一方で朔郎は1
比叡山の谷底に消えた正幸。この死は関係する人々にとってこの先どの様に引き摺られるのか。とにかく正幸は何の解決策も示さずこの神経衰弱ゲームから抜け出してしまった。禍の元である正幸が去って、彼が負うべきものを誰が負わねばならないのか混沌としてきた。が話は少し前に戻そう。
佐恵子は喫茶『篝火』で、かおりのお礼を兼ねて朔郎に合った。落ち着けるはずが予想に反して、連れて来た友美が掻き回し、澱みにはまり込んでしまった。友美が惹起した辛い航海の話に、佐恵子は何も寄与しなかっただけでなく、あの辛さをもう一度味わった朔郎は誘いを断った。佐恵子は妹が導いた澱みから爽やかな流れに戻れずにその場は別れた。朔郎にすれば彼女が誘ったのはこれが初めてではなかった。がもうあの渦中に巻き込まれたくなかった。綾子との約束を実行する期日が今は待ち遠しくなっていたのだ。
俺はもう前を向いて歩くんだ。前を向いて……。朔郎は繰り返しうわごとを言いながら佐恵子と別れたあと四条河原町の人混みの雑踏を歩いた。行き交う人々が奇異に感じるほど彼の奇声は人目を惹いた。振り向きながら見る者、面白半分に覗き込む者。朔郎はそれらを無視して歩いた。
『篝火』で佐恵子と別れて、朔郎は脇見も振らず真っ直ぐ歩いた。彼は四条から淀屋橋でなく梅田行きの特急電車に乗り、
電車が梅田駅に着くとすぐ綾子に電話で呼び出した。ほどなく待ち合わせの喫茶店へ綾子はやって来た。
「電話していたのにまた居なかったのね。何処へ行っていたの」
彼は口を濁した。
「言えないところへ行っていたの。まさかあの女のところじゃないでしょうね」
彼は言うべきか迷ったがこの沈黙が肯定してしまった。
「そうなの……」
綾子は気落ちした。




