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陰り逝く日々  作者: 和之
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狭山家に寄り道4

「もう無責任過ぎる。女が乳飲み子を抱えたまま蒸発するなんて余程のことじゃないの、あたしはそれを言ってるんです」

「おい、北村を責めるな。佐恵子さんは普段は穏やかでもいざとなれば世間体も無視して激情に走ってしまう人なんだから。そんな無茶なところがあるんだあの人は、まあ北村も似たり寄ったりだが……」

 狭山にしては珍しい物言いに、朔郎はこの男への人柄の良さを増幅させた。

 この話は傍で大騒ぎしても何も変わらないと狭山は沈静化に努めた。

  多恵もそれには納得したが、北村のかおりちゃんに対する態度が余りにも他人事過ぎた。それが言い過ぎの原因だった。

「しかし多恵、お前以上に北村は腹の中での葛藤は凄い、それを黙して語らず、ペラペラ言って仕舞うより腹に収める方が辛すぎるんだ」

 と狭山の思いやりに。話ここに有らずと朔郎は恋に絶頂だったあの頃、佐恵子と二人で見つけた洋館の前に佇み愛にたわむれていた。


 ーーねえ見て凄く感じの良い家ね。

 そう云えば昔、十六歳にして「あなた」と云う曲でデビューした人が歌っていた家は多分こういう家だと二人の意見は一致した。佐恵子はその歌を口ずさみ終わると「こんな家、いつ建ててくれるの」と言った。

 モダンな屋敷の前で微笑みながら言った佐恵子の顔が急に浮かんだ。

 あれは二十歳はたちになる前だったか、秋の終わりに近い寒い夜だった。ふたりが等持院へ散策してじゃれ合って歩いて居る時に感じの良い家が不意に現れた時だった。

 ーーこの辺りは良い家が多いなあ。

 ーーそうね。

 彼女は羨ましそうだった。

 ーーどの家がいいんだ。

 彼は大見得を切った。

 ーーあの家が素敵!

 彼女は目を輝かせて指差した。

 ーーな~んだこんな家でいいのか。

 朔郎は笑っていたが、そのうちに目許に漂う一抹の寂しさに、リカちゃん人形のように、そうよと佐恵子は愛くるしく応えていた。あの笑顔が堪らなくいじらしく可憐に見えた。

 あの時は全身に広がる佐恵子の温もりを感じていた。彼はこの時に佐恵子と謂う羊水に包まれていると感じた。それがある日、突然の破水で厳しい現状に放り出された。

 思えば彼女は不満が少しずつ蓄積され続けていたのか。その不満が今も解らず、この行動が拭い切れない対人不信におちいらせた。それ以後は友情と云うものを求めなかった。この崩れた生活の基盤が綾子との道行きを受け入れた。


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