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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第12章-4 小さな手仕事と冬の足音4

 惜しみない言葉で労ってくれるその声と、嬉しそうな彼の表情に、固く結んでいた唇がゆるみ、頬にやわらかな熱が広がっていく。

 何も持っていなかった私が、自分の手で誰かに感謝を伝えられたことが、ただひたすらに嬉しかった。

 ふと視線を感じて横を向くと、ニクスがムコール様の手元にあるハンカチをじっと見つめていた。


「……いいな」


 ぽつりとこぼれた呟きには、ほんの少しだけ拗ねたような響きが混ざっていた。


「ふふ……ニクスにも作るから、待っていてね」


 私がこっそりと伝えると、彼はぱっと顔を輝かせ、とても嬉しそうに微笑んだ。


「さて、お茶の後は少し手伝ってもらえないかい?」


 ムコール様が手元のティーカップを置いて、ふわりと微笑む。


寒迎祭(サマイン)のための魔除けのハーブを束ねるんだ。本来なら使用人たちの仕事だけれど、私は植物に触れるのが好きでね。毎年、いくつかだけは自分の趣味で作っているんだ」


「先生の植物好きは今に始まったことじゃないからな。ここの連中も、貴族の当主が土いじりや手仕事をすることには、すっかり慣れっこらしい」


 呆れたように肩をすくめるニクスの言葉に、私は「そうなんですね」と小さく笑った。


「今年は君たちもいることだし、みんなで一緒にどうかな」


「もちろんです」


 私が頷くと、ニクスも「俺も手伝おう」と立ち上がった。

 そうしてその日の午後は、暖炉の前に集まって、三人でハーブを束ねる作業をすることになった。


 パチパチと薪がはぜる温かい音と、様々なハーブの香りに包まれていると、ふと、村での記憶が蘇ってくる。

 吹きさらしの家の裏手で、氷を割って冷たい水で獲物の内臓を洗わされていた時のこと。

 凍える指先に息を吹きかけながら、暖かい室内で家族が魔除けを作る姿を、私はただ悲しい気持ちで窓越しに見つめているしかなかった。


「……どうかしたか?」


 ふと、隣からニクスの心配そうな声が降ってきた。

 見上げると、彼が私の手元を覗き込んでいる。


「ううん、なんでもないよ」


 私が首を振って、かつて窓越しに見ていた飾り結びを記憶を頼りにぎこちなく試みていると、ニクスがそっと手を添えてくれた。

 彼の大きくて温かい手が、私の冷えた指先を優しく包み込み、うまく結べない糸を一緒に引いて形を整えてくれる。

 今の私は、冷たい家の裏ではなく、温かな室内で彼に見守られているのだ。


「こちらのものとは少し様式が違うようだね。とても綺麗だ」


 向かいの席で、ムコール様が私たちの様子を見守りながらそう言ってくれた。


 そして、翌朝。

 ダイニングで三人揃って食卓を囲み、温かいスープに口をつけていると、向かいに座るムコール様がふと、思い出したように口を開いた。


「そういえば、妙な気配を感じたから少し詳しく調べてみたのだけれど」


 いつもと変わらない優雅な手つきで紅茶のカップを置き、彼は静かに告げた。


「オーベル村の周辺で、魔物が巣を作り数を増やしているようだね。外に助けを求める余裕もないみたいだ」


 ムコール様が言うには、彼が地中に張り巡らせている見えない根のようなものが、時間をかけて村の周辺に広がっていく異変を感知したのだという。

 その言葉を聞いた途端、背筋がひやりと強く跳ねた。

 村が、危ない……?

 そう気付いた瞬間、あの日、私を家の外へと締め出したお父さんたちの顔が頭をよぎった。


 私にとって、あの村は決して居心地の良い場所ではなかったし、家族の間にだって、見えない壁があった。

 けれど、村が危ないのなら、お父さんやお母さん、それに妹のフローラも無事では済まないかもしれない。

 家族が魔物に襲われるかもしれないという想像に、指先から急激に温もりが引いていくのを感じて、私は思わず震える手を握りしめ、深く俯いてしまった。


「ティリア、無理に聞かなくていい。少し休め」


 ニクスが心配そうに私の肩を抱き、そのまま三階の自室へと連れて行ってくれた。

 一人になった部屋のベッドで膝を抱えていても、村にいる家族の安否ばかりが頭の中をぐるぐると回って離れない。


 でも、私に何ができるというのだろう。

 ただ答えの出ない不安に押しつぶされそうになりながら、時間だけが過ぎていった。

 どれくらいそうしていたのか、わからない。

 夕暮れ時を迎えた頃、部屋の扉をノックする音が響いた。


「ティリア様、一階の客間へいらしてください」


 扉越しの使用人の声に、私は弾かれたように顔を上げた。

 何か村の新しい情報がわかったのだろうか。

 重い足取りで階段を降り、祈るような気持ちでドローイングルームの扉を開ける。


「ルーク、さん……?」


 驚いて立ち尽くす私に、彼は少しだけ照れたように頬を掻いた。


「驚かせてすみません。今朝の魔物の件で、シルヴァン団長がムコール様と内密なお話をされているんです。それで、団長が僕にこの客間で待つようにと、気を利かせてくれたみたいで……」


 どうやら、奥の部屋で二人が話をしている間、同行してきた彼がここで待機することになったらしい。


「ティリアさん、少し顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


「あ……はい。少し、考え事をしていて……」


 私が曖昧に濁すと、ルークは少し迷ったような素振りを見せた後、真摯な声で口を開いた。


「突然こんなことを言って驚かせてしまうかもしれませんが……実は、あの日お会いした時から、ティリアさんのことがずっと気になっていたんです。今日、団長がこの館を訪問すると聞いて……どうしてもあなたに気持ちを伝えたくて、無理を言って同行させてもらいました」


 思いがけない言葉に、私は思わず目を見開いた。


「え……? 私、ですか……?」


 冗談か何かなのかと思って彼の顔を見たけれど、その緑の瞳はどこまでも真剣だった。


「私なんかの……どこが良いと言うんですか。私、何にも持っていない、ただの村娘なのに……」


 戸惑いから思わずそうこぼすと、ルークは不思議そうに小さく首を傾げた。


「ティリアさんは、ムコール殿のご縁者でしょう。所作も美しいですし、そんなご謙遜をなさらなくても」


 彼は柔らかく微笑むと、真っ直ぐに私の目を見た。


「あの迷子の子を見つけた時の、あなたの優しさやひたむきな姿に惹かれたんです」


 それに、と彼は言葉を続ける。


「例の魔物騒動の時、あなたが自ら協力すると名乗り出たと、団長からお聞きしました。控えめなだけではなく、勇気があり芯の強さを持っていらっしゃるところも、とても好ましく思っています」


 彼はそう言って、少しだけ改まったように姿勢を正した。


「あなたさえよければ、これから少しずつ、お互いのことを知っていけませんか?」


 ルークの言葉は、とても温かく、誠実だった。


「……先ほどの言葉やご様子から、ティリアさんが何か複雑な事情を抱えているのは察しています。もしよければ、僕が力になります。あなたが心から安心できる、温かい居場所を作りたいんです」


 ルークは、本当に優しくて誠実な人だ……そう思った。

 誰かに守られ、誰かの妻になって、共に生きていくということ。

毎朝7時半くらいに更新予定です。

おもしろかったり、続きが気になったらブクマや評価よろしくお願いします

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