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忌み子と蔑まれた魔眼の少女は、人外貴族に買われて極上の溺愛を知る  作者: こむらさき


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第7章-1 初めての街と、見えざる命の光1

 翌朝、飾りの施された窓ガラス越しに差し込む、眩しい朝の光に目を覚ました。

 身支度をしようと起き上がると、すぐに控えめなノックの音が鳴り、人間の使用人たちが数人がかりで部屋へ入ってきた。


 彼女たちは「お着替えをお手伝いいたします、お嬢様」と微笑み、手際よく私の寝間着を脱がせ、外出用の新しい街着を着せ掛けていく。

 森の館でも、使用人たちに服を着せてもらうことはあった。

 けれど、彼らはいつも無言だったから、こんな風に温かい声をかけられながら身支度をされるのは初めての経験で、私はその勝手の違いにただ戸惑うしかなかった。


 以前、森の館で初めて服を与えられた時、自分の体に合わせて仕立てられたかのようにサイズがぴったりなことが、「私を品定めし、こうなることを予定していたかのよう」でひどく恐ろしかった。

 今日、使用人たちが着せてくれた服も、相変わらず私の背丈にぴったりと合っている。


 けれど……。

 契約書にサインをした時のムコール様の優しい声と、ニクスの屈託のない笑顔を思い出すと、この「サイズの合った服」が、私を飾るための準備ではなく、本当に『先生』として歓迎してくれた証なのかもしれないと、少しだけ思えた。


 身支度を終えて三階の部屋を出ると、長い廊下の先でニクスがすでに待っていた。

 昨日までの素朴な服ではなく、ムコール様に整えられたのか、仕立ての良い上衣を纏っている。

 いつもより少しだけ大人びて見える彼の姿に、私は胸が小さく跳ねるのを感じた。


「……起きたか、ティリア! ほら、早く行こうぜ」


 ニクスは私の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 彼がごく自然に私の手を取ると、その大きくて長い指の感触や、壊れ物を扱うような優しい触れ方に、私は思わずドキリとしてしまう。


 そのまま彼に導かれ、私たちは屋敷の簡素な馬車に乗り込んだ。

 貴族たちが住む静かな区画を抜け、市場の近くで馬車を降りる。


 大通りへ足を踏み入れた瞬間、全身に押し寄せてきたのは、圧倒的な熱気と喧騒だった。


 馬車の小窓越しに見たあの景色も凄まじかったけれど、直接肌で感じる王都の空気は、村のそれとは全く違っていた。


 石畳を叩く馬車の音や、大勢の人々が交わす声が耳を打つ。

 どこかの屋台から漂ってくる、甘く香ばしい食べ物の匂い。

 色とりどりの服を纏った人々が、笑顔で言葉を交わしながら行き交っている。


「……すごい」


 あまりの人の波と活気に、思わず足がすくみそうになった私の肩を、ニクスが大きな手でそっと支えた。


「ティリア、こっちだ」


 彼は優しく私の手首を握り、自分の方へと引き寄せる。

 人混みに飲まれないように前を歩きながらも、その手はしっかりと私を繋ぎ止めてくれていた。

 迷子にならないよう気遣ってくれる彼の温もりに、こわばっていた指先の力がふっと抜けていく。

 私を庇うように前を歩く頼もしい背中を見つめていると、あれほど圧倒されていた周囲の喧騒すら、少しだけ遠く感じられるようだった。


 けれど、ふと彼越しに通りを眺めた時、すれ違う街の男たちが、立ち止まって私の方を珍しそうに見ていることに気がついた。

 ここには私と同じような髪色の人も歩いているというのに、何故だろう。

 田舎から来たばかりの私の振る舞いが、どこか変で浮いているのだろうか。


 私が無意識に身を縮めると、ニクスが鋭い視線を周囲に向け、私の前に立ち塞がるように背中を向けた。

 まるで彼らを威嚇するように睨みつけると、男たちは慌てて視線を逸らし、そそくさと歩き去っていく。

 私に対する優しい手つきとは裏腹に、彼は他の男たちの視線にひどく苛立っているようだった。

 怒っているのだろうかと少し不安になったけれど、大きな背中で周囲の視線を遮り、私をすっぽりと隠してくれているようで不思議な安心感があった。


 しばらく歩くと、大通りから少し外れた広場に出た。

 そこにはたくさんの屋台や出店が所狭しと並び、活気に満ちた声が飛び交っている。

 色鮮やかな果物や見たこともない野菜、きらきらと光る小物がずらりと並べられ、どこからともなく食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。

