一方で佐恵子は1
「込み入ったお話でしたね」
「マスターが話を聴いてくれたお陰で気持ちが落ち着いてこられました」
佐恵子は正幸の家を飛び出してから タクシーで河原町まで来て、人混みの中をあてもなく歩いた。いつしか知らぬ間にいつも利用する老マスターが一人でやっているいつもの"篝火"と云う喫茶店に辿り着いていた。マスターは閉店間際だったが快く向かい入れてくれた。
営業を終了した店内で、佐恵子はカウンター越しにマスターと話していた。
「いつも昼間しか来ないから閉店時間を知らなかったわ。早く閉めるんですのね」
この街の中心部で佐恵子がそう思うのも無理もなかった。
「この辺りはちょっと繁華街から外れてますからね。この時間になりますと駅も近いので用のない人は真っ直ぐ家に帰りますよ」
「そうね。マスターも今日は予定時間をオーバーしてしまったわね。ゴメンナサイ」
「いや、いいんですよ」
電話が鳴った。時計を見てマスターは首を傾げながらも受話器を取った。電話は佐恵子に掛かって来た。マスターの態度で相手は突然の非礼を詫びるのももどかしく、佐恵子への取り次ぎを頼んだ。
「お友達の有美子さんからですよ」
マスターはコードを延ばしながら佐恵子の前まで電話を持って来た。佐恵子は恐縮しながらマスターが差し出した受話器を受け取った。マスターは食器を洗い出した。
「よく此処に居る事が分かったわね」
受話器から有美子の激しい吐息が漏れて来た。
「そんな事より大変よ! 何を呑気な事言ってんの!」
「有美子、落ち着いてよ」
「何言ってんの! 正幸さんが雄琴で自殺を図ったのよ」
じれったそうに有美子は続けた。
「ええ!」
自殺は未遂に終わった。正幸の命には異常は無いと雄琴の病院に居る妹の友美さんから連絡があった。松田くんって云う人と一緒に正幸さんをこれから自宅まで送るから姉に連絡が付けば急いで帰宅するようにと促していた。




