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陰り逝く日々  作者: 和之
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正幸は家に引き戻される2

 課長は死の世界へ逝くのに心の準備が不十分だった。それで一度女を抱いてから琵琶湖で薬を飲んで飛び込むつもりだったんじゃないかと思う。だけどそれは不謹慎と思い直して女を抱くのを止めてそのまま琵琶湖へ飛び込もうとした。がやっぱり女を先に抱くことにした。とにかくこの辺りになると課長はもう支離滅裂で自制力を失っていた。と云うのが裕次の分かりにくい推理だ。

「どうしてよ。死ぬ前に女の人を抱く必要が有るのよ」 

 友美は要点だけを訊いた。

「心神喪失で思い詰めて衝動的に、あるいは発作的に自殺する場合は女を抱いて死のうなんて考えないだろう。だが課長は心神健全で死を考えた」

可怪おかしいわよ、死ぬこと自体不健全なのよ」

「そうじゃない、多分、それは課長の死に対する美学だよ。心の準備を万全にしてから死を迎える」

「その為に抱くなんて、女をバカにしている」

「心をリフレッシュする。リセットスイッチみたいなものだ」

「他に方法はないの」

 友美は完全に呆れて仕舞った。

「だから健全な人間は心を通わない相手を選ぶんだ。これは相手にも同意を求める心中とは違うんだからね」

「そんな不謹慎な考えはあなただけよ。そんな相手は迷惑この上もないわ。そんな手助けなんてゴメン被りたい。もっとましな考えはないの」

「まあ幸いな事に課長は一命を取り留めたのだから、後でゆっくり聞いてみたら」

 云われなくてもそうしたいのはやまやまだけど、十四年間も沈黙を守った人がそう簡単に話すはずがなかった。

 薬を飲むタイミングがずれている。その辺りが僕の死の美学と相反すると裕次は語った。友美はもう真剣に聞いていなかった。

 裕次は坂本から国道を曲がって山道に入った。

「また比叡山を越えるの」

 行きしなのあの曲がりくねった道路が頭に浮かぶと、友美は不安になって一度後部座席を見た。だが車はもう峠道に入っていた。


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