 広場の隅では、きれいな服を着た小さな子供たちが、無邪気な笑い声を上げて走り回っていた。

 私の村では、子供といえば泥だらけで畑の手伝いをするのが当たり前だった。

 だから、あんな風にただ遊んで笑っているだけの光景が、まるで別の世界の出来事のようだった。

 ぼんやりと立ち止まってしまった私の顔を、ニクスが少し屈み込むようにして覗き込んだ。


「どうした、ティリア? ほら、あっちに食べたいって言っていた揚げ菓子の店があるぞ」


 彼は私の顔色を気遣うように優しく微笑むと、再び私の手を引いて歩き出した。

 彼に連れられて歩く通りには、数え切れないほどの屋台がひしめき合っている。

 じゅうじゅうと音を立てて焼かれる肉の香ばしい匂いや、串に刺された色鮮やかな果実、湯気を立てるふっくらとした丸いパン。

 次から次へと現れる目新しい光景に目を奪われているうちに、私たちはひと際甘く香ばしい匂いを漂わせる屋台の前にたどり着いた。


「いらっしゃい! おやおや、デートかい?」


 恰幅の良い屋台のおばさんが、私とニクスを交互に見て、からかうように目を細めた。

 突然の言葉に、私は戸惑って思わず顔を熱くする。

 けれど、ニクスは全く照れる様子もなく、あっけらかんと笑って答えた。


「この子、城下町に初めて来たんだ。だから美味いものを食べさせたくてさ」


 ニクスが財布から銅貨を数枚取り出して手渡すと、おばさんは「そういうことなら、おまけしとくよ!」とウィンクをして、頼んだ揚げ菓子にもう一つ、おまけの分を大きな葉っぱに包んで渡してくれた。


「おっ、ありがとな!」


 ニクスが無邪気に笑ってお礼を言うと、私も慌てておばに向かってぺこりと頭を下げた。

 彼が買ったのは、ハチミツと砕いた木の実がたっぷりとかかった揚げ菓子と、チーズを挟んだ黒パンだった。


「ありがとう……」


「ティリアは、俺から何かされるとうれしいか?」


 私の手首を優しく握って歩くニクスが、そんなことを聞いてきた。

 どんなつもりなんだろう。それでも、誰かに、こうして何かをして貰うのはすごく嬉しいと思った。

 だから「うん、すごく、うれしい」と小さな声で返事をする。

 ニクスは満足そうに私を見て微笑むと、また前を向いた。彼の広い背中を見ながら、私は手にほのかに広がる揚げ菓子の温かさが体の内側にまで伝わってくるような気がしていた。


 屋台の立ち並ぶ通りから少し離れ、広場の隅をゆっくりと歩きながら揚げ菓子を一口かじると、じゅわっと甘い蜜が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。

 それを見たニクスは、満足そうに鼻を鳴らして自分の分の黒パンを大きな口で頬張った。


「……美味しい」


「だろ? こっちに来た時は屋敷から抜け出して、いつもあの店に行くんだ」


 私の様子を見て、口に入れていた黒パンをごくりと飲み込んだニクスは嬉しそうに眉尻を下げてそう教えてくれた。

 こんな風に、誰かと並んで美味しいものを分け合って食べる日が来るなんて、少し前までは想像もできなかった。

 穏やかで温かい時間が流れていく。

毎朝7時半くらいに更新予定です。

おもしろかったり、続きが気になったらブクマや評価よろしくお願いします

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