第12章-2 小さな手仕事と冬の足音2
肌触りの良い柔らかな布地が、手際よく私の体に沿わされていく。
服を着終えると、今度は鏡台の前に座らされ、柔らかいブラシで丁寧に髪を梳かれた。
「本当に綺麗な銀糸の髪ですこと。今日は少し、可愛らしく結い上げましょうね」
年配の使用人は優しい手つきで私の髪を編み込むと、仕上げにそっと、あるものを挿し込んでくれた。
それは、ニクスからもらった、月を模した木彫りの綺麗な髪飾りだった。
「この髪飾り、深緑色の生地によく映えますよ。まあ、ティリア様、本当によくお似合いですわ」
鏡の中に映る自分は、村にいた頃の煤けた私とは別人のように小綺麗で、少しだけ頬が熱くなる。
彼女がまるで自分の孫娘を見るような優しい目で称賛してくれ、私は気恥ずかしくなりながらも「ありがとうございます」と小さくお礼を言った。
「寒迎祭では、お守りや特別なお菓子もたくさん売っていますから、楽しんできてくださいね」
温かい言葉に見送られながら身支度を終えてエントランスに降りると、そこにはすでにニクスが待っていた。
「ニクス、お待たせ」
私がそっと声をかけると、窓の外を眺めていた彼がこちらを振り向いた。
その姿を見て、私は思わず息を呑んで立ち止まってしまった。
普段はざっくりとした動きやすい服を着ていることの多い彼だけれど、今日は上質な仕立ての暗い色合いの外套と、体の線に沿う細身の服を身に纏っている。
真っ直ぐに伸びた背筋と広い肩幅が強調され、丁寧に整えられた黒い髪が光を受けて艶めいている。
すっと通った鼻筋や、夜空のような紫と眩しい金色が溶け合った不思議な色合いの瞳が、今日はいつもよりずっと大人びて、冷たいほどの美しさを放っていた。
その長身と整った顔立ちが際立ち、まるで本物の高貴な青年のようで、彼が人間とは違う存在だということを一瞬忘れてしまいそうになるほどだった。
「すごく似合ってる。それに、髪飾りも気に入ってくれているようで嬉しい」
彼が私の目を見て返事を待つので、私は少し熱くなった頬を誤魔化すように頷いた。
「うん……ありがとう」
「……また、この前の揚げ菓子を食べるか? ヒイラギの葉の形をした焼き菓子も売ってるんだ。それも美味しいぞ」
楽しそうにそう言うと、ニクスはそっと私の手を握り、馬車が待つ外へと私を導いた。
「うん、寒迎祭のお菓子も、食べてみたいな」
私たちが和やかに笑い合っていると、ムコール様が「さあ、行こうか」と促し、私たちは馬車に乗り込んだ。
馬車は街の中心部へ向かい、祭りの出店が立ち並ぶ大通りの入り口で静かに止まった。
ここから先、ムコール様は役所などのある行政区の方へ向かうらしい。
「夕方、鐘が鳴る頃に市庁舎の前の広場に馬車を待たせておくから、それまで楽しんでおいで」
私とニクスは先に馬車を降り、そう言って微笑む彼を見送った。
寒迎祭の準備で活気づく通りは、ヒイラギやヤドリギ、アイビーなど常緑植物を使った美しいリース飾りで街中が彩られていた。
行き交う人々の中には、冬の妖精を模した可愛らしい仮装をしている子供たちの姿もある。
色とりどりの布や、甘い匂いのする焼き菓子。
人混みの中ではぐれないよう、ニクスが私の肩を庇うようにして隣を歩いてくれている。
珍しいものばかりで目を奪われていると、ふと、すれ違う人々の視線を何度も感じた。
特に、街の男たちが立ち止まって、私の方をじっと見つめている。
前回この街を訪れた時もそうだった。
着慣れない上等な服を着ているせいか、やっぱり私の振る舞いは田舎者で浮いてしまっているのだろうか。
