと降り立つと、村を治める領主様が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 王都からやってきた上位貴族と騎士団長という想定外の訪問者に、彼はすっかり萎縮してしまっているように見えた。

 寒さからか、それとも突然の事態に対する畏れからなのか、彼は身を小さく震わせながらうやうやしく私たちを出迎える。


 ムコール様は、顔の上半分を覆う豪奢な仮面をつけている。

 その素顔を隠した威圧感のある出で立ちと、堂々とした貴族の振る舞いを前にしては無理もないのだろう。気弱そうな領主様はただおろおろとするばかりで、何度も頭を下げていた。


「突然の訪問を許してほしい」


 ムコール様は、ゆったりとした態度で静かに口を開いた。


「少し前に、貴方の村から娘を一人買い受けただろう? その子を養子にしてね。故郷を見たいと言うから連れてきたのだけれど……どうやら、大変な状況になっているみたいだね」


「そ、その節は……っ! あ、あの娘が、養女に……?」


 領主様は信じられないものを見るような目で、ムコール様の背後に立つ私を見た。

 上質な布地で仕立てられた冬着を纏い、美しく整えられた私の姿が、かつて自分の村にいたはずの農家の娘だとは、にわかに信じがたいようだった。

 驚愕と戸惑いで絶句する領主様に対し、ムコール様は淡々と言葉を続けた。


「長旅で娘も疲れている。まずは、休ませてやりたいのだが」


「は、ははっ! も、勿論でございます! どうか、私の館の客室と、主寝室をすべてお使いくださいませ。我ら家族は別棟の小さな部屋へ移りますゆえ、どうぞご遠慮なく……!」


 領主様は慌てて道を空け、自分の生活の場を全て明け渡すような勢いで、私たちを館へと案内してくれた。

 案内された館の広間は、王都の屋敷に比べればずっと小ぢんまりとしていたけれど、この村では一番立派な建物だった。

 けれど、石造りの壁からはしんしんと冷気が這い出し、薪の火が燃えていても、どこか薄暗くて寒々しい。

 シルヴァン様が騎士たちと外の警戒へと向かい、使用人たちが私たちの荷物をそれぞれの部屋へと運んでいった後、ムコール様がふふと立ち止まった。


「さて……『変わり者の貴族』らしく、まずは身を守る準備をしようか」


 彼は優雅な動作で、長い指を空中に滑らせた。

 その瞬間、私の目に見える光とは違う、淡くて青白い光の粒が、彼の指先からさらさらと溢れ出した。

 光の粒は、生き物のように壁を這い、床を滑り、館の窓や扉を蜘蛛の巣のように細く鋭い線で結んでいく。

 ムコール様が、ほんの少しだけ楽しそうに唇の端を吊り上げる。


「これで、招かれざる客は入ってこれないよ。……この村の悪霊もね」

明日の朝は2話更新予定です。

おもしろかったり、続きが気になったらブクマや評価よろしくお願いします

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