一方で朔郎は2
「かおりが具合悪くて入院してるんだ」
綾子の沈痛な表情を沈めるためには、これしかないと彼は慌てて付け足した。綾子の顔には躊躇いながらも微笑みが戻った。
「じゃあ、あの女だけの個人的な用向きじゃあなかったのね」
綾子の知らない世界だけに、確かめようがないから気休めだった。
「でも綾ちゃんは会ったんだねえ。狭山から聞いた」
矛先を変えられたが、娘には会ったと言うより、チラッと眺めただけだから、眉を寄せながらも聞き流した。
「二人は同期で気が合うのね。その狭山さんも多恵さんも昔の事は何も言ってくれないのよ。口止めしているの」
「してないよ。もうすぐ一緒に暮らすんだから何もかも言うよ」
何が知りたいんだと朔郎は催促した。
彼がここまで断言するのは久しくなかった。いや珍しかった。実に穏やかな顔から、今までにない彼の爽やかさが伝わって来ると、そこから過去との決別が綾子にはハッキリと読み取れた。
「どうして別れられたの?」
それまで聞きそびれていたことを、今の彼の表情でハッキリと問えた。彼の顔からも別れた女の面影は消えていたが、違う愁いが彼の顔から浮かび上がった。
それはもう随分と昔に、ある日から独りで実家を訪れるようになって、同じ質問を母がした。その時と同じ愁いが今の彼の表面を覆った。
佐恵子と暮らしだすと、実家にはほとんど行く事がなかった。それで母はあんじょういってると思い込んでいたが、ある時からよく独りで帰るようになった。その時と同じ質問を綾子がした。あの時はこの質問で母が彼女の消息を尋ねたが、今の綾子の質問には彼女との絶縁を意味していた。




