陰り逝く下弦の月4
仕事が予定より早く片付いた綾子は、荷造りの手伝いに行く事にした。彼女は地下鉄の駅を降りて朔郎の居るアパートの二階へ向かう階段を伝い、合い鍵でドアを開けて玄関に立った。
綾子は見知らぬ女物の傘と履き物に眼と足が釘付けになった。彼女には京都のブティックで見た佐恵子と云う女が脳裏を掠めた。だがあの人はもう迷う歳ではないと私に言った。そして亭主も居る女だからと驚きはしなかった。
綾子は躊躇わず奥の部屋に向かった。人の気配を感じた朔郎が奥から出て来た。綾子を見た朔郎はこれから起こる出来事に、審判を下す者としてただ黙って傍観するしかなかった。
綾子は朔郎の肩越しに佐恵子を認めた。綾子は北村と一緒に座ると間断なく言い切った。
「北村さんと結婚してこの日曜日から一緒に暮らすんです。ですからどう言う御用ですか」
何処か落ち着かない綾子の瞳を見て、佐恵子はゆっくりと紅茶を飲んだ。余りにもふてぶてしい態度に綾子は苛立った。
「何も言うことはないのね !」
綾子は語気を強めたが佐恵子はそれでも黙っていた。待ちきれずに返事を促す綾子が喋る刹那に彼女はゆっくりと言った。
「冒険者は常に荒海に舟を漕ぎ出す、と云うじゃありませんか」
佐恵子は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「あなた! 何が言いたいんですか!」
鋭い瞳を浮かべ、病的なほどに小刻みに唇を震わせて綾子は声を荒らげた。
「この人は死ぬまで彷徨う人です。決して安定した生活を望む人じゃありません」
佐恵子は確信を持って言い切った。