私が気後れして無意識に身を縮めると、ニクスがさっと私の肩を抱き寄せるようにして、周囲からの視線を遮った。
彼が冷たく鋭い瞳で周囲をぐるりと睨みつけると、男たちは慌てて目を逸らし、そそくさとその場を離れていく。
私を気遣う優しい手つきとは裏腹に、ニクスから微かに漏れ出ている気配は、ひどく不機嫌で苛立っているようだった。
「あの……私、何か変ですか……?」
おずおずと尋ねる私を見下ろし、ニクスは少しだけばつが悪そうに視線を逸らした。
けれど、すぐにまた私を真っ直ぐに見つめ返し、きっぱりと首を横に振る。
「変なわけがない。……あんたが綺麗だから、色々なやつが見てくるだけだ」
少しの照れくささを滲ませた、駆け引きも何もない真っ直ぐすぎる言葉に、私は思わず息を呑んだ。
「きっ、綺麗だなんて……!」
カアッと顔が熱くなる。
ニクスの口調には、お世辞やからかいの色は一切なく、本気でそう言ってくれているのだと伝わってきた。
――もしかして、他の人が私を見るのが嫌で、不機嫌になっているのだろうか。
私なんかのために?
信じられない思いと、胸のつかえがきゅっと痛むような甘い感覚に、私は誤魔化すように俯くしかなかった。
驚いて視線を落とすと、五、六歳くらいの小さな男の子が、涙で顔をくしゃくしゃにしながら私のスカートを握りしめていた。
「危ないよ。こっちにおいで」
周囲は祭りの買い出しで大きな荷物を抱えた大人たちが足早に行き交っており、このままでは小さな彼が蹴飛ばされてしまいそうだった。
私は慌てて子供の小さな手を引き、人の流れが少ない建物の壁際へと連れて行った。
彼と同じ高さになるようにしゃがみ込み、震える小さな背中をさすりながら優しく問いかける。
「どうしたの?」
「お母さんと……はぐれちゃったの……」
子供はしゃくりあげながら、ぽつりと答えた。
傍らに立つニクスが、人波から私たちを守るように大きな体で盾になってくれている。
親を探そうと立ち上がり、背の高いニクスに周囲を見渡してもらおうとした時、横から明るい声が降ってきた。
「大丈夫ですか? 僕も手伝いましょうか」
そこに立っていたのは、私と同じか、少し年上くらいに見える男性だった。
短くツンツンとはねた赤い髪に、親しみやすい緑の眼を細めて、安心させるように微笑みかけてくれている。
背丈はニクスより少し低かったけれど、がっしりとした逞しい体つきをしており、上等な革鎧の上に羽織ったマントや腰に帯びた剣から、この街を警備している騎士の方なのだとわかった。
その明るくて人の良さそうな雰囲気に、私は少しだけホッとして息を吐いた。
「あ、あの……ええ、お願いします」
私が戸惑いながらもお願いすると、彼は迷子の子供の前に片膝をつき、安心させるような優しい声で話しかけた。
「もう泣かなくて大丈夫だよ。お兄ちゃんたちがお母さんを探してあげるからね。お母さんはどんな服を着ていたか、覚えてる?」
「茶色い、コート……」
子供がたどたどしく答えると、頭上からニクスが身を乗り出すようにして尋ねた。
「コートの色だけじゃ、わからないな。なあ、お母さんの髪は何色だ?」
「……赤色。騎士のお兄ちゃんとおなじ、赤」
迷子の子供と同じ目線で優しく話しかける男性と、初めて出会った相手と協力して、一生懸命に子供の親を探し出そうとしてくれているニクス。
二人の姿を見ていると、この赤い髪の男性もまた、とても誠実で優しい人なのだということが自然と伝わってきた。
「人混みを探し回るより、高いところから探した方が早い」
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