狭山の北山論3
あのイケメンの貴公子でも振ってしまう玉鬘の話にすり替えて北村は自慢した。そんな事は無いだろうと、みんなが否定すると北村は意地になって後にも先にもそんな話をしなくなった。珍しく結構あの日の酒は荒れていて、日頃から心の奥底に溜まっていたのだろう。彼女と別れて以来、初めて酒に酔った勢いで北村が漏らした言葉だった。
「酔った話はともかく、七不思議なんて狭山さんの言った話、飛躍してませんか。観る人が見れば別に不思議でない。北村さんの黙々と作品作りに賭ける情熱を見抜けない事はないでしょう」
確かに北村は努力の人だが変な意固地を張る所で帳消しにしてしまっている損な男だ。
それを帳消しにさせなかったのが佐恵子さんだった。
「言っても誰が解るかというあの目付きが余人を遠ざけてしまうらしい。まあ一人だけ気まぐれな男が居たとは聴いているが。そいつが最後に一緒に山登りに行った男だった。俺は北山の最後の登山が気になったがあいつは変に黙っていた」
綾子は神妙に聴き入っていたが終わりの方では憤慨し始めた。
「どう変なんです。突き詰めれば真面な人いない。人はすべて可怪しいと思いますよ。そうでなければ人間ってつまらないのと違いますか。狭山さんの奥さんもそんな目で見てるでしょう。言わないだけで」
「おいおい堀川、家と一緒にするな。まあ世間とは掛け離れた物に拘る事は確かにあるが、それが世間では非常識な男と云うレッテルを貼られてしまっている。だが俺はそんな北村に何とかしてやりたいと思うだけで、いつも遠目で観てしまった。そんな彼の世界に飛び込めたのは佐恵子さんだけだった。その信頼、絆を断たれたショックはさぞかし大きいだろうなあ。並みの人間なら自棄になるのに彼はそれを表に出さず黙して語らず我が道を行ってる。まるでマグマだまりを抱えた死火山ってとこかなあ」
終わりのひと言を狭山は、綾子に語るでなく自分に言い聞かせていた。
みんなそうだ、ただ決めるのは愛情しかないがそれが受け入られるか。佐恵子という女は、それ以外の物も相手に求めた。本当に北村の信頼と絆に代わる物を佐恵子が見つけたのか、真意は解らない。
淀屋橋は次第に色を失って黄昏に代わり、訪れた闇に乳白色が吸い込まれて行った。あとには橋の下の澱みさえ包んでしまい、川を上下する船の音だけが残った。




