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陰り逝く日々  作者: 和之
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回想11

 つまみの柿の種のあられは食べ尽くした。非常用の鯖缶を開けて皿に並べてビールはロング缶にして二つのコップに入れ分けた。正幸まさゆきは慣れない北村の手付きに、笑いながら割り箸を割って、皿に移した缶詰の鯖に手を付けた。

「憶えているだろう北村。夏山と違って冬山の過酷さを」

 三人以上のグループなら別だが特に二人の場合は、それは余程に息が合った者同士でなければ同行を避ける。それほど冬山は人間の限界を賭けて挑戦する。ある意味ではこの冬山登山は息が合ったと云えた。

「冬山で滑落すればもろともと、ザイル一本に身を任せてお前と一緒に北アルプスを縦走した仲じゃないか」

 実際あの時は張り出した雪氷に朔郎は足を取られたが、すぐに正幸が踏ん張って滑落せずにすんだ。下の沢まで二百はあったろうか途中に岩が幾つも張り出していた。……しかしそれとこれとは別だ。

「正幸、そんな人情話は止めてくれ、自然界の動物はこれに生死を賭けてるんだ」

 なるほど自然界では恋の季節になると雌雄を決する戦いが起こる。

「話が大袈裟すぎる、それにお前は彼女をほったらかしている方じゃないのか」

 朔郎さくろうはカメラを片手にいつも人生の浮沈を掛けた勝負をしていた。だからお前の様に一流企業の肩書きに守られて人生を歩むのとは訳が違う。

「ベンチャー精神で一旗揚げられるのも、写真家として名を上げるのも、ほんの一握りの人間だ。急がば回れ。地道に実績を積めば会社も世間も認めてくれる。今、佐恵子さんに必要なのは生活の安定だろう」

 会社だっていつ倒産するか解ったもんじゃない。これが負け惜しみに聞こえたら正幸、耳でも塞いでいろ。

「お前はその平凡な人生で定年を迎えろ。俺はもうすぐ成功する」

「まだ誰もやってない大自然界のスクープ写真でも撮ったのか、人跡未踏の崖っぷちで」

「俺は冒険家じゃないから未踏の地を目指していないし登山家でもない。ただ絶景の写真以外何も求めない。それに崖っぷちに居るのはどっちなんだ」

 もうこいつとは話にならない。結局は今安定しているのは歴然としていた。社会人としてスタートラインに立つ者と、そうでない者との話は、ビールの泡と違って二人の胃でなく胸の中に流し込まれた。


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