個展の帰り4
船乗りと云う職業は船種にもよるが大抵は一旦仕事を覚えると毎日が同じことの繰り返しの狭い世界だった。言って教えるのでなく繰り返し体験して身体で覚えれば、理屈通りにならない自然の猛威にも対処できるようになる。こうして鍛えた一人前の漁師になった初航海の北村でさえ、操業が止まれば船を動かすのに必要のない漁船の甲板員には仕事は何もなかった。聞こえるのは単調なエンジン音と見える物は海と星だけの世界に囲まれた。慣れると始めの苦労は喉元過ぎれば熱さ忘れるのに似て、辛さまで消えてしまいそうだ。しかし漁船の浮き沈みの激しい労働は稀有な人生経験ゆえに、未来に繋がる己の教訓にしなければ苦労した意味がないと否定した。
異様な乗組員の変化に目覚めた朝に甲板に出れば、日の丸を付けた二万トンの船が見えた。今まで自分の乗る船以外は何もなかった海原に突然現れた大型船は実に頼もしい恋人に見えた。
目の前の大型船は独航船が捕ったスケソウダラを船内ですり身に加工してしまう母船だった。この船に魚を降ろせばまた操業が始まる。次はいつ母船と出会うか分からずに、離れる時は佐恵子と別れる気分になり切なくなった。
燃料切れになるとアラスカの港へ補給に向かった。港がアンカレッジでなく地方のダッチハーバーと聴かされてみんなはがっかりしていたが初航海の朔郎にはどっちでも良かった。彼には踏みしめた動かぬ大地が初めての外国だったからだ。
チョッサ(一等航海士)やボースン(甲板長)は年季が入ってるから買い物以外では上陸しない。そこで若いセコンド(二等航海士)とビリヤードをした。セコンドは俺の手を見て「これは漁師の手じゃないなあ、どうして船に乗った」と訊かれた。向こうの親に認められて入籍する為と云っても、今の世の中では笑い話で済まされそうで言えなかった。




