正幸は家に引き戻される4
釘付けになった友美の眼は、下りの坂道をゆっくりと動き出した車を不思議そうに見詰めていた。
「そんなはずねえだろう」
裕次は振り返った。
「あっ! 本当だ! 動いてる」
「サイドブレーキ掛けたの!」
友美の思考が現実に戻った。
友美の叫びと同時に二人は公衆電話を飛び出した。
「サイドブレーキが緩んだのか? いや、それより課長の信念がサイドブレーキに乗り移ったとしか考えられない」
「馬鹿な事言わないで! いいから早く止めて!」
車は崖に向かって徐々に加速していった。
裕次は走りながら運転席のドアの取ってに手を回してドアを開け始めた。
「裕次! もう間に合わないわ、崖よ!」
裕次のすぐ後ろを走りながら友美は叫んだ。
「裕次降りて! おにいーさん!」
車が崖から落ちる直前に裕次は飛び降りた。
二人は比叡山の山裾から延びる谷底へ転げ落ちてゆく車の行方を見守った。
「お義兄さんは確かに後ろの座席に居たけれど……」
「確かによく眠ってた」
「ブレーキは、サイドブレーキはどうだったの」
「確かに掛かっていたが……。ワイヤーが緩んでいたのかも知れない?」
「やっぱりボロ車ね、どっちにしてもお姉さんになんて言えばいいの」
「とりあえず百十番しなくっちゃ」
「そうね。だけどもしかして北村って人の執念が乗り移ったのかも知れないわね。ブレーキに」
友美はあの男の船酔いの話をした苦悩に満ちた顔を思い浮かべた。
「やっぱり車のせいじゃないんだ。これは課長の執念なんだ。世の中、超自然現象ってやっぱりあるんだ。今ので俺は信じる」
否定しないで合わせてくれる裕次も良いがこれ以上は付き合っていられない。
「裕次くん。本当にバカな事はもう言わないで、ボロ車のせいよ。いいわね」
友美は裕次に念を押した。
「車はともかく。佐恵子さんはその人と縒りを戻すのかなあ? 」
姉と北村。二人ともこの手の事では、そう簡単には気持ちの切り替えが出来る人たちじゃない事を友美は知っていた。
「さあどうかしら。どっちにしても二人とも一生この事を引き摺って生きることには変わりはないわ」




