陰り逝く下弦の月2
「あの子には今まで僕の事をなんて云ってるんだ」
どうせ都合の良いようにしか喋っていないのだろう。
「理由あって別れたの、って言ってるの」
訳なんてありはしない。だから問い詰めても無駄な事だった。
「いつだ」
「中学生になった頃」
やはり最近か。
「それでかおりが納得したのか」
「ええ、勘の鋭い子ですから」
どう鋭いのだろう、ならば正幸がどう云う人間か、かおりは察しが付いていたのかも知れない。まあそれはなかろう、まだ中学生だ。
「幾ら勘が鋭くてもまだ理解出来る訳がないだろう、その辺りをどう説明したのだ」
難しい思春期の娘がすんなりと受け容れるだろうか。だが佐恵子ならお手の物かも知れない。
「心配しなくてもあなたの人格は尊重するように育てたから」
佐恵子は微笑と豊かな表情を駆使して朔郎の憂鬱な瞳に応えた。
「それにもう理由がなくなったのよ。それであなたに逢いたくなったのじゃないの」
彼女は昔のような穏やかな情感のこもる口調になった。それが朔郎には益々不可解に見えて来た。
「理由がなくなった? どう言う意味だ」
「正幸が死んだの……」
佐恵子の顔が急に愁いを帯びて陰りかけた目は、あの人の魂が滅びたと言っているようだ。この女は思想に殉ずる強さと人を裏切る冷たさを併せ持ち、しかも正比例する。正幸はともかく朔郎はどちらも持ち合わせていなかった。
「そうか……」
冬の使者がガラス叩いて響かせた中を、今は怪しげにふたりの間を行き過ぎた。朔郎はふと背筋に悪寒が走った。
これで自由意志以外に束縛される物がなくなった。限りない自由の彼方にはやはり限りない破滅がある。その先に有るのは奈落だ。
「それでぼくのところへ来たのか」
「それだけではないわ。よく聴いて。きのう正幸から真実を聞かされたの」




