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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第8章-2 忌み子の瞳と、肯定の光2

 呆然と尋ねると、ムコール様は柔らかく微笑みながら種明かしをしてくれた。


「ふふ……私は怪我を治せないよ。ニクスが特別なのさ」


 ムコール様は、柔らかい声色のまま話を続ける。仮面を付けていてわかりにくいけれど、口元は穏やかに微笑んでいるから、怒っていたり、めんどくさがっていないことが伝わってきた。


「彼は気の遠くなるような昔に、人の仔が作ったお隣さん(妖精)でね。こうして魔力を注げば、どんな怪我も塞がるんだ」


「お隣さん……?」


 聞き慣れない言葉に、私が思わず首を傾げると、ムコール様はくすりと笑った。


「人の仔は『妖精』と無粋な言い方で呼んでいるよ。まあ、見える子も少ないだろうしね。ティリア、君には見えているだろう? 視線でわかるよ」


 ムコール様はそう言って、白く華奢な手で私の頭を優しく撫でてくれた。


「そこかしこで羽ばたいたり、歌ったり踊っている様々な光達、それがお隣さん(妖精)たちだよ。ニクスは、その光と近い存在なんだ」


 ……あの、黒くて大きくて、とても優しい獣の姿をした彼が、きらきらと舞う光と近い存在……?


