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陰り逝く日々  作者: 和之
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佐恵子クライマーの真髄を聞く3

「その写真を撮った人と主人が三回ほど一緒に穂高へ登山してるんです」

 商社マンの夫との不思議な組み合わせだと思わせる彼女の口振りが二宮には腑に落ちない。登山家は目的以外は性格や職業や身分は超越しているからだ。

「北アルプスの縦走ですか?」

二宮のこの質問にはどんな相手なのかと云う別の意味を込めていた。

「多分、冬に一回と雪の無い時に二回言ったと聴いてます、二宮さんが言ったとおり冬は危ない目に遭ってますから冬は二度と行かなかったです」

「じゃ夏山に二回行ったんですか」 

「ええ、でもそれっきりなんです。二宮さんは足をケガしなかったらいつめます」

「山男には禁煙、断酒よりも難しい質問だなあ」

 踏ん切りを付けるとすれば体力勝負だが、それでも還暦を過ぎても登る人もいる。家庭での家族形成との兼ね合いでバランスが保てなくなれば本質にも因りますが、山への執着心の問題だと言い切った。

「でも主人は大学を出て社会人になっただけでキッパリ止めましたけど、止められますか ?」

「それは二人ともキッパリ止めたんですか」

「ええ、これが最後だと宣言して登った切り止めました」

「スポンサーが付かず体力勝負である限りはどこかで区切りを付けるが、それにしても早すぎる、となると二人にとっては重荷に感じていたんでは……」

「じゃあ登山が、ある時から重荷になったんですか」

「ある時期からなんて絶対に有り得ない。その人との登山が重荷であれば最初からペアは組まない」

と二宮は話にならないと笑い捨てた。

「さっきも言ったように、登山は特に高い山ほど協調性が問われるんです。性格や性質じゃないんです。命がけの一番馬鹿げた行動に笑って付き合えるかなんです。それが無理ならどんなに仲が良かったとしても同行は避けて下界からエールを送るのが関の山でしょうね」

「登山って一番馬鹿げた行動なんですか?」

 登山の素人に二宮はどう説明するか困惑した。

「ただ自然を畏怖出来る人たちが頭を空にして登る。だから見えるものすべてが美しいんです」

 佐恵子にはこの言葉が山男への理解、心情の限界を超えて仕舞った。それを問うと後は二宮の独演会だった。

「いい意味でご主人を見詰め直す機会として言っておきます」

 それから二宮は山男の鉄則を語り始めた。

 仮にも山男としてペアを組んだなら、私情を登山中はあらわにする事は禁物です。相当徳を積んだ聖人なら別ですが、欲が絡むと人間は実に弱いもです。それが登山中に現れれば最悪の結果を招きます。ですから欲が絡みそうな時は絶対避けるべきです。そんなときに誘う人物は危険視する必要がある。貪欲に駆られた人間は誰もいない稜線ほど一番弱い内面がさらけ出てしまう絶好の場所ですから。物欲に何の障害も生じない時に登山することをお奨めします。まあそんな兆候を察すればおのずと避けるものです。決して情けを信じてはいけません。まして友情や愛情に執着するなんてはもっての他です。そんな未練は下界に置いて下さい、山は神聖にして犯すべからず、です。  


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