朔郎は有美子に会う3
「佐恵子が妊娠したと知ると正幸さんは一戸建ての家を買ったの、張り切ったと思うわ、あの年代で。あたしたちでも借家住まいから抜け出せなかったのに」
「仕事が順調にいってるんだなあ」
朔郎は独り言のようにいって虚ろに視線を落とした。
「ううん。生まれてくる子供のためにかなり無理して買ったらしいわよ」
今も借家暮らしの私達をどう見ているのかちょっと彼の反応を見た。別に持ち家も借家も気にしていない様子だった。この辺りから家庭を持つと云う信念からこの男は掛け離れていると有美子は捉えた。
「それだけ新しく生まれる最初の自分の子供に期待していたのね」
「期待?」
まったく親としての自覚のない人ね。
「そう、子供を中心にした家族よ」
「正幸が? ……まあ結婚すれば順序とすればそうなるか」
「ひとごとみたいに結論づけるところは昔のままね。そんなところに惹かれたのかしら、佐恵子は……(彼女も変わってるけどこの人も変わってる)」
朔郎は急に曇らせた視線を彷徨わせた。彼女は余計な事を言ってしまっと思いながらも話を続けた。
「彼女が妊娠した時はそれは正幸さんは喜んだわ。なんて言っても家まで買ったのですからね。でも正幸さんが期待すればするほど佐恵子は考え込むようになったの。そしてある日、私に独り言のように云ったの『本当にこの子は祝福されて生まれて来るのかしら? かおりはともかくこの子は生まれても育てる自信がない、この子に愛情を注げかしら』って。案ずるより産むが易しとは佐恵子の為に有る言葉ね。北村さん、あなたと一緒の時もそうだったでしょう。両親に祝福されて結婚したい。それは自分の気持ち次第で済む。でも子供は、もう、ひとりの人格を持って生まれるのよ。それを佐恵子は、新しく生まれる生命まで自分の人生を重ねようとするのは許し難い……」




