一方で佐恵子は2
受け取った佐恵子は、茫然として受話器を置いた。
「どうしたんです? 悪い知らせですか」
「先ほどまでマスターと話していた夫の事ですけれど、自殺未遂をして妹が今、自宅まで送ってるんですって」
「そうですか、でも命に別状がなくて良かったですね」
マスターも我が事のように安堵してくれた。
「ええ」
それでも気持ちは複雑に揺れ動いている。
「早く帰ってあげて下さい」
「じゃあ帰ります」
佐恵子は立ち上がりバッグを持って出口に向かったその時に再び電話が鳴った。
今度は妹さんからですよ、とマスターがカウンター席に戻った佐恵子に受話器を渡した。友美は有美子から姉の居場所を訊いて電話してきた。
「もしもし友美、正幸の事はさっき聴いたからすぐに家に帰るわ」
友美は直ぐに応答しない。
「……今、比叡山近くの道路にいるの……」
先ほど居た公衆電話から回転灯を点けた緊急車両が見えていた。崖から引き上げたレスキュー隊員が正幸を待機していた救急隊員に渡しながら首を横に振っているのを友美は見ていた。その現場から裕次が両腕を斜めにクロスさせて駆け寄って来るのも見えていた。
「(何を言ってるのこの子は)それは解ったわ、あたしも直ぐに家に帰るから……もしもし友美どうかしたの」
友美はまた黙ってしまった。
「もしもし、友美、どうしたの、大丈夫だったんでしよう……。聴いているのなら返事をしなさい」
佐恵子が何度が呼び掛けてやっと友美は、正幸が死んだ事を告げた。揺れる気持ちが収束に向かう兆しを感じたのか妹の動揺を上の空で聴いて受話器を戻した。
「巡り合わせなんでしょうね」
受け取って主人の訃報を聞いたマスターは、腰を落ち着けながら静かに言った。
巡り合わせ、この言葉が佐恵子の頭の中を駆け巡ると「電話をお借りしてよろしいですか」と導かれた結論を確認するように尋ねた。
「どうぞ」
マスターは一瞬、躊躇いながらも応えた。佐恵子は朔郎に電話をしたが、呼び出しベルだけが無常に鳴り響いた。