 私が改めて、隣で傷の塞がった腕をぐるぐると回している彼を見上げると、ふと視線がぶつかった。


「な? 大丈夫だっただろ?」


 ニクスは安心させるように笑うと、少し照れたように眉尻を下げて口を開いた。


「ハンカチを巻いてくれたのは、なんだかむず痒くて、胸の辺りが温かくなった。ありがとう」


 その言い淀みのない言葉に、私は耳がきゅっと熱くなるのを感じた。


「さて、治療はこれで良し……と。それで、シルヴァン、久し振りだね。てっきり明日来ると思っていたのだけれど」


 紅茶のカップを手に取りながら問いかける声に、シルヴァン様は居住まいを正した。


「ムコール殿、実は、生きた魔物を城下町に持ち込んでいる者たちがいる。あなたとニクスに協力を仰ぎたいのだが」


 生きた魔物……。

 路地裏で見た、あの禍々しい暗い青の光の輪郭を思い出し、私ははっと息を呑んだ。

 もし、まだあの恐ろしい魔物が、人々が生活するこの街に潜んでいるとしたら。


「あのっ……!」


 ムコール様やニクスが答えるよりも早く、私は弾かれたように声を上げていた。

 途端に、三人の大人の視線が私に集まる。

 騎士団長様という立派な身分の方や、貴族様であるムコール様の話し合いに、ただの村娘が口を挟むなんて。


 無礼だと怒鳴られるかもしれない。

 不吉な目を出しゃばらせるなと、呆れられるかもしれない。

 そう気づいて、私は途端に萎縮し、息が早まっていった。

 喉がカラカラに渇き、膝の上で握りしめた手にじわりと汗が滲む。


「どうしたんだい?」


 言葉に詰まる私に、ムコール様が穏やかな声で優しく促してくれた。

 私はぎゅっと唇を噛み締めると、意を決して顔を上げた。


「私の……目、役に立つと思います。その、だから、差し出がましいとは思うのですが……私も協力したいです」


 上擦りそうになる声でそう告げて、私は向かいに座るシルヴァン様を真っ直ぐに見つめた。

 ずっと忌々しいと思っていた……呪われた目だと思っていたけれど、これが役に立つのなら。

 もし私の力で、誰かが傷つくのを防げるのなら。

 シルヴァン様は少し驚いたように目を見開いた後、真摯な面持ちで口を開いた。


「ティリア……君は、おそらくムコール殿やニクスと違う、普通の人間だ」


 その低く落ち着いた声に、私はこくりと頷いた。


「本来なら、危険な場に巻き込むわけにはいかない」


 シルヴァン様はそこで言葉を区切り、ふっと僅かに口元を緩めた。


「……だが、君の力があれば、間違いなく被害を未然に防げるだろう。頼めるだろうか?」


「はい……っ」


 シルヴァン様からの正式な依頼に、私は力強く頷いた。


「俺も手伝う。ティリアを危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」


 ニクスが静かに、けれど迷いのない声でそう言うと、ムコール様も頷きながら立ち上がった。


「私の力を使えば、抜け道は把握出来ると思うけれど、偽装されていたら魔物の位置を見つけるのは苦労する。ティリアが手伝ってくれるのなら頼もしいね」


 ムコール様やニクスの言葉に、私の肩からスッと無駄な力が抜けていった。


 得体の知れない私の力が、頭ごなしに否定されなかったことに、少しだけ安堵したのだ。


 それでも、再び馬車に乗り込み、夜の帳が下り始めた王都の裏通りへと向かう道中、揺れる車内でじわじわと不安が込み上げてきた。

 私が、本当に出しゃばってよかったのだろうか。


 たまたま、さっき見た魔物が暗い青の光だっただけで、もし他の魔物が違う色をしていたら?

 私の見間違いで、騎士団の方々を振り回してしまったらどうしよう。

 万が一、失敗して誰かが怪我をしてしまったら……。


 緊張で膝の上のスカートを握りしめていると、向かいに座るムコール様が、手にした杖の先を馬車の床板にコツンと当てていた。

 黒く滑らかな木肌に、先端と末端に銀の装飾が施された古びた杖だ。


「……なるほど。王都の地下水路のさらに下、古い遺跡の隙間を縫うようにして、荷物の検問や検疫を避けられる抜け道があるようだね。

私の根が、微かな土の乱れを感じ取っている」


 私の根?

 不思議に思って私が小首を傾げると、隣に座っていたニクスが小声で教えてくれた。


「先生は、世界のあちこちに根を張ったり分身を置いて、色々なことを調べられるんだ」


 世界中……?

 あまりのスケールの大きさに私が目を丸くしていると、ムコール様がゆっくりと目を開け、私を見た。


「だが、やはり問題は荷馬車の方だね。魔物の骨や泥を混ぜた塗料で気配を偽装しているのだろう、地下から探ってもぼんやりとした輪郭しか掴めないみたいだ。

ティリア、君の目の出番だよ」


 私はこくりと頷き、馬車の窓の方へと顔を向けた。

 外はもう日が落ちている。

 私は目を閉じて、魔物が放つ暗く青い光の輪郭を探すことに集中した。


 暗闇の中で、王都の人々が放つ、温かくて人らしき光がぽつぽつと見え始める。

 その中から、異質なものを探すように感覚を広げていく。

 失敗したらどうしようという不安が、嫌でも頭をよぎる。

 それでも、私は必死に意識を集中させた。


「……見えました。地下水路の出口に近い、裏通りの古い倉庫の前です」


 私は目を閉じたまま、確信を持って声を上げた。


「人間らしい光が六つ。……その中心にある荷馬車の中に、暗い青の光が四つ、ひしめき合っています」


「十分だ。よくやってくれた、ティリア」


 シルヴァン様の力強い声と共に、馬車が車輪を軋ませながら静かに停まった。


 大通りから一本外れた、光蟲(ランプシー)の街灯の光も届かない薄暗い路地裏。

 シルヴァン様が手信号を送ると、同行していた数名の騎士たちが影のように散開し、倉庫の周囲を完全に包囲した。

 誰もが熟練の足捌きで、音を立てずに間合いを詰めていく。


「行くぞ」


 シルヴァン様が剣の柄に手を掛けた瞬間だった。

 暗闇の中でも微かに光を反射する銀の鎧に気づいたのか、ガラの悪い男の一人が慌てて荷馬車の荷台の鍵を叩き壊した。


「チィッ! 騎士団だ、魔物を放て!」

毎朝7時半くらいに更新予定です。

おもしろかったり、続きが気になったらブクマや評価よろしくお願いします

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