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陰り逝く日々  作者: 和之
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個展の帰り3

 吐いた直後などは苦しさから、このまま機雷にでも触れて船が沈んでくれと、船尾の船室四人部屋二段ベッドの下で横たわっていた事もあった。こうなるとあの人への意地だけが命を繋いだ。

 その内に食べてすぐ吐いていたのが少しずつ間隔が延びて来た。少しずつ食べた物が消化され始めたのだ。躰が慣れて来たのだ。もう大丈夫だと思って油断してしまった。次の食事の直前に吐いてしまった。

「北村、お前まだ吐いてるのか」と呆れていたがこれを最後に吐かなくなった。操業海域に着く直前だった。

 船はアッツ島からベーリング海に入って最初の網入れが始まった。四時間後に網を揚げ始めれば休憩時間などなく食事は交代で取り、この連続だ。網入れは当番で少ない人手で済む。網上げは総勢で掛かる。網入れの当番日と網上げが重なる日は睡眠時間が少なくなった。

 連続操業に入り網揚げが終わると甲板員は船尾の船室カーテンを開けて二段ベッドに倒れ込んで、そのまま横になれば眠っていた。眼を覚ませば次の網揚げが始まる。これの繰り返しで日にちの感覚も無くなり、頭上に照る月の満ち欠けで日にちの経過を知った。

 釧路から三千キロ、ベーリング海のど真ん中、北緯六十度には北極星がほぼ頭上に輝いていた。烈しくローリングする甲板の作業では郷愁に浸る余裕もなく、一瞬でも気を抜けばケガをする。

 ゴムのカッパを通して寒気が肌を刺し、頭から被ったカッパで視界も狭く急に頭から波を被る事もあった。そして常に足腰に力を入れて揺れる甲板で踏ん張った。

 網を巻き上げるウィンチに併せての作業で、下手をすれば自分の手が巻き込まれてしまう。冷たい北の海に落ちる危険もある。この緊張の連続で船倉が一杯に成るまで操業は続いてゆく。

 船倉が一杯になれば操業を打ち切り、母船の待つ海域へ移動すればも船長、航海士、機関士以外は仕事がなくなる。我々甲板員は船内をゴロゴロするだけで、食べては寝るだけの楽しみになる。

 この頃には出港した時はあれほど苦痛だった食事が唯一の楽しみに変わっていた。


    


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