個展の帰り2
「それは知ってるし、今の辞めた会社へ入る前だなあ、だが大学にも籍を置いていたんだなあ」
卒業はいつでも出来るし、性格は持って生まれたものだ。けど人格は変えられる。それは今しかないと云うのが彼女の口癖だ。
「しかし思い切った事をしたなあ」
人間は壁に当たって乗り越える時にふた通りのタイプがある。自分を変えて乗り切るタイプと、変えられずに躰ごとボロボロになっても乗り切ろうとするタイプ。後者である北村には鬼気迫るものがある。生まれる子供の為にもそれを実行して彼は船に乗った。
それは自分の中に閉じ籠もり、自分だけの世界に埋没して、隠遁者のような孤高の世界を極める為でもあった。その為にまず生きる糧に変革を求めて探し回り、釧路で見つけた船に乗った話をした。
北村の乗った船は三百五十トンの遠洋底引き漁船だった。
船は釧路を出ると十三ノットの全速で千島列島沖を北へ進んだ。北緯五十度カムチャッカのロバトカ岬を更に東へ北へ、アリューシャン列島を掠めてアッツ島からベーリング海の漁場へ釧路から一週間掛けて向かうスケソウダラ漁だった。
最初は天候が良かったが、得撫島を過ぎてから北村は船酔いに悩まされた。夏の一時期を除いて北太平洋は海が荒れた。二日目には食べては吐きの連続だった。最初は吐くと気分が楽になるが直ぐに脱力感に襲われてしまう。その内に吐き気に襲われる恐怖感に苛まれると食欲も落ちて食べたくなくなった。それでもみんなは一人でも甲板員が抜けると仕事のしわ寄せが来る。それで何とかみんなと合わせて無理矢理に食べた。がすぐに吐いてしまった。
漁師仲間達は吐いた直後の気分の良い時しか食べる気がしない。だからそこですぐ食べろと云って食を進めた。しかしまた吐き気に襲われると思うと堪らなく嫌になり、今のままでいた方が気分が楽だった。だが彼らは知っていた。吐く物がある内は躰が保証されている。と 、吐く物が無くなり胃液を吐くと命の保証が出来ないと言われた。船長はコックに、北村には四六時中食事の用意をしてくれと頼んだ。
ただここで死にたくないという思いだけで吐いては食べた。食べて吐き、吐いてまた食べる。苦しいがここで死ぬ訳には行かない。これはかなり苦しい勤行を、彼女を思うその一心で続けられた。




