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陰り逝く日々  作者: 和之
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永平寺に行く4

  朝課・朝のお勤めが終わると雲水が永平寺の七堂伽藍(山門・仏殿・僧堂・庫院・東司・浴室・法堂の七カ所)とくに僧堂、東司、浴室は三黙道場で一切の私語が禁止されていた。永平寺の伽藍を見たあとに朝食をいただいて下山あさんの支度をした。拭き清められて靴下が全く汚れないほどに修行僧によって磨かれた長い階段の回廊を降りて行った。

 足元からは夕べの映画で観た雲水の修行の跡がヒシヒシと伝わって来て、心の上に刃を置いた忍の一字が頭の中をめた。

 朝一番に訪れたらしいた独りの凜とした女性が、冴え渡った朔郎の目に映った。参拝者の女性は長い廊下の端から登り始めた。

 こんな山里の禅宗の寺より、大勢の人が行き交う祇園の方が似合いそうなあか抜けした女性だった。彼女は足元の段をずっと観ながら登って来る。若くはないが、それでも二十代後半から三十の枠に収まりそうだ。それほど女は鬱蒼うっそうとした禅宗の寺にあっては浮き立つ存在だった。

 彼女は四段下で気配を感じたのか面 《おもて》を上げて、見詰め直してゆっくり微笑んだ。彼女を観た北村の足が突然止まった。

「朔郎さん」

 女は優しく語り掛けて二段上り詰めた。朔郎も一段下へ降りて間合いは一段を残して対面した。

「佐恵ちゃん」

 朔郎が一段下りて横に並ぶのに併せて、彼女も向きを変え、二人は並んでゆっくり下へ歩き出した。

「拝観はしないの?」

 野暮だと思いつつ朔郎は言って仕舞った。その言葉に思わず手で押さえて佐恵子は笑いつつ「お疲れさま」と言った。

 朔郎は一瞬意味を見失った。こんな早朝に禅寺に来る参拝者はいない。早朝は坐禅修行を終えて帰る参籠者だけだ。やっと佐恵子のねぎらいの言葉を理解した。それほどこの男は徳を積んでなかった。


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