第7章-3 初めての街と、見えざる命の光3
その異様な雰囲気に、男たちが怯え、後ずさる。
ニクスが低い唸り声を上げ、男たちに向かって飛びかかろうと石畳を蹴った、まさにその瞬間だった。
「――そこまでにしておけ」
静かだけれど、よく通る声が路地の入り口から響き渡った。
その声に、ニクスの動きがピタリと止まる。
直後、男たちの背後で銀色の閃光が走った。
驚いて目を見開いたニクスの前で、二人の柄の悪い男たちはあっという間に地面に叩き伏せられていた。
「な、なんだと!?」
逃げ出そうと踵を返した商人も、後ろから追いついてきた銀色の鎧の騎士にがっちりと腕を掴み上げられている。
倒れた男たちは、他の騎士たちによって素早く縛り上げられていった。
次々と起こる信じられない出来事に、私の頭は完全に混乱し、ただ呆然と彼らの様子を見つめることしかできない。
その光景の中心に立っていたのは、あの漆黒の長い髪を後ろで一つに結い上げた、目つきの鋭い騎士様だった。
彼は無造作に剣を鞘に納めると、すっかり毒気を抜かれた様子のニクスに向かって、呆れたようにため息をついた。
「「ニクス、ここで暴れればムコール殿に怒られる所じゃ済まないぞ」
知り合いなのだろうか。たった今、人を殺しそうなほど激昂していたはずのニクスは、その落ち着いた声に、気まずそうにすっと視線を逸らして頬を掻いた。
それからハッとしたように私の方を振り返る。
怯えて全身を強張らせている私と目が合った瞬間、彼の細く尖っていた瞳が揺れ、すっと元の丸みを帯びた形へと戻っていった。
「ティリア……悪かった、もう大丈夫だ」
いつもの優しい声色に戻ったニクスが、へたり込んでいる私の前に屈み込み、大きな手で私を助け起こしてくれた。
けれど、彼の意識は私にしか向いていないようで、私の後ろで震えている男の子には気が回っていないようだった。
私は立ち上がりながら、自分よりも小さな男の子の冷たい手を、安心させるようにぎゅっと握りしめた。
そんな私たちの様子を見ていた騎士様が、ゆっくりと男の子の目の前で片膝をついた。
彼はまず、怯える男の子と真っ直ぐに視線を合わせ、大きな手でその頭を優しく撫でた。
「坊主、危ないところだったな。怪我は無いかい?」
鋭い目つきにはそぐわない、驚くほど穏やかで優しさの滲んだ声だった。
男の子はこわごわと顔を上げたが、目の前の立派な銀色の鎧と、自分を気遣ってくれる大きな手の温もりに気づいたのだろう。
先ほどまでの恐怖に強張っていた顔が次第に安堵へと解け、やがて本物の騎士様に対する憧れのような、きらきらとした視線を送っていた。
男の子がこくりと頷くと、騎士様は後ろに控えていた部下の一人に「この子を親元へ送り届けてやれ」と指示を出した。
騎士に手を引かれて路地を出て行く間際、男の子は振り返り、私に向かって元気な声を上げた。
「おねーちゃん、ありがとう!」
その小さな背中が見えなくなると、騎士様は静かに立ち上がり、私に向き直って口を開いた。
「お嬢さん、悪いヤツらは我らが捕縛しました。少しだけ、お話を聞かせて貰ってもいいですか?」
騎士様はそう言った後、横にいるニクスへと視線を向けた。
「お前も、構わないか?」
騎士様の声に促されるようにして、ニクスが私を振り返る。
そのいつもの瞳を見て、私はハッと我に返った。
「で、でも、ニクスが怪我を……っ!」
私が慌てて彼の、血の滴る左腕を指差すと、騎士様は不思議そうな顔をして私とニクスを交互に見比べた。
「お嬢さん、こいつは特別に丈夫な体質なので大丈夫ですよ」
騎士様はそう言って私を安心させるように小さく頷くと、訝しげにニクスへと視線を向けた。
「……お前たち、どういう関係なんだ?」
「俺の新しい『先生』だ」
ニクスがあっけらかんと答えると、騎士様は呆れたように深くため息をついた。
二人の気安いやり取りを見ていると、ただの知り合いというよりも、もっと昔からの深い繋がりがあるように思える。
「……何も話していないのか?」
騎士様の鋭い視線に、ニクスは気まずそうにそっぽを向いた。
「……先生が、まだ様子を見ろって言っていたから……」
ごにょごにょと言い訳をした後、ニクスは慌てて私の方へ向き直った。
「大丈夫だ。俺は頑丈だから……な? 先生のところへ戻ればすぐに治る」
彼は無事な方の手で頬を掻きながら、私を安心させるように笑いかけた。
私は居ても立っても居られず、持っていた小さな鞄から清潔なハンカチを取り出した。
せっかくムコール様たちに用意してもらった綺麗な布を汚してしまうことに、一瞬だけ躊躇してしまった。
けれど、それよりも彼から流れる血を止めたくて、私は意を決し、そっと彼の腕にハンカチを当てて傷口を覆った。
「ティリア……?」
ニクスが目を丸くして私を見下ろす。
「……まったくお前は」
騎士様は小さくため息をついた後、私の手元を見てふっと目元を和らげた。
「お嬢さん、あなたは随分と優しいのですね」
穏やかに微笑みかけられ、私は少しだけ戸惑って俯いた。
騎士様は改めて私に向き直ると、静かに口を開いた。
「まず、自己紹介が先でしたね……。私の名はシルヴァン。王都の騎士団で団長を任されています。そして、そこのニクスの『先生』をしていた者です」
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