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陰り逝く日々  作者: 和之
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陰り逝く下弦の月5

「それでもあたしたちは、あなたと違ってちゃんと籍を入れて一緒に暮らします。もう新居も決めてここを引き払います。どうぞお引き取りください」

 綾子は勝ち誇ったように応えた。

「そんなことないわ、私がそうはさせないわ」

「束縛するつもりですか、善良なひとを」

 佐恵子は余裕ありげに笑みを浮かべて朔郎に一寸目を向けた。

「その善良な人を振り回したのはあなたじゃありませんか。わたしはつい最近まで北村さんの過去を知りませんでした。でも最近、ええ最近ですとも、偶然に、本当に偶然にこの人の哀れな境遇を知りました。それは随分と昔に、これが真実の愛だと純粋に信じ切った、この人の信頼のすべてをあなたは裏切ったのです。同じ女としてこの背信行為は許せない。そんな愛と信頼の重さを知らない人によく子供が育てられたと、今でも不思議に思っています。ええそうですとも」

 佐恵子は微笑みながらも黙って聴いていた。朔郎には佐恵子の微笑みがヒステリックなほどに病的な感情の高まりから来ているのに気付いた。が綾子はなおも続けた。

「あなたはこの人に自分の理想の片鱗へんりんを見たのかも知れませんが、最後まで、いえ、そうですとも、最後まですべてを愛することが出来なかった。あなたは自分こそ理想だと思っている。そのうぬぼれた高慢な虚栄心の強さがこの人を平気で絶望の海へ落としてしまった。十四年掛かってやっと這い上がってきたこの人をどうするつもりなんです」

 佐恵子は言う事はそれだけ、と云う顔をして。

「今度こそ手を差し伸べてあげられるわ、真実の愛で」

 と佐恵子は綾子とは対照的に相変わらず感情を殺してつくろった笑みを漂わせて喋った。

「一生、その手を携えていけますか !」

 此の綾子の言葉に今度は佐恵子が勝ち誇ったように更に眼を輝かせた。

「ええ、あなたと違って。いったいあなたはあの人の何を知ってると云うんです。言っておきますがあなたと会ったのはつい最近ですよ、だからそんないい加減な言葉ばかり並べないで下さい」

  本当の私を知らないと佐恵子はキャリアの違いを誇った。

「私はあのブティックの店で会った時にあなたと話しましたね。それに私はあなたをよく知ってる多恵さんからもあなたの事を伺いました。ですから私のさっきの言葉は多恵さんの言葉だと思って下さっても結構です」

 佐恵子は急に甲高い声で笑い出した。 綾子は気味悪そうに彼女の顔を覗き込んだ。


